ひよこ、託児所――ではなく、騎士団に向かう
支度を調えた私達は、託児所――ではなく、騎士団の詰所へと向かった。
父様達が既に話を付けてくれていたので、団長さんが私を出迎えてくれる。
「二人ともよく来たな。子どもとはいえ、お前達はかなりの戦力だから歓迎するぞ」
「「よろしくおねがいします」」
私とリュウが揃ってペコリと頭を下げる。そんな私達を見て一つ頷いた後、団長さんは父様の方を見遣った。
「子ども達の職場体験とのことですが、デュセルバート様もご一緒されるんですか?」
「――そうだよ、と言いたいところだけど、我がずっといたら君達もやりづらいだろう? だからたまに顔を出す程度に留めるよ。ただ、子ども達だけを任せるのは心許ないからお目付役にシュヴァルツを置いていくけど」
父様の視線を受け、シュヴァルツがスッと前に出る。
「私のことは戦力に数えないでくださいね。あくまであくまでお二人のサポート役なので」
「もちろん分かっている」
団長さんが即答する。
シュヴァルツが堕ちてきたばかりの頃、職探しで色々やらかしたからね。もちろんこの騎士団でも剣がすっぽ抜けたりとドジっ子の本領を遺憾なく発揮していたので、団長さんがシュヴァルツに戦闘をさせることはないだろう。
すると、白虎さんが一歩前に出た。
「うちのがすまないな。体力と戦闘力は俺と渡り合えるくらいあるから、遠慮なく使ってやってくれ。そうしないとこいつも納得しないだろうし」
そう言って白虎さんが鼻先でリュウを小突く。
「謝らないでください白虎様。この年で欲しいもののために対価を払おうとするご子息は立派ですよ。もう少し甘えてもいいとは思いますが」
「菓子やおもちゃなら普通にねだってくるんだがな、どうにも自分のダンジョンのこととなると話が違うらしい」
「なるほど、ダンジョンマスターとしての矜持があるんですね」
うんうんと団長さんが頷く。
団長さんは真面目だから、筋を通そうとするリュウの考えは好ましいものを感じるんだろう。
「じゃあヒヨコ、我は仕事へ行くぞ」
「うん、いってらっしゃい。おくってくれてありがとね」
しゃがんでくれた魔王にむぎゅっとハグをする。
「ヒヨコ、父様も~」
「ん」
魔王の次は父様に抱きしめられる。
「我も席を外すけど、何かあったらすぐに呼ぶんだよ。すぐに駆けつけるからね」
「わかった」
私がしっかりと頷くのを確認すると、魔王と父様は城に戻って行った。
「――リュウいいか? くれぐれも問題は起こすなよ。備品を壊したり訓練相手に怪我をさせるのもなしだ」
「わかってる……てかげん……」
「そうだ」
別れる前に、白虎さんがリュウに色々と言い聞かせている。リュウは素直に聞いているけど、なんとなく心配になるな……。
そして、二人の会話の内容を聞いている団長さんがどんどん不安そうな顔になっていってる。大丈夫だよ、リュウはいい子だから。
そして白虎さんがお仕事に向かって行く後ろ姿を見送っていると、明るい声がかけられた。
「おー! 今日はちびっ子がいっぱいだな~」
「リックさん!」
小走りでやってきたのは騎士団所属の三つ子の一人、リックさんだ。
リックさんは私とリュウの周りをクルクルと回って私達を観察する。すると、三つ子の残り二人もやってきてリックさんと一緒に私達の周りをクルクルし始めた。
なんだなんだ?
「ヒヨコ、今日は騎士服なんだな! あ、職場体験だからか?」
「二人ともかわいいな! よく似合ってる!」
「期間限定と言わずに二人とも騎士団に入っちゃえよ!!」
私達の周りを回る三人は、ついにスキップを始めた。今日も陽気だね。ヒヨコも混ざっちゃおうかな。
三人に混ざろうとうずうずしていると、呆れ顔の団長さんがこちらに寄ってきた。
「……お前達は何をしてるんだ……もう訓練を始めるぞ」
「「「は~い」」」
三人はピタッとスキップを止めると、一糸乱れぬ動きで敬礼をしてみせた。さすが三つ子。
その動きについついつられて、私とリュウも揃えた手をおでこの前でぴっと斜めにし、自然と敬礼をしてしまう。
すると、団長さんと三つ子がそろって私達をジッと見詰めてくる。
「ん?」
「「「――か、かわい~!!」」」
なんだろうと見上げると、三つ子が一斉に声を上げた。
「なにこの小さな騎士さん達! めっちゃかわいいんだけど!」
「俺達の真似してくれんのとかたまらん!」
「団長! 騎士団やめて託児所やりません?」
「やらん。さっさと訓練の準備をしろ」
「「「は~い」」」
すぐに散っていく三つ子。三つ子が軽口を叩いて団長さんが注意をするのはいつもの光景だ。
去って行く三つ子の背中を見て、団長さんがハァと一つ息を吐く。
団長さんは既に託児してるようなもんだね。
「――それじゃあ、今から訓練を始める」
「もぎせん?」
「いや、ヒヨコが来てくれている時は模擬戦をやることが多いが、今日は騎士団の普通のメニューを体験してもらおうと思う。最初はただの基礎訓練だ」
「はーい!」
元気よく返事をしてみたはいいものの、基礎訓練って何をするんだろう……。
首を傾げていると、団員さん達が二十メートルくらいの間隔を開けて二本の線を引いた。
「今からやるのはシャトルランだ」
「しゃとるらん?」
「あの線と線の間をひたすら走る訓練だ」
……つまり、ただ走るだけってことか。
むぅんとした表情になると、そんな私の顔を見た団長さんが苦笑する。
「子どものお前達にはつまらないだろうが、これも立派な訓練だ」
「ううん! ヒヨコ、がんばるよ!」
「おれも」
魔法の使用は可能ということだったので、私とリュウは自分に身体強化の魔法をかける。
魔法を使うのはズルじゃないかと思ったけど、魔法の持続使用の訓練も兼ねてるってことなので問題ないんだろう。
「皆、スタートラインに並んだな。それじゃあ、今からこの魔道具が奏でる音階に合わせて走ってくれ。最後に『キョッキョッキョキョキョ』と鳴くから、それまでの間にもう一方の線まで走り切ってくれ。スピードはどんどん早くなっていく。……どうかしたか?」
「だんちょうさん」
「そのまどうぐ……なに……?」
団長さんの説明は聞いていたが、私達はそれよりも団長さんの腕に留まったそれに目を奪われていた。
それは灰色の羽を持った鳥で、白いお腹には灰色の黄斑模様が入っている。
「ああ、これか。『歌うから お金をください ホトトギスくん』だ」
「おおぅ……」
なんと哀愁漂う名前だ。心なしかホトトギスくんの顔が疲れ切った社会人のそれに見えるのは見間違いかな……。
この魔道具を作った人には、ぜひとも会ってみたい気がするね。
「こいつは後で触らせてやるから、そろそろ訓練を始めるぞ」
「はーい!」
「うん」
私達は気になって仕方がない『歌うから お金をください ホトトギスくん』からなんとか視線を外し、目の前を見る。
「――それじゃあ、始め!」
団長さんの合図と共に、ホトトギスくんがキョキョキョっという鳴き声でドレミの音階を奏で始める。お金を下さいと言うだけあって、お歌が上手だ。屋外でもすごく声が通るので聞き取りやすい。
そんなことを考えながら、線と線の間をぴよぴよと走る。
「ひ、ヒヨコ! リュウ! まだ序盤だからもう少しスピードを落としてくれ! 俺達の方に風圧が……!!」
「吹っ飛んじまうよ!」
「おお、ごめん。きあいがはいりすぎちゃった」
どうやら、序盤はもっとゆっくり走り、徐々に速くするものらしい。どうりでなんか音楽がゆっくりだと思ったよ。私とリュウは『ド』の時点で反対側に到達してたからね。
これなら、身体強化はもっと弱めにかけた方がいいね。お隣さんにも迷惑をかけちゃうし。
「――1001回」
「キョッ……キョギョッ……」
ん? ホトトギスくんの声が……。
千回を超えると、美しかった鳴き声が枯れてきてしまった。
「……そろそろ限界だな。今日はここまでだ。既に九割方脱落してるしな」
「はーい!」
団長さんの声かけで、私とリュウはピタッと動きを止めた。すると、すかさずシュヴァルツが冷えたお水を持って駆け寄ってくる。
「はいお二人とも、水分補給をしてくださいね。冷えるといけないので汗も拭きますよ」
水筒を私達に手渡すと、シュヴァルツは子どもの肌にも優しい柔らかいタオルで私達の汗を拭ってくれる。
シュヴァルツがくれたストローを差し、中身をちゅーちゅー吸っていると、ゼェゼェと肩で息をするホトトギスくんが目に入った。
「ホトトギスくん、こっちおいで」
「キョ?」
ホトトギスくんはコテッと首を傾げた後、パタパタと羽ばたいてこちらに飛んできた。ひょいっと腕を差し出せば、その上に留まってくれる。
「ホトトギスくん、かわいい! おみずのむ?」
「キョ!」
元気のいい返事が返ってきたので、水筒の蓋にお水を入れてホトトギスくんに差し出す。
すると、ホトトギスくんは勢いよく水を飲み始めた。一杯声を出したもんね。本当に魔道具なのかな……?
ますますこの魔道具を作った人に会ってみたくなったよ。
「なんでヒヨコ達はあんなに元気そうなんだ……?」
「俺達はもう立てもしないのにな。最後まで残ったやつだって地面と一体化してるし……」
みんなヘトヘトの様子で転がっているので、地面には野生の騎士団員が生えている。群生地だね。
リュウと一緒にホトトギスくんを撫でていると、団長さんがみんなの記録表を見てうんうんと頷いていた。
「ふむ、さすがにヒヨコ達には負けたくないと思ったのか、全体的に普段よりもいい記録だな」
「それはいいこと?」
「ああ。これから一ヶ月間、こいつらの体力向上に付き合ってくれると助かる」
「もちろん!」
「――そうだ、ヒヨコ達との追いかけっこもいいかもしれんな。二人に捕まったら追加訓練ってルールで」
「「「げ」」」
団長さんの思いつきに、騎士団のみんながうげっとした顔つきになる。
それから「頼むから手を抜いてくれ……!」って顔でコッソリと私達の方を見たけど、それはおかし次第かな。