ひよこ、無言になられる
「ぴぴ(まおう、きょうはべつのしてんのーのところにいってくるね)」
そう言って歩き出したわたしを後ろから魔王が摘まんだ。
「ぴぃ?」
「四天王は皆休暇中だ。今日は魔王城にいなさい」
「ぴ(は~い)」
しかたない、おでかけは諦めよう。
わたしはうごうごと足をバタつかせて魔王の指から逃れる。そしてぽてっと床に着地した。魔王が頭上からわたしを覗き込んでくる。
「どうした?」
「ぴぴ! (おしろの中たんけんしてくる!)」
片手を上げて魔王にそう報告する。すると魔王は少し苦い顔になって少し悩む素振りを見せる。
「ふむ……まあいいか。問題は起こすなよ?」
「ぴぴ! (もんだいなんかおこさないよ!)」
こんな善良なひよこをつかまえて何を言うか!
魔王にちょっと腹を立てつつも、私は魔王の部屋を出た。今日はどこに行こうかな。
***
まだあんまり行ったことがなかったので、私は外に出てみることにした。
魔王城の庭は広すぎて、どこまで続いているのか分からない。人間だった時に行ったお城のどの庭よりも広い。魔王城のお庭にもちゃんと綺麗なお花が花壇に咲いている。人間界でも咲いているような普通のお花もあれば、初めてみる黒い花もある。でもとってもいい匂い。
花壇に沿って歩いてると、既視感のある門が目に入ってきた。見覚えのある門番さん二人もいる。イグニさんとクリスさんだ。ぴぴぴっと鳴きながら近付いていくと、二人がこちらに気付いた。
「お、ひよこだ!」
「あ、ほんとだ。ひよこおいで~」
クリスさんがしゃがみ、こちらに向けて手を差し出した。
「ぴ!」
クリスさん目がけてテトテトッと歩いて行く。そしてぴょこんっとクリスさんの手の上に飛び乗った。
「わ、かわいい」
「え! いいな~クリス。ひよこ、次は俺の方来いよ」
「ぴ」
後でね。今はクリスさんに頭グリグリしてもらってるから。クリスさん、結構な撫でテクの持ち主だ。
「そういえばひよこってヒヨコって名前なんだってな。うわ、声に出すとさらに紛らわしいな」
「ぴ(そうだよ)」
コクリと頷く。確かに紛らわしいよね。
「魔王様ってネーミングセンスあれなんだね」
「ちょっとしたトラブルでこうなったって聞いたぞ?」
「あれ? そうなんだ」
「……」
昔飼ってたひよこを思い浮かべてたらうっかりわたしをヒヨコって名前にしちゃったことは魔王の威厳のためには言わない方がいいかもしれない。今はひよこ語しか話せないから言っても伝わらないんだけど。
「そういえば今日はどうしたんだい?」
「ぴぴぴ! (おしろのたんけんしてるの!)」
「なんて言ってんだ?」
首を傾げるイグニさん。
「単純にお散歩してるんじゃない?」
「ぴ! (そのとーり!)」
「お、当たりみたいだぞ。すげぇなクリス」
イグニさんに褒められてふふんとドヤ顔を披露するクリスさん。
そしてクリスさんはふと何かを思い付いたようだ。
「そうだ、暇なら魔界騎士団の訓練を見にいってみたらどうだ?」
「ぴ? (まかいきしだん……)」
なんだか聞き覚えのある響き……。どこで聞いたんだっけ? まあいいや。
「ぴ! (まかいきしだんみにいってくる!)」
「お、乗り気になったな?」
「え~!? もう行っちゃうんすか? その前に俺もヒヨコ手に乗せたい!!」
イグニさんが私を手に乗せたいと騒ぐので、イグニさんの手に乗ってからその場を後にした。
「ぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴ」
クリスさんに教えてもらった道順で魔界騎士団の訓練場に向かう。暫く鳴きながら歩いていると開けた場所が見えてきた。お、ここっぽい! ぼんやりと人影も見えるし。
キンッキンッと金属同士がぶつかる音が聞こえる。なんだか懐かしい音だ。
訓練場はかなり広かった。訓練場って大仰な名前がついてるけど実際はただ何もない空間だよね。特筆すべきことなんて地面に砂利とかが混ざってないことくらい。
私は訓練場に足を踏み入れた。
「ぴ」
「ん?」
一人の騎士さんが足元の私に気付く。そしてその騎士さんはしゃがむと、手のひらの上に私を乗せた。
「ひよこ……? なんでこんなところにひよこがいるんだ?」
「おいっ、もしかしてそのひよこ……!」
「ぴ?」
私を手に乗せた騎士さんの隣にいた騎士さんが急に顔色を変えた。どうしたの?
「もしかして君、この前魔王様の眷属になったひよこかい?」
「ぴ」
私は騎士さんの質問に頷いて答えた。
「ってことは、君、あの聖女……」
騎士さんが目を見開いて呟く。
……ん?
気付けば剣を交える音が止んでいて、静かな空間が出来上がっていた。違和感を覚えて回りを見回すと、訓練していた騎士さんも、休憩していた騎士さんもみんな無言でこちらを見ていた。
「……ぴ?」
え、なに? この反応。





