ひよこ、方々からオファーが来る
今日は職場体験がお休みの日なので、私はまったりデーだ。
だけど魔王はお仕事なので、私は魔王のお邪魔にならないように遊ぶ。
手元の書類に目を通し終えた魔王が口を潤すためにカップを手に取る。
「……ヒヨコ、何をしているんだ」
「ぴぃ」
魔王の視線の先には、ティーカップの中にスッポリと収まるひよこ姿の私がいる。
「ヒヨコね、とうさまとかくれんぼしてるの」
「隠れる場所を考えろ。危うく飲むところだったぞ」
「まおーはうっかりさんだね。ヒヨコはえきたいじゃないから大丈夫だよ」
「うっかり口に入るくらいには小さいだろう。……そういえばヒヨコ、このカップにはコーヒーが入ってなかったか?」
「……ぴ?」
首を傾げると、魔王が無言で私をカップからつまみ上げる。すると、羽毛がコーヒーを吸って私のお腹より下が茶色く染まっていた。
「……とりあえず風呂だな」
「ぴぃ……」
隠れ場所を探すのに必死すぎて、足元の確認が疎かになってました……。
お暇な父様の手でお風呂に入れられた私は、ぬれた羽毛をふわっふわのタオルで包んでもらいながら魔王の執務室に帰ってきた。
そして、父様の手から魔王へヒヨコのタオル包みが引き渡される。
「これからは隠れ場所に何もないか確認するんだぞ」
「は~い」
小言を聞きながら水気を取られていると、父様が執務机の端に載っていた紙の束を手に取り、内容に目を通し始める。
父様が書類を読むなんて、珍しいこともあるもんだね。
「とうさまもおしごと? めずらしいね」
「そうだよ! と言いたいところだけど、これはお仕事じゃないんだ」
「ちがうの?」
「そ。これはどちらかといえば我よりもヒヨコ達に関係するお話かな」
「ぴ?」
なんだろう。気にはなるけど、ヒヨコ、難しい文章はあんまり読みたくないな。
そう思ってタオルの中に隠れようとすると、父様がクスクスと笑いながら内容を教えてくれた。
「これはね、ヒヨコ達にうちで職場体験しませんかっていうお誘いのお手紙だよ」
「なんと!」
嬉しい知らせに、ぴぴっとその場で飛び跳ねる。
「なんでヒヨコたちにおさそい?」
「城下町の見回りが評判なのもあるし、騎士達が方々で自慢しまくったのもあってすごい勢いでヒヨコ達が職場体験をしてるって噂が広がってるんだ。それで、ぜひ自分のところでもヒヨコ達に職場体験をしてほしいって人達がこうして手紙を送ってきてるってわけ」
「わお」
驚いてコテンと転がる私に、父様がニンマリと笑ってみせる。
「ほら、見てごらん! ヒヨコ達の職場体験が始まってからまだ一週間しか経ってないのにこの反響だよ」
父様が手元の紙をトランプの手札のように持って見せてくれる。おお! このままカードゲームができちゃいそうだね。
「もちろん全部を受けることはできないけど、せっかくだからヒヨコ達が興味のある場所に行かせてあげたらどうかって魔王と話してたんだ。ほら、リュウが行きたがってた動物園からも話がきてるんだよ」
「どうぶつえん……!」
なんと! それは朗報だ! すぐにリュウに教えてあげたい!
興奮でわたわたと部屋の中を駆けずり回っていると、父様が私を捕獲し、抱き上げた。
「せっかくだし、騎士団の職場体験はあと数日で切り上げてリュウと一緒に動物園の職場体験に行ってみる?」
「いく!!!」
私は父様の耳元で元気いっぱいのお返事をした。
「――ってことで、ヒヨコとリュウは動物園に旅立つそうだ」
団長さんが言うと、方々から「え~!」という声が聞こえてきた。どれも惜しむような声だ。
初めて会った頃の怯えられ具合からすると、大分仲良くなったね。
「お前がそこかしこでちびズのことを自慢するから」
「いやお前もしてただろ」
騎士のみんながお互いにブーブーと文句を言い合う。
すると、ニックさんが文句を言い合う二人の間に割って入った。
「大丈夫大丈夫、デュセルバート様と陛下に比べたら俺達の影響なんてあってないようなもんだぞ」
「どういうことだ?」
「陛下はお偉いさん方が集まる会議で子ども達の話をしたらしい。んで、デュセルバート様は魔界新聞に載るインタビューでヒヨコ達が職場体験をしてることを誇らしげに語ってた」
「全国に発信してるじゃん」
「親バカだぁ」
それは仕方ないな、とみんな納得する。
父様達、そんなことしてたんだ。というか、魔界新聞なんて発行されてるの初めて知ったよ。
「にしても動物園か。ヒヨコ達なら人気になるだろうな。きっとみんな見に来るぞ」
「ヒヨコたちはてんじされるほうになるんじゃないよ。おせわするほうをてつだうんだよ」
「え、そっち? 飼育される方じゃないのか?」
キョトンとするみんな。
なんで当たり前のように動物側での採用だと思われてるんだろう。そりゃあ、ヒヨコは小さくてふわふわでかわいいけど。思わず指先で撫でたくなっちゃうプリティフェイスですけど。
「こんなに話題になってるのに勿体ないな」
「絶対一番人気とれるのに」
「ぴぃ……」
そう言われるとNo.1を目指したい気もしてくるね……。
いやいや、でも今回は遊びに行くんじゃないんだから真面目にお仕事しないと……。
ぴぃと一鳴きし、ふわふわの両翼を組む。
……まあ、これまで通り成り行きに任せよっと。
なにはともあれ、私とリュウは動物園で職場体験をすることになったのだった。





