ひよこ、活躍を重ねる
子鬼くんをお母さんに届けた後も、私達は見回りを続けた。
リュウとはぐれないように手を繋いでぴよぴよと歩く。
すると、ニックさんが何かに気付いた。
「おお、ご婦人、随分重そうな荷物ですね。運ぶのお手伝いしましょうか?」
人の間を縫って歩き、ニックさんが一人のおばあちゃんに声をかけた。
それまでゆっくりと歩を進めていたおばあちゃんは、自分の胴体と同じくらいの荷物を背負い、さらに両手にも同じサイズの荷物を抱えている。
いやいやおばあちゃん、それは無理があるよ。
おばあちゃんは声をかけられたことでこちらに気付くと、柔和な笑みを浮かべた。
「あら騎士さん、今日はかわいい子達を連れているのね」
「そうでしょう。この子達は職場体験で俺達の仕事を手伝ってくれてるんですよ」
「まあ! それはいいわねぇ」
こんなにかわいい子達が一緒ならお仕事もやる気が出るわね、と微笑むおばあちゃん。
「おばあちゃん、おにもつおもくない?」
「おれたち、もつ」
「まあまあまあまあ……! なんていい子達なのかしら。じゃあお願いするわね」
私とリュウ、そしてニックさんでおばあちゃんの持っていた荷物を一つずつ分けた。
それを手に持った瞬間、腕にズッシリとした重みが加わる。すぐに魔法で身体強化をしたからなんてことはないけど。
……おばあちゃん、よくこれを三つも持ってたな。さすが魔界のおばあちゃん。
人界のおばあちゃんだったら重みで立つことすらできないだろう。
ニックさんもその重みに目を丸くしていた。
「重っ……! こんなに何を買ったんですか?」
「うふふ、孫達への貢ぎ物よ」
「にしても買いすぎじゃないですか?」
「一つ一つが重たいのよ。うちの孫達ってば、骨董品が好きでね。壺とか、掛け軸とか」
「渋っ!! ほんとに孫ですか?」
「まだほんの百歳くらいなのだけどね、少し趣味が年寄り臭いのよ」
壺とか入ってるんだ……どうりで重たいと……。
「こっとうひん……いいのに……」
隣でリュウがボソリと呟く。
そういえばドラゴンは骨董品とか宝石とか好きだったね。
にしても勇者が予定に遅刻する時の定番言い訳、おばあちゃんの荷物運びを本当にする日がくるとは。
こんなこともあるんだね。
おばあちゃんが先導してくれるので、その後にニックさん、私、リュウの順番で続く。横に広がると通行の邪魔になっちゃうから縦一直線に並んで歩く。
「なんだあれ? カルガモの行進か?」
「いや、あれはひよこだろ」
「あ、ほんとだ。陛下のとこのヒヨコだ」
「ちょこちょこ歩いてかわいいな」
荷物を持ちながら行進する私達の様子は目を引くらしく、いろんな人に微笑まし気な視線を向けられた。
それから十分ほど歩くと、おばあちゃんの家に到着する。
おばあちゃんの家は、街の中心部から少し離れた場所にある、年季の入った一軒家だった。だけどボロいわけではなく、趣のあるそこそこ大きなおうちである。
「三人とも本当にありがとねぇ」
「どういたしまして!」
「うふふ、元気のいいこと。そうだ、ちょっと待っていてちょうだい」
おばあちゃんは家の中に入っていくと、すぐに何かの包みを抱えて戻ってきた。
「お礼と言ってはなんだけど、三人で食べてちょうだい」
そう言って、一抱えほどの大きさの包みを手渡される。
なんだろうこれ……リボン結びになっている紐を解き、包みの中を覗き込む。
「――! おかしだ!」
包みの中には、お菓子がパンパンに詰められていた。なので、結構な量が入っている。
「おばあちゃんありがとう!」
「ありがと……」
「うふふ、こちらこそ、ここまで送ってきてくれてありがとうね」
おばあちゃんとはそこで別れ、私達はもらったお菓子を食べながら街の中の見回りに戻った。
