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父の日①


 


 私はある日、リュウのもとを訪れていた。

 ダンジョンのボス部屋にいるリュウのところにピヨピヨと駆け寄る。


「リュウ! リュウ!」

「? ヒヨコ? めずらしいね……」


 ひよこ姿のまま走ってきた私をドラゴン姿のリュウが両手で掬い上げる。


「……ヒヨコがあいにきてくれて、うれしい。それでどうしたの?」

「あ、そうだった。あのね、もうすぐ『ちちのひ』があるんだって」

「父の日……?」


 どんな日なのかピンとこないのか、リュウが首を傾げる。


「うん、おとうさんにふだん(普段)かんしゃ(感謝)をつたえる()なんだって」

「普段の、かんしゃ……」

「そー! ヒヨコたちにピッタリなひでしょ?」


 そう問いかけると、リュウはコクリと一つ頷いた。


「うん、おれも白虎にかんしゃ、つたえる」

「そうこなくっちゃ!」


 そうと決まれば、早速計画を練らねば。


「かんしゃのしるしにものをおくる(贈る)のがいっぱんてき(一般的)なんだって」

「ほうほう」

「だから、ヒヨコたちもなにかあげよう!」

「わかった。……なにをあげればいいんだ……? かいにいく……?」


 思いつかなかったらしいリュウが首を傾げる。

 それにつられてリュウの手のひらの上にいる私も同じ方向に首を傾げた。


「……たしかに……」


 何を用意するべきなんだろう。

 父様や魔王、白虎さんは欲しいものはすぐに手に入れられる立場にいる。あんまりこれが欲しいって言うこともないので、本当にものには困っていないんだろう。

 地位の高めな親を持つとこういう時に困るのか……。


「ぴぃ……こまったね」

「ね」


 早速窮地に立たされた私達。


「しかも、ヒヨコのちちおやは二人……」

「ぴゅぃ……そうなんだよ」


 私の父親は二人。つまりは二人分のプレゼントを用意しないといけないということだ。

 別々のものを用意した方がいいのか、同じものを用意した方がいいのか……。いや、まずそれ以前にどちらか一方の欲しそうなものすら思い浮かばないんだけどね。

 ふむぅ……。

 片翼を顎に当てて考え込む私の頭をリュウがよしよしと撫でる。


「かわいい……」

「……リュウ、まじめにかんがえてる?」

「白虎は、おれがなにあげてもよろこぶとおもう」

「……ヒヨコもしょうじき(正直)それはおもう」


 これは私達が自信過剰なわけではなく、実際にその辺に落ちているきれいな石をあげたとしても父親ズは喜ぶだろう。

 なんなら、よくこんなきれいな石を見つけられたねと褒めてくれさえすると思う。

 つまりは親バカなのだ。

 白虎さんは一見親バカには思えないけど、あの虎さんだって十分に親バカだ。リュウのやりたいことは基本的に叶えるし、最近ではリュウに寂しい思いをさせないように必ず定時で上がると風の噂で聞いた。

 うちの魔王(パパ)も繁忙期が終わってからは毎日ほぼ同じ時間に仕事を終えて私に構ってくれる。

 まあ、これだけ愛されている私達が自信を持つなという方が無理だよね。


 両翼を組んでうーんと頭を悩ませていると、ややあってリュウが口を開いた。


「……おれたちだけで悩んでてもらちがあかない。だれかに聞いてみるのがいいとおもう」

「それもそうだね」


 協力をしてもらうのは誰がいいかな……父の日の経験が豊富そうな人……。

 悩むかと思ったけど、私の頭の中にはすぐにある人物の顔が思い浮かんだ。いつも柔和な笑みを浮かべている、長生きのあの人だ。




「コンコン」


 口に出しながら部屋の扉をノックすれば、中から「どうぞ」という柔らかい声が聞こえてくる。


「しつれいしま~す」

「しつれいします」


 リュウと一緒に部屋の中に入れば、その人は微笑みと共に私達を出迎えてくれた。


「二人ともいらっしゃい。私に何か用ですか?」


 そう、私が一番に思い浮かべたのはオルビスさんのおじいちゃんでもあるこのゼビスさんだ。

 息子どころか孫までいるんだから父の日なんてお手のものだろう。


「ゼビスさん、あのねぇ、そうだんにのってほしいことがあるの」

「相談……あ、分かりました。もしかしてもうすぐある父の日のことですね?」


 ひらめいた、と人差し指を立てたゼビスさんがニッコリと笑う。

 察しが早い。さすが魔界の宰相さんだ。

 ゼビスさんは私達をソファーに座らせると、自分もその対面に腰掛ける。


「そうなの、ヒヨコ、とうさまたちになにをおくれば(贈れば)いいかわからなくて……」

「ふ~む、デュセルバート様達も白虎も、ヒヨコ達にもらったら何でも嬉しいと思いますけど」

「うん、ヒヨコたちもそれはわかってるの」

「おっと、それは分かってたんですか。陛下方の入念な愛情表現の賜物たまものですね」


 ゼビスさんはコホンと咳払いすると「失礼、話の腰を折りました」と私に続きを促した。


「でもね、やっぱりもらってうれしい(嬉しい)もののほうがいいかなって」

「そうですね……ただ、あの方々は何でも持っていますから……」


 そうなんだよね。


「では、ヒヨコ達の気持ちを込めた贈り物に実用的なプレゼントを添えて両方渡しちゃったらどうですか?」

「りょうほう……」


 なるほど、その発想はなかった。


「ふふ、父親ってものはなんだかんだ手紙とかが一番嬉しかったりするものですから、あまり気負わない方がいいと思いますよ。あ、そうだ、よければこの本を持っていってください」


 ゼビスさんは机の引き出しから一冊の本を取り出して私に手渡す。


「これは……?」

「魔界で喜ばれる贈りものが纏まっている本です。定番からマニア向けのものまで幅広く載っていますよ」

「わぁ……! ゼビスさん、ありがとう! でも、どうしてこんなほん()をもってるの?」


 そう問いかけると、ゼビスさんは微笑んで片目を閉じてみせた。


「ふふ、私にも若かった頃はありましたから。ヒヨコ達のようにプレゼントに悩んだこともあるんですよ」

「なるほど……」


 その時の本がとってあったってことか。大分物持ちがいいね。

 せっかくもらったんだし、この本はありがたく参考にさせてもらおう。


 そして、ありがたいアドバイスをもらった私達はゼビスさんの部屋を後にした。


「リュウ、これからリュウのダンジョンにもどってさくせんかいぎ(作戦会議)だよ!」

「うん……!」


 リュウもやる気は十分のようだ。目にもいつもより光が灯っている気がする。



 その後、三時間に渡る入念な作戦会議の末に私達は父の日の贈り物を決めた。


「よしリュウ、さっそくあしたからじゅんびしようね!」

「うん……‼」


 手を重ねた私達はダンジョンの小部屋の中でえいえいおー、と気合いを入れた。










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