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ひよこ、父様号で出発する




『さあ、お次は我らがデュセルバート様の登場です!』


 私達がスタートラインに立つと、実況のお姉さんのアナウンスが響き渡る。

 そういえば、父様はみんなの神様だったね。私の前ではただの父親だからついつい忘れがちだけど。

 にしても、みんなから崇拝されてる神様がこんなニワトリになってていいのかな……。

 ちょっぴり心配になったけど、観客からは好意的な声しか聞こえてこないからいいのかな。まあ、父様が周りの目を気にするとも思えないしね。

 父様は自由神じゆうじんなのだ。


 そして、例によってこのレースの参加者は私達とリュウ親子、ちびウルフ親子だけである。そこそこ親交がないと父様に遠慮して運動会を楽しめないかもしれないという配慮だ。


「ぴぃ! とうさまがんばってね!」

「任せなさい! 父様がヒヨコを一位にしてあげるからね!」


 なんと頼もしい。

 子どもが落ちて地面に触れたら三秒その場で待つというペナルティーがあるので、私達子ども組は落ちないように親にしがみつくのが仕事だ。

 私も父様の背中にヒシとしがみつく。

 すると、隣から白虎さん達の話し声が聞こえてきた。


「リュウ、余計なことすんじゃねぇぞ。体の一部が地面に着いたらペナルティだからな」

「わかってる。おちたらおれが走る」

「うん、何も分かってねぇな。落ちてもお前は走らねぇの。もう一回俺の背中に乗るんだぞ。分かったな?」

「おれもはしりたい」

「そういう競技じゃねぇから」


 そして、反対からはサンダーウルフ親子の話し声――というか、鳴き声が聞こえてくる。


「キュ! キュキュッ!」

「ガフッ? ギャウ!」

「キュン! キュァ!」


 何を話しているかは分からないけど、親ウルフが呆れたような顔をしているので、大方リュウ達と同じような会話をしてるんだろう。

 ……ヒヨコってば、とっても素直ないい子なんじゃないだろうか。しっかりと父様の言うことを聞き、大人しく背中に乗ってるし。

 私ってば、実はできたひよこだったのか……!

 衝撃の事実である。

 そして、リュウとちびウルフの準備ができたのを見計らい、「よーいドン!」と掛け声がかけられた。

 その瞬間、父様達が一斉に、そして勢いよく飛び出す。


「――わぁ!!」


 まるで、風に乗っているような心地だ。

 すぐ横を走る親ウルフや白虎さんの健脚ならば納得だけど、父様もそれに負けてない。それどころか、隣の二組よりも頭一つ分前を走っている。

 だけど、少しでも気を抜けばすぐに追い越されてしまいそうな差だ。


「いけー! とうさま!」


 背中から、めいっぱい応援の声を出すと、そんな私の声に呼応するように父様はさらに加速していく。


 そして、清々しい風を全身に感じながら、父様は一直線にゴールテープを切った。


「とうさま! すごい!!」

「はは、そうでしょ。父様はやる時はやる神様だからね」


 大興奮で父様に抱きついた後、私達は勝利の舞を一緒に踊った。

 ぴっぴっと舞っていると、客席の方からやってきた魔王が目に入る。


「あ! まおーだ! ねぇねぇ、ヒヨコたちのことみてた?」

「ああ、見てたぞ。がんばったな」

「ヒヨコ、なにもしてないけど」

「何もしてないと言うが、あのスピードの中バランスを崩さずに乗っていられることがすごいんだぞ。リュウと子ウルフは落ちてたからな」

「ぴぃ?」


 あれ? そうだったの?