手を繋いで歩く私とリュウを、ニックさんが心配そうな顔で覗き込んでくる。
「……大丈夫? 二人ともそんなに頬をパンパンにしてはち切れない?」
「ふぁひほーふ(だいじょーぶ)」
「ん」
大量のお菓子を一度に頬張った私とリュウは、二人ともリスのように両頬をパンパンにしていた。
だって、家に帰ったらあんまりいっぱいは食べちゃダメって言われちゃうんだもん。たくさん食べるなら今しかない。
そう思ってもらったお菓子をすぐに食べ始めたんだけど、私達の口は小さいのですぐにパンパンになってしまう。
だけど、口の中いっぱいにチョコチップの甘みとクッキーの香ばしさが広がって私はとても幸せだ。
「本当に大丈夫なのかこれ? 喉に詰まるんじゃないの? ほら二人とも、ちゃんと飲み物飲んで」
そう言ってニックさんがシュヴァルツから預かっていた水筒を私達に差し出す。
中に入っていたお茶をんくんくと飲み干せば、口の中が空っぽになった。
「……おかし、おかわり」
「ストーップ! おかわりのお菓子は次の休憩の時に食べよう!」
お菓子の入った包みに手を伸ばしたリュウだったけど、手が届く直前でニックさんに取り上げられてしまった。
「歩きながら食べると喉に詰まらせそうでこっちがヒヤヒヤするからね!」
食べさせすぎて陛下達に怒られても困るし……とニックさんが呟く。
「むぅ……」
「ざんねん……」
「そ、そんなかわいい顔してもダメなものはダメだよ」
ニックさんの意思は固く、説得は無理そうだ。
仕方ない諦めよう。
「――! ――っ!!」
「ぴ?」
のどかな昼下がりに似合わない声が聞こえてきて、私は首を傾げる。
それは、明らかに怒声だった。
「なんだ? 喧嘩か?」
私とリュウを庇うように抱きしめながら、ニックさんが声のする方へと視線を向ける。
私達もニックさんの腕の中からひょっこりと顔を出し、そちらを見た。
「てめぇふざけんなよ!!」
「こっちのセリフだ!!」
二人の青年がお互いの胸ぐらを掴み怒鳴りあっている。どうやら揉めているようだ。
私からしたらビックリな光景だけど、周囲は距離を取りつつも「そんな時期もあるよな~」と微笑まし気な視線を向けている。まるで猫同士のじゃれ合いを見ているような温度感だ。
のんきだね。
魔界だとこのくらい日常茶飯事なのかな。
首を傾げていると、ニックさんにポンポンと背中を叩かれた。
「俺は様子を見てくるから、ヒヨコとリュウはここで動かずに待っててくれるか?」
「うん! わかった!」
「うん、何も分かってないな。今にも駆け出しそうなよーいどんの構えしてるもんな? リュウに至ってはクラウチングスタートの構えだし」
「バレたか」
「逆にそこまで駆け出す気満々でバレないと思った?」
ニックさんが行ったらすぐに後を追い掛けようと思って構えてたんだけど、そのせいでバレてしまったようだ。
「荒事には関わらせないって言ったでしょ?」
「だいじょーぶ、かかわらない」
「ニックのせなかにくっついてるだけ」
「ひよこだけどセミになってるから」
「ドラゴンだけどセミになる」
そして、私達はニックさんの背中にヒシとしがみついた。私達はセミです。
「こら! 離れなさい――って、力強っ!!」
ニックさんはなんとか背中に引っ付く私達を下ろそうとする。だけどニックさんの力では私達を振り払うことなどできるはずもなく、すぐに諦めていた。
「……仕方ない、このまま行くけど二人は見てるだけだからね!!」
「わかった……」
「ニックさん、レッツゴーだよ!」
そう言って片腕を突き上げれば、ニックさんは仕方ないから連れて行く感を前面に出しながら足を動かし始めた。





