ひよこ、ピクニックを楽しむ
スイスイと泳ぐ白虎さんの上でリュウが快適そうにくつろいでいる。
「まおー、ヒヨコも! ヒヨコものりたい! のせて~!」
「我の背中に乗りたいってことか?」
「うん!」
乗せて! と魔王に向けて両手を広げる。
すると、魔王はとりあえずといった様子で私を抱き上げた。
「……構造が違うからあれと同じことはできないが。……そうだ、いいものがあったな」
「?」
魔王は荷物を漁ると、中からあるものを取ってきた。
そして取り出したソレを、魔王は魔法で膨らませる。
そして現れたのは――
「かわいい!」
――ひよこ型の水遊び用フロートだ。
「これでどうだ?」
「のりたい!」
魔王はフロートを水に浮かべると、その上に私を乗せた。
「おお」
少しふらつくので、前面にあるひよこの頭部分を掴んで立て直す。
水に浸かってフロートを押さえる魔王はなぜかずっと黙っている。
「……まおー?」
見上げると、魔王は片手で口元を覆っていた。
どしたの? と聞きたいところだけどこの状態の魔王が考えていることは一つだ。
「かわいい……」
そう、この状態の魔王が考えてることは「娘がかわいい」の一心だ。
フロートに乗った状態では水底に足がつかないので、一人で乗っているとそのまま流されてしまう。なので、魔王が手で押さえてそのままプカプカと動かしてくれていた。
「お、あっちの方が楽そうだな。リュウ、お前もあっちにしないか?」
「やだ。おれ、白虎がいい」
「……そう言われると下ろしにくいな」
ムギュッと自分にしがみつく息子がかわいいのか、白虎さんはそのままリュウを乗せて泳ぐことにしたようだ。
それからそれぞれの父親と一緒に、私達は暫く川遊びを楽しんだ。
「みんな~、ごはんの準備ができたよ~!」
「はーい!」
父様に呼ばれた私達は水から上がり、体を拭いて父様のところへと向かう。
近付くにつれ、お肉や野菜が焼けるいい匂いが漂ってきた。
「いいにおい」
「うんうん、もうすぐ第一陣が焼き上がるからね」
父様はしゃがむと、私にタオルを巻き付けてくれた。そして髪の毛や肌についた水滴を拭ってくれる。その際、コッソリと私に囁きかけた。
「ヒヨコ、お弁当を渡すチャンスだよ」
「!」
ハッ! そうだった。
「ヒヨコとリュウから渡した方が二人とも嬉しいだろうからね。はい」
父様がコッソリとお弁当箱を私に手渡してくれた。
「ほら、リュウと二人で渡しておいで」
「うん!」
お弁当箱を抱えた私はリュウのもとに駆け寄った。リュウもお弁当箱を見て思い出したのかハッとした顔をする。
「リュウ、いっしょにわたそ」
「うん」
私達がお弁当箱を手にして近寄ると、魔王と白虎さんは「どうしたんだ?」って顔で視線を向けてくれる。
「まおー、びゃっこさん、これ、おべんとう」
「……おれたちで作った」
ズイッとお弁当箱を差し出す。
このサプライズに、魔王も白虎さんも目を丸くする。
「え? お前達で作ったのか?」
「いつの間に……」
「きのー! とうさまといっしょにつくったの!!」
魔王が父様に目を向けると、父様がサムズアップをしてみせる。
「二人ともがんばって作ってたから食べてあげてよ。量もそこまで多くないし」
「あ、ああ、ありがたくいただこう。ヒヨコ、リュウ、ありがとう」
「ありがとな!」
魔王と白虎さんはレジャーシートの上に座り、お弁当箱の蓋を開く。
「これは……サンドイッチとタコさんウインナーと……卵焼き、か?」
「そー! ヒヨコたち、クルクルしたよ!」
白虎さんの言葉にうんうんと頷く。
「娘の手料理……」
中々食べ始めないなと思ったら、魔王は弁当箱片手に感極まっていた。
「まおー、たべてたべて」
「ああ」
待ちきれずに急かすと、魔王は卵焼きをパクリと口に運んだ。
「――おいしい! 高級レストランにも劣らない味だ!!」
魔王が手放しで絶賛してくれる。だけど、高級レストランで卵焼きって出てくるものなのかな……?
そんな私達の隣では、リュウが白虎さんに味の感想を求めていた。
「どう?」
「うん、うまいぞ! 本当にリュウが作ったのか? ……もしかしてお前、デュセルバート様に迷惑かけてないだろうな」
「……」
「せめて何か言ってくれ」
「つくりなおしただけ」
そんなリュウの言葉を白虎さんは疑わしそうにしてたけど、父様が「迷惑なんてかかってないよ~」と声をかけていた。
それから魔王は普段の二倍以上の時間をかけてお弁当を味わい、完食してくれた。
「ヒヨコ、リュウ、おいしかった。デュセルバート様もありがとう。いいサプライズだった」
「ふふ、どういたしまして」
魔王と父様がそんなやり取りをしている傍ら、とっくにお弁当を食べ終えてた白虎さんとリュウが何やら言い合いを始めた。
「……白虎も、もっと味わってたべてほしかった……」
「俺だっていつもよりも時間かけたさ。陛下よりも早食いなんだよ」
「……愛がたりない……」
「ああん? いっつも誰にも負けないくらい愛情たっぷりで接してんだろ。ほら」
すると白虎さんはウリウリとリュウに頬ずりした後にベロベロと毛繕いをするようにリュウを舐め回した。
「ザリザリ……いたい……」
口では文句を言ってるけどリュウは満足そうだ。
戯れる二人を眺めていると、ふと隣から視線を感じた。
「……ヒヨコ、俺の愛情だって誰にも負けるつもりはないぞ」
「……わかってるからきそわなくてもいいよ……?」
魔王はどこに対抗意識を燃やしてるんだろう。親バカさんだね。
「はいは~い、こっちのお肉も焼けたから食べてね~」
父様が焼き上がったお肉を各自に持ってきてくれる。私とリュウの分は喉に詰まらせないようにしっかりと切り分けてくれている丁寧さだ。
キビキビと働く父様を見た白虎さんは、申し訳なさそうