ひよこ、職場体験から帰宅する!
ニックさんは私達を背中にくっつけたまま喧嘩現場へと走る。
子ども二人を背負っていても軽やかな動きはさすが騎士さんだね。
「君達、なに喧嘩してるんだ?」
ニックさんがそう話しかければ、揉めている二人の青年の視線がニックさんに向いた。
「ん? ああ、騎士さんか」
「例によってどっちが強いかで揉めてるだけだから気にしないでくれ」
うるさくしてすいませんね、と冷静に応対をしてくれる二人。
いやいや、直前までお互いに怒鳴り合ってたよね? なんでそんなスンとした顔できるの?
「じゃあ再開するか」
「そうだな」
再び向かい合い、喧嘩を再開させようとする二人。
喧嘩ってこうやって再開させるもんだっけ?
「そうだな、じゃないよ! 力比べをするのはいいけど、街中じゃないところでやってくれる?」
ニックさんが至極真っ当な注意をすれば、二人からブーブーと文句が飛んでくる。
「え~、決闘は盛り上がってるうちにしとかないと」
「場所移動なんてしたらその間に落ち着いちまうじゃねぇか」
「落ち着いていいでしょうが」
呆れたように言うニックさん。
鉄は熱いうちに打てみたいなことなのかな。まあ、戦いたいという気持ちは私にもよく分かるよ。
うむうむと頷いていれば、片方の青年がこちらを覗き込んできた。
「てか騎士さん、あんたなんで背中に子ども引っ付けてんだ?」
「あ、ほんとだ。しかも二人もいる。セミの抜け殻みたいでかわい~」
もう一人もニックさんの背中を覗き込み、絶妙に嬉しくない感想を述べる。
目が合っちゃったので、ヒヨコもなんか言っとくか。
「ニックさんをこまらせるなら、ヒヨコがおあいてするよ!」
「ヒヨコ……って、感動しかけたけど、俺にかこつけて戦いたいだけだろ」
ぴぃ~♪
ニックさんのジトリとした視線からぴぴっと視線を逸らす。
「おれも、あいてする。かかって、こい」
「「いや、子どもに手を出すわけないだろ」」
リュウの言葉に、二人の声がピッタリと被る。
魔界の住人優しいね。この青年達が優しいだけかもしれないけど。
リュウも予想していない反応だったらしく、目を丸くしていた。
リュウと一緒に二人をまじまじと見上げていると、片方のお兄さんが何かに気付いたようにハッとした。
「もしかして君、陛下の眷属でデュセルバート様の娘のヒヨコか?」
「じゃあこっちはダンジョンから生まれたドラゴン君ってこと?」
「そうだよ! ヒヨコたちのこと、しってるの?」
まじまじと見返されたので首を傾げながら聞いてみる。
「そりゃ知ってるよ。魔界では結構なニュースになってたからな」
「陛下にひよこの眷属ができただけでもビックリなのに、それがデュセルバート様の娘だったんだぞ? さらには俺達若手は見かけたら即逃げろとまで言われてた聖女って言うし」
「情報過多だよな」
確かに情報過多だね。
「そっちのドラゴン君だって、世にも珍しい自然発生型の魔族だっていうんですごい話題になったんだぞ」
「しかも白虎様が養子にしたっていうしな」
「魔界上層部のファミリー化が止まらないってほのぼのニュースになってたぞ」
ペラペラと話すお兄さん達。
どうやら、私もリュウも結構な話題になっていたらしい。
「ヒヨコたち、ゆうめいぴよだね」
「有名ぴよ? 有名人ってことか?」
「有名ひよこってことじゃね?」
顔を見合わせ、首を傾げる二人。
「どっちでもいいだろ。ってかお前ら、全然仲良しじゃん」
呆れ笑いを浮かべながらニックさんが言う。
「俺達元々昔なじみですもん」
「久々に会ったんで、どっちが強いか論争でヒートアップしちゃったんですよ」
魔界人って感じだなぁ。ヒヨコも人のこと言えないけど。
お兄さん達は話しているうちに落ち着いたのか、先程とは違って和やかな雰囲気だ。旧友っていうのもしっくりくる。
「もう戦うって感じでもなくなっちまったから俺達はもう行きますね。メシでも食いにいこうぜ」
「そうだな。かわいいちびっ子達見て戦意なくなったわ」
「分かる。セミになってるチビちゃん達見たらほんわかするしかないよな」
何もしてないけどほんわかされたらしい。
「チビちゃん達じゃあな」
「騎士さんもすいませんね」
そして、お兄さん達は肩を組みながら帰っていった。
なんだろう……何もしてないのに事件が勝手に解決しちゃった肩透かし感……。
「まあ、魔界の住人はこんなこともある」
「「……」」
「……ええと、お菓子食べるか?」
「「たべる」」
なんとも言えない顔をしていた私達に気を遣ったのか、ニックさんがおやつ休憩を申し出てくれた。
そしておやつを食べた後、私達は見回りを再開した。
それからも、明らかに荷物が重そうな人を手助けしたり、お店に残された忘れ物の持ち主を探したり、結構働いた気がする。
そんな風に働いているとあっという間に帰る時間になったので、私達は魔王城へと帰還した。
「――あ! まおー! とうさま! それにびゃっこさんも!」
魔王城の門の前には三人が揃っていた。
私とリュウは思わず三人のもとへと駆け寄る。そして魔王に飛びついた。父様はふよふよ浮いてたからね。
「どうしたの? もしかしておでむかえ?」
「……そうだ」
「魔王ってば、ヒヨコのことが気になって今日は全然仕事になってなかったからねぇ。我も待ってられなかったから、ここまで迎えに来ちゃった」
そう言って、父様が魔王の腕の中の私を撫でる。
その横では、リュウが白虎さんの顔面に勢いよく飛びついていた。受け止めようと白虎さんがくいっと前脚を持ち上げるも、それよりリュウが白虎さんの顔に激突する方が早かった。
「むごっ……リュウ、抱きついてくるのはいいが顔面は止めなさい」
「かんがえとく……」
「そんな大人っぽい返答は学ばなくていい。即断即決しなさい」
大きな前足でポフポフと頭を撫でられるリュウ。
「――ヒヨコ、今日の職場体験はどうだった?」
「ヒヨコ、だいかつやくだよ! ね! ニックさん!!」
傍らで微笑んでいるニックさんの方を見る。
さあ、ヒヨコ達の活躍を父様達に伝えてくれ! と視線を送れば、任せろという頷きが返ってきた。
「二人とも、とても頑張ってくれましたよ。たくさん褒めてあげてください」
ニックさんの言葉を受け、私は魔王達へと向き直った。
「だって。ヒヨコのことほめる?」
「わぁ、すごく期待されてる」
「分かりやすすぎる褒められ待ちだな」
キラキラとした目を向けると、魔王と父様は「よしよし、頑張ったね」、「うちの子は天才だ」と頭を撫で、ぎゅっとハグをして褒めてくれた。
隣では、白虎さんの前足に抱え込まれたリュウがベロンベロンと舐められて毛繕いを受けている。
こうして褒められた私達はこの日の夜、心地良い疲労感と満足した気持ちを抱えながら爆睡をかましたのだった。