 後ろを見てみると、白虎さんの上に跨がったリュウがむぅ、と頬を膨らませていた。そして、地面に座り親ウルフに毛繕いをされているちびウルフも、悔しそうに尻尾をフリフリしている。


「最後にデュセルバート様が加速しただろう。白虎達もそれについていこうとしてスピードを速めたんだが、そこで子ども達が落ちてしまったんだ」

「なるほど」


 それで白虎さんはリュウのご機嫌をとってるのか。ちびウルフはもう通常営業で親ウルフに甘えてるけど、白虎さんはリュウを背中に乗せたままあやすようにそこかしこを歩き回っている。

 まあ、リュウも本当に拗ねてるわけじゃなくて、あれは白虎さんに甘えてるんだろうな。白虎さんもそれを察して甘やかしてるんだろう。






 私達の参加競技は終わったので、後は席で楽しく観戦をする。

 だけど楽しい時間はあっという間で、いつの間にか最後の競技になっていた。


「――そういえば、オルビスさんはぜんぜんきょうぎ(全然競技)さんか(参加)してなかったね」


 最後まで観戦に徹していたオルビスさんにそう言うと、オルビスさんはなんてことない顔で口を開いた。


「ん? ああ、俺はいいんだよ。俺の本番はこれからだから」

「どゆこと?」


 もうすぐ運動会は終わっちゃうけど……。


「実はこの後、血気盛んな奴らが参加する喧嘩大会が開かれるんだ。俺はそこで参加者の相手をすんだよ」

「それ、こうしき(公式)?」

「黙認はされてる。どうせあちこちで興奮冷めやらぬ奴らがどんちゃん騒ぎするだろうから、いっそのこと一箇所に集めて纏めて伸しちまった方が問題は起らないんだ。告知はしてないから参加者はこれから募るんだが……まあ、この盛り上がりだと間違いなくいるだろうな」


 今夜中に興奮が収まるといいんだが……と呟くオルビスさん。だけど、私の意識は別のところにあった。


「けんかたいかい……つまり、バトル!?」


 キラキラしたお目々でオルビスさんを見上げる。すると、オルビスさんはまずったか? と引き攣った笑みを浮かべた。


「ちょっとオルビス、これまで内緒にしてたんだから余計なこと言わないでよね。そんなこと聞いたらヒヨコが参加したくならないわけないでしょ」

「ヒヨコ! でたい!」

「駄目だ。百歳以下の子どもは参加不可にしてるからな。開催されるのは夜だし、ヒヨコはそろそろ眠くなってきただろう」

「そんなことないよ! まだまだ元気!」

「そうか? 手が温かくなってきてるが……」


 魔王は私を抱き上げると、背中をポンポンしてくる。すると条件反射のように、眠気が爆速でやってきた。


「せなかポンポンははんそくだよ……」

「今日はたくさんはしゃいだからな、自分では気付いていないだけで疲れているんだ。今日はもう寝よう」


 魔王の腕の中でうとうとし始めた私は、すでにフカフカのお布団で寝ることしか考えられなくなっていた。

 魔王(保護者)恐るべしだ。


「……じゃあ、おれはけんか大会いってくる」

「今まで何を聞いてたんだ。お前も帰って寝るんだよ」


 意気揚々と歩き出そうとしたリュウをあぐっと咥える白虎さん。


「リュウ、リュウも、もうねよ……」

「うん、おれももうねようとしてたとこ。ヒヨコといっしょにねる」

「変わり身が早ぇな。あと前から思ってたが、お前ヒヨコに甘くないか?」

「ふつう」


 リュウはそう返すと、ピョコンとジャンプして魔王の懐に飛び込んだ。

 魔王は少し驚きつつも、私を抱っこしているのとは逆の腕でリュウを受け止めた。魔王に飛びつくなんて豪胆だね。

 そしてリュウはピッタリと私にくっつくと、そのまま瞳を閉じて寝息を立て始めた。リュウも実は眠かったんだろう。

 私以外の子どもに甘えられた経験のない魔王は、狼狽えつつもしっかりとリュウを抱っこしていた。子だくさんパパみたいだね。


「あはは、白虎、今日は魔王城うちにお泊まりだね」


 その様子を見て、父様がクスクスと微笑みながら白虎さんに言う。


「……すいません、お世話になります」


 スヤスヤと気持ち良さそうに眠る我が子を見た白虎さんは、諦めたように肩を落とし、父様に向けてペコリと頭を下げた。

 お泊まり決定である。






 ――そして、今回の運動会は少なくない熱狂をみんなに残し、幕を下ろしたのだった。






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