父の日②
翌日、私は外出の許可をとりに魔王の執務室を訪れていた。
そして、魔王の前でピンと手を伸ばす。
「まおー、とうさま、ヒヨコはちょっとでかけてきます!」
「おれも」
今日は一緒に出かけるため、リュウは朝からこちらに来ている。
「じゃあ我も――」
「き、きょうはリュウとふたりでおでかけするやくそくだから、とうさまはついてきちゃダメ!」
自分もついていくと言おうとしていた父様の言葉を遮る。
かなり不自然だったかもしれないけど、プレゼントを用意するのに父様がいると色々と不都合なのだ。サプライズが成立しなくなっちゃう。
何か勘付かれるんじゃないかと内心ヒヤヒヤしながら父様の言葉を待つ。
だけど、出てきたのは予想とは裏腹な言葉だった。
「そっかぁ、じゃあ我はついていかないけど二人共気をつけるんだよ?」
「……え? あ、うん」
あっさり過ぎてなんだか拍子抜けだ。
逆に私の調子が狂っちゃう。好都合ではあるんだけど。
私はもう一人の保護者でもある魔王へと目を向ける。
「くれぐれもはぐれずに行動するんだぞ」
「う、うん」
魔王もあっさりだ。
「じゃあ、ヒヨコたちはじゅんびしたらおでかけしてくるね」
「ああ、気をつけて行ってこい」
「いってらっしゃい」
……なんだかなぁ。
肩透かしな気分を感じながら、私とリュウは魔王の執務室を出た。
――その後ろで、二人が生温かい眼差しで自分達の背中を見送っているとも知らずに。
廊下を歩いていると、前方から見知った顔が歩いてくるのが見えた。
その人はこちらに気付くと「よっ」と片手を上げる。
「ヒヨコにリュウじゃねぇか。どこかに行くのか?」
「うん」
「あれ? にしてはデュセルバート様の姿が見えないが……」
キョロキョロと辺りを見回すオルビスさん。
「きょうはとうさまぬきなの」
「そりゃまたどうしてだ?」
「ちちのひのおくりものをじゅんびしにいくからだよ! あ、これはとうさまたちにはないしょにしてね」
「内緒な、分かった」
私が口の前で人差し指を立てると、オルビスさんも真似して鏡合わせのように同じポーズをとった。
「父の日か……なあ、もしよかったら俺もついていっていいか?」
「え?」
「いやぁ、恥ずかしながら父の日のことを忘れてたもんで何も考えてなかったんだよ。よかったらヒヨコとリュウのプレゼントを参考にしたいんだが……どうだ?」
「それは……べつにいいけど……」
「うん」
リュウの方をみれば、構わないとばかりにコクリと頷かれた。
「よっし、じゃあ決まりだな!」
そして、私達はオルビスさんという同行者を連れて魔王城を出た。
「――何をしに行くんだ?」
「てづくりのものをつくるから、そのざいりょうをあつめにいくの」
そう、やっぱり子どもから親への贈り物といえば手作りのものだ。
今日はその材料集めの日である。
「材料集めって、わざわざ自分で収集しなくても市販のものを買うんじゃダメなのか?」
オルビスさんの質問に答えたのはリュウだ。
「……おみせじゃあ、うってない……」
その言葉に、オルビスさんの笑顔が引きつった。
「……うわぁ、なんか嫌な予感がする」
――オルビスさんのその予感は見事に的中したようで、帰る頃になるとオルビスさんはヘトヘトのボロボロになっていた。
オルビスさんは膝に手をつき、肩で息をしている。
「ゼェ、ゼェ……子どもの体力……恐ろしい……いや、この二人だからか……」
材料が集まってホクホクな私達の後ろを歩くオルビスさん。
「入手が困難なもんばっかり集めやがって……父の日ガチ勢か。……父親達のこと好きすぎるだろ……」
「ほめられてる?」
「褒めては……いるのか? ……その感性、ヒヨコはあの人達の娘だな」
しみじみと言うオルビスさん。
申し訳ないので、魔法で回復させた後にオルビスさんとは別れた。
集めた材料は、魔王達にバレないようにマジックバックに入れて保管をしておく。
今日はもう遅くなってしまったので、加工をするのは明日だ。こっちの準備も私達だけでは難しいのでオルビスさんが手伝ってくれることになった。
さすが頼れる兄貴だね!
