ひよこ、図書館に現れる 図書館の主視点
◇◆◇図書館の主視点◇◆◇
図書館は僕の城だ。
本の状態保存のために日光は入ってこなくて常にどこか薄暗い感じがするけど、吸血鬼である僕からしたらとても過ごしやすい環境である。騒がしい場所は好きではないので、常に静けさが保たれているのも好ましい。
僕としては最高の仕事環境なので、魔王城の部署の中でも人気がないのが信じられないくらいだ。
気付けば、ここ数百年間図書館に勤め続けている僕が一番の古株になっていたので、必然的に館長に就任することになったのが……百年前くらいのことかな……?
人の上に立つのって向いてないと思うんだけど、なってしまったものは仕方がない。
毎日ゆったりとした時間が流れているので、時間感覚がなくなりやすいのがこの仕事の唯一の難点かもしれない。
特に大きなイベント事もない部署だからね。
ただ、近頃は代わり映えのない生活にも刺激が生まれた。
最近、図書館にかわいらしいお客さんが来るようになったのだ。
――その日も、僕はいつも通り返却された本を棚に戻す作業をしていた。
……ん?
不意に聞き慣れない声がしたので、声のする方へと耳を傾ける。
どうやら、声は図書館の扉の向こう側から聞こえてきているようだ。
「リュウ、ここからさきはしずかにね。しー、だよ」
「わかった」
扉が開かれ、そこから小さな生き物達がそろりと入ってくる。
あまりの蔵書の多さと部屋の広さに驚いたのだろう、二人して目を見開き、口を開いたところでハッとしていた。そして顔を見合わせ、二人して口の前でシーッと人差し指を立てている。
かわいすぎるだろ。
あまりのかわいさに、僕はにやけを通り越して真顔になった。
黄色い髪の少女と黒髪の少年は、手を繋いだまま二人してキョロキョロと辺りを見回している。
あれはおそらく、魔王様の眷属であり、デュセルバート様のお子様であるヒヨコ様と白虎様のお子様であるリュウ様だろう。
少年にはドラゴンの特徴である角も尻尾も生えているし。なにより、魔王城にいる子どもなんて彼らくらいしか思い当たらない。
小さな命達は、どうやら絵本を探しにきたらしい。
ふむ、この中からあの子達だけで探すのは大変だろう。声を掛けるか。
「君達、もしかして絵本を探しているのかな?」
しゃがんで声をかけると、二対のまん丸なお目々がこちらを見上げた。
わぁ、眩しい。あまりの純粋な瞳に浄化されそうだ……。
そして、リュウ様と思われる少年が口を開く。
「えほん……さがしてる……」
「やっぱりそうか。おいで、絵本コーナーはこっちだよ」
ついておいで、と促すと、二人は手を繋いだままポテポテと俺の後ろをついてきた。
赤ちゃんだぁ。
二人の歩幅に合わせてゆっくりと歩き、絵本コーナーへと向かう。
「――はい、ここだよ」
残念ながら、この図書館にある絵本の蔵書は多くない。
二人の期待に添えるだろうか……。
「おにーさん、ありがとうございます」
「ありがと……」
すぐに本棚を物色し始めるかと思われた二人だったけど、その前にペコリとこちらに頭を下げ、礼を口にした。
陛下方の躾がいいんだろうな。
二つ並んだ小さなつむじに、僕は微笑ましい気持ちになる。
「どういたしまして。ゆっくりしていってね。カウンターで声を掛けてもらえれば貸し出しもできるから」
僕はそう言ってその場から離れた。そして距離を取り、本棚の影から二人を見守る。
一つの本を手に取ったヒヨコ様とリュウ様は、図書館内にある椅子に隣同士で腰掛ける。大人サイズのそれは、当たり前だが二人の体には大きいので椅子に腰掛けても足がプラプラとしてしまっている。
そして、ヒヨコ様達は一つの絵本を仲良く二人で一緒に読み始めた。仲良しなんだね。
……癒やされるなぁ……。
日があまり入らないようになっているこの図書館だけど、二人の周りにはなぜか陽だまりが見えるようだった。
それ以来、ヒヨコ様達はちょくちょく現れるようになった。その度に少しずつお話をして仲良くなったので、今では二人をそれぞれ「ヒヨコちゃん」、「リュウ君」と呼ばせてもらう仲だ。
基本的にはリュウ君と一緒にだけど、ヒヨコちゃん一人で来る時もある。
絵本はすぐに読み終わるだけあって、貸し出しも中々にハイペースだ。だが、うちの絵本の蔵書は少ない。図書館に置いてある絵本を読み尽くしてしまうのも時間の問題だろう。
ふむ……絵本の在庫を増やすか……。
思い立った僕は、すぐに行動に移した。
需要の少ない本を大量に購入することはできないから、とりあえず数冊だけ新しい絵本を発注することにした。悩みに悩んだ結果、その中の一冊に小さな動物達が運動会をする、とてもかわいらしい絵本を選んだのだ。
それがまさか、魔王城で運動会が開催されるという大事に発展してしまうとは……。
衝撃のあまり、デュセルバート様と陛下の前で気絶するという醜態を晒してしまった。……まあ、それは以前にも何度かあったからいいんだけど。
気絶した僕が目を覚ました時、お二方とヒヨコちゃんは既に帰った後だった。だから、一縷の望みをかけて部下に聞いてみたんだ。あれは僕の夢だったんじゃないかと。
すると、部下はニッコリと笑って言い切った。
「安心してください、現実ですよ。私も運動会当日に実況をやってくれないかとお話をいただきました」
「あ、そっか……」
「とても楽しみです」
「それは……よかったね……」
うん、楽しみならなによりだ。
にしても、かなり大々的な興行になりそうな予感がするね。
――これからは、特大権力者のお子様達に与える本の内容には気をつけねば。





