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ひよこ、大きく手を振る




 運動会は大盛況のため席が足りず、中には宙に浮かぶ魔道具を使って空から観戦する人達も現れた。

 大きな籠の中に入っている人もいれば、人が入れるサイズの鳥かごの中で優雅にお菓子を食べながら観戦している人もいる。わざわざ用意してきたのかと思えば、魔王城や近隣の魔道具店が有料で貸し出してるらしい。

 なので、本日の魔王城は空までとても賑やかだ。


 そんな風に空を眺めていると、耳馴染みのある声が聞こえてきた。


「――すごい盛況だな」

「この短期間で準備に奔走した甲斐がありましたねぇ」


 やってきたのは、オルビスさんとゼビスさんだ。


「あ、二人ともかわいい格好をしてますねぇ」


 こちらを見てゼビスさんがニコニコと微笑む。


「えへへ」

「やる気満々って感じですね。ここで見ていますから、二人とも頑張ってきてくださいね」

「もちろん! ゼビスさんは、きょうぎ(競技)にさんかしないの?」

「しませんよ。年寄りは大人しくここで観戦することにします。というか、今日はヒヨコ達がかわいらしく頑張る姿を見るために来ました」


 そう言ってゼビスさんは絨毯の上に上がり、正座をした。

 私達のスペースは、地面の上に敷かれた大きな絨毯の上だ。パラソル式の大きな屋根がついてるから直射日光は浴びないし、クッションもたくさん置いてあるという快適空間だ。なんなら、後方スペースには普通の椅子も置いてあるし。

 やたらと広いスペースを確保したんだなと思っていたら、ゼビスさん達も一緒に観戦するからだったんだね。賑やかな方が楽しいからヒヨコうれしっ。


「――お、そろそろ一つ目の競技が始まるぞ」


 ゼビスさんと同じように絨毯の上に腰掛けたオルビスさんが言う。いつもよりも声のトーンが高い気がするのは、それだけオルビスさんもワクワクしているんだろう。


 先程団長さんの開会宣言が終わったので、さっそく第一競技が始まるようだ。


「えっと、ひとつめは……」


 今日のプログラムが書かれた手元の紙に視線を落とす。

 一つ目の競技は鋼鉄玉入れだ。エキシビションマッチなので、騎士団員のみんなだけで行われる。その間に次の競技に出る人達の招集をしたりするのだ。

 この競技は騎士団のメンバーを二つのチームに分けて行われる。鋼鉄でできた拳大の玉を、三メートル程の高さのところにある網に多く入れたチームの勝ちだ。


 ちなみに、今回の運動会は魔族らしく魔法の使用は可となっている。もちろん他人を害したり妨害しないものに限られてるけど。

 最初は鋼鉄の玉をより多く破壊できた方のチームが勝ちという案が出ていたそうだけど、破片が飛び散ったりしたら危ないということで今の形に落ち着いたようだ。


「危ないから飛び出したりするなよ」

「あい」


 返事はしたものの、魔王はあぐらの上に私を乗せ、お腹に手を回してしっかりと抱きしめた。

 そんなことしないけどなぁとは思うものの座り心地がいいので抵抗はしない。

 隣を見ると、リュウも同じように白虎さんの前脚の間に座らされてガッチリと捕獲されてた。


 そして始まった第一競技は、見るからに重たい鋼鉄の玉が宙を飛び交う光景と白熱した試合展開が観客を大いに盛り上げた。

 ヒヨコもわっくわくで見入っちゃったもん。


 そういえば、遠くて競技の様子があまり見えない人のために実況の人がいるんだけど、図書館で見たフレディさんの部下のお姉さんだった。

 図書館で働いているくらいだから物静かな人なのかと思ったけど、全然そんなことはなくノリノリで実況をしていた。専門の人に来てもらったのかと思ったくらいだったもん。


「――あいつ……実況の方が天職なんじゃ……?」

「? ……あ! フレディさん!」


 後ろから誰かの呟きが聞こえたので振り返ってみれば、そこには図書館の主、フレディさんがいた。


「きてくれたんだ!」

「ヒヨコちゃん達の勇姿を見たくてね。デュセルバート様からも一緒に観戦をしようとお誘いをもらったし……」


 なるほど、断れなかったんだね。


「僕は日陰で大人しく見てるから、お気遣いなく……」


 みんなに一頻り挨拶をすると、フレディさんはササッとより日の当たらない所に下がっていった。


「――ヒヨコ達は、そろそろ出番じゃないか?」

「ハッ! そうだね! リュウ、いこ!」

「うん」


 出陣じゃー!!



 最初に私達が出場するのは、障害物競走だ。

 魔法が使えるため、私達も一般参加者と同じ枠で対戦することになる。リュウとは別の組なので、競技が始まる直前で別れた。

 競技は一組五人で行われるので、私の隣には四人が横一列で並んでいる。

 ワクワクしながら競技の開始を待っていると、隣の男の人に声をかけられた。


「お~、もしかして君、噂のヒヨコちゃんか? デュセルバート様のお子様の」

「うん、そうだよ!」

「うわ~、ほんとにちっちゃくてかわいいな~。陛下達が溺愛してるのも分かるわ~」


 お兄さんの声が聞こえたのか、周りの人達が次々ヒヨコに話しかけてくる。


「わぁ、本当にヒヨコちゃんなの? 私ヒヨコちゃんの姿を見るの初めて!」

「ヒヨコだから髪の毛も黄色なんだな」

「体操服で気合い十分だな。頑張れよ!」

「親子参加の競技にも出るんでしょう? 応援してるわね」

「う、うん、ありがと!」


 すごい勢いで話しかけられるので、ちょっとタジタジだ。

 みんながみんなこちらを見ているので、客寄せひよこ状態である。


『――それじゃあ、次の競技を開始いたします! 参加者の方はスタート位置まで進んでください!』


 拡声の魔道具から実況のお姉さんのアナウンスが聞こえ、みんなが動き始めたので、私も後に続く。

 すると、今までは人垣で見えなかったフィールドの全体像が見えてきた。


「……わぁ」


 どうやら、私の想像していた障害物とは違ったらしい。


 火の輪くぐりのようなものが見えるし、なんだかグネグネと動く巨大な植物もいる。人界で言うハエトリグサに似た、牙のように多数の葉が生えている植物だ。……あれ、本当は牙だったりしないよね……?

 途中には大きな岩山がそびえ立っているし、この障害物競走は一筋縄ではいかなそうだ。さすが魔界。


 ドキドキしながら自分の番を待っていた私だけど、ふと観客席にいる魔王達のことを思い出した。

 チラリとそちらを見れば、みんなが一斉に手を振ってくれる。


「!」


 嬉しくなり、私もブンブンと手を振り返す。

 それから暫くの間は手を振り返すことに夢中だったので、周囲から向けられる微笑まし気な視線には全く気付いていなかった。







 






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