そして待ちに待った父の日の朝。
「まおーおはよ」
ちゅっと魔王の頬にキスする。
「とうさまも、おはよ」
父様はニワトリの姿だったので、額にちゅっとキスをした。
普段はしない私の行動に二人が目を丸くする。
「え、嬉しいけど、どうしたの?」
「ゼビスさんが、ちちのひはあいじょうをすなおにつたえてあげるとよろこぶって、おしえてくれた。でも、それはふだんからしてるから、きょうはわりましにするの」
「――っゼビス、ナイスッ!!!」
父様、朝から元気だね。
コケーッと鳴き声を上げる父様を眺めていると、後ろから魔王に抱っこされた。
そしてムギューッと抱きしめられる。
「……うちの子が、世界一かわいい……」
うむうむ、魔王も喜んでくれたようだ。
さすがゼビスさん、的確なアドバイスだったね。二人がこんなに喜んでくれるんだもん。
う~む、だけどなんだかプレゼントを渡す空気感じゃない気がする。
……ごはんが終わったら渡そっと。
着替えの時、プレゼントの入ったマジックバックをコッソリと服の中に忍ばせておく。
よし、これでサプライズの準備は万端だ!
「……」
ソワソワ
ソワソワ
朝食の席では、私はしきりに目を泳がせて足をフラフラと動かしていた。
――ダメだ! この後のサプライズが気になり過ぎて平常心を保てない!!
落ち着かないとダメだとは思うんだけど、思考に体が全くついてきてくれない。
くそぅ、赤ちゃんボディめ。
ただ、魔王も父様も様子のおかしい私に全く触れてこない。むしろ心なしか温かい眼差しで見守られている気すらする。
朝のちゅー効果かな?
料理長達には申し訳ないけど、朝食はあまり味わって食べられなかった。
いや、いつも通りおいしかったんだけど私がごはんに集中できなかったのだ。
昼ごはんはいつもの倍の時間をかけて味わうから許してほしい。
心の中で懺悔をしつつ朝食を終えると、隣の父様が私の口元を拭ってくれた。自分では気付かないからいつもありがたい。
そう、今日は父様達にそんな日頃の感謝を伝えるのだ!
「まおー! とうさま!」
「ん?」
声を上げると、二人はこちらを向いてくれる。
私はすかさずマジックバックを服から出すと、その中から二人への贈り物を取り出した。
「きょうはちちのひだから、ふたりにプレゼントがあるの。あのね、ふたりとも、いつもありがとう!!」
二人に用意したのは、手紙とお酒の入った瓶だ。だけど、このお酒はまだ完成ではない。
イチゴの入った酒瓶をまじまじと見つめた父様が口を開く。
「――もしかしてこの果実酒、ヒヨコが自分で作ったの……?」
「うん!」
私達だけでは浸けるためのお酒を用意することはできないので、オルビスさんに協力してもらって作ったのだ。
父様にはイチゴの果実酒、魔王にはユズの果実酒を用意した。
ドヤドヤと胸を張る。
……あれ? そういえば魔王が無反応だ。
「まおー?」
「――ハッ、父の日の贈り物をもらえた喜びで少し意識を飛ばしていた……」
我に返る魔王。
ボーッとしていたらしいけど、その手は果実酒の瓶と私の手紙をしっかりと抱え込んでいる。
そんな魔王が、あることに気付いた。
「……もしかしてこれ、市場には滅多に出回らない幻の渓谷ユズか……?」
ご名答!
驚いたようにこちらを見る魔王に、私はうんうんと頷いてみせる。
すると、父様も再び自分の持っている瓶に視線を移した。
「じゃあ、もしかしてこっちは高山イチゴかな?」
「そのとーり!」
高山イチゴは、魔界の一番高い山の頂上にしかならない。
「……すごいね、どちらも入手が難しいから売ってたとしてもすごい高値なのに……もしかして、自分で取りにいった?」
「うん!」
この二つを入手するために、魔界で一番高い山に登った後に魔界で一番深い谷の底にも足を運んだのだ。リュウもせっかくだからと二個果実酒を作っていた。両方とも白虎さんにあげるらしい。
ちなみに、これらを使った果実酒はゼビスさんからもらった本に書いてあった。かなりレアな贈り物としてだけど。
「……まあ、確かにヒヨコとリュウなら自力で採りに行くのもできちゃうか。大丈夫? 怪我とかしてない?」
父様が私の頬を手で挟んで覗き込む。
「うん! むきず! オルビスさんもいっしょだったし!」
「そうか、それなら安心だね」
「でもね、これ、いますぐはのめないの」
「そうだね、魔界固有の果物で作った果実酒は魔法を使わなければ出来上がるのに百年程かかると聞いたことがあるよ」
「うん、だからね、ヒヨコがおおきくなったときのさいしょのおさけ、みんなでこれのみたい」
魔王と父様を見上げて言う。
「だから、とうさまたちはあんまりうれしくないかもだけど……」
「何言ってるんだ。娘からの贈り物をもらえて、しかも未来の約束までもらえるんだ。父親としてこんなに嬉しいプレゼントはないぞ」
しゃがんだ魔王にギュッと抱きしめられる。
「父様も嬉しいよ~! ヒヨコ、ありがとね~!!」
父様も後ろから私を抱きしめる。
「まおー、とうさま、いつもありがとう。だいすき!!」
「我もヒヨコのことが大好きだ」
「父様もだよ~」
二人にむぎゅ~っと抱きしめられ、ヒヨコはご満悦だ。
……今頃、リュウも白虎さんにプレゼントを渡して感謝の気持ちを伝えてるかな。
白虎さんの反応もとても気になるところだ。
「――ヒヨコ、手紙は今読んでもいいのか?」
「いいよ!」
手紙といっても、私はまだそんなに字が上手く書けないから大したことは書いてないんだけど。
どちらの手紙にも、ヒヨコは魔王達の娘でよかったです、というような内容を書いた。
数行の手紙にじっくりと時間をかけて目を通す二人。
読み終わると、二人共顔を手で覆った。
「――っ……!」
「ぴ? ぴぴ?」
どしたの?
感想が欲しくて、私は二人の周りをピヨピヨと歩き回った。
今は人型だけど無意識に鳴き声が出てしまう。
魔王と父様は丁寧に手紙を畳んで自分の懐に仕舞った後に、再び私のことを抱きしめた。
「ヒヨコ……! 嬉しいよヒヨコ!! 父様も、ヒヨコの父様になれてよかったよ!!!」
「我もだ。我の娘になってくれてありがとう」
「えへへ」
こんな風に家族と抱き合うなんて、聖女時代には想像すらできなかったことだ。
――ねぇ聖女、未来にはこんな幸せなことが待ってたよ。
すると、入り口の方からゼビスさんとオルビスさんがやって来た。
「おやおや、ヒヨコのサプライズは成功したようですね」
嬉しそうに言うゼビスさん。
どうやら様子を見に来てくれたようだ。
今回はゼビスさんもオルビスさんも協力してくれたからね、結果が気になったのかもしれない。
「ヒヨコ、よかったな」
「うん!」
二人のもとに駆け寄ると、オルビスさんがしゃがんで頭を撫でてくれた。
そんなオルビスさんにゼビスさんが微笑みを向ける。
「オルビスもお疲れ様でした」
「ああ、まさか一日で一番高い山と一番深い谷を行き来するとは思わなかったぜ……」
そう言って苦笑するオルビスさん。
……もしかして、ゼビスさんがオルビスさんに私達についていくように言ったのかな……?
抜け目のないゼビスさんのことだから、もしかしたらそうなのかもしれない。
するとオルビスさんは懐から瓶を取り出して「ん」とゼビスさんに差し出した。
「これは?」
「父じゃないけど、俺からも日頃の感謝だ。チビ達と一緒に作ったからな。俺のは魔法でもう出来上がった状態だから、そのうち一緒に晩酌しようぜ」
「!」
ゼビスさんは虚を突かれたような顔をした後、花開くような微笑みを見せた。
「オルビス……ありがとうございます。とっておきのおつまみを持っていきますね」
「おうっ!」
ほっこりな一幕だね。
ほのぼのしていると、オルビスさんがコッソリと私に耳打ちをした。
「なぁヒヨコ、あの二人、お前の手紙に感動しすぎて同封してたあれの存在に気付いてないんじゃないか?」
「!」
あ、そうだったそうだった。ヒヨコも忘れてたよ。
果実酒は随分先に出来上がるものだから、今すぐに役立つものも手紙の封筒に入れておいたのだ。
「まおー、とうさま、ふうとうのなかみて!」
「ん?」
「まだ何か入ってるのか……?」
封筒の中身を確認する二人。
「これは――」
「かたたたきけん!」
ニパッと満面の笑みで答える私を見ると、二人は「かわいすぎる……!!!」と膝から崩れ落ちた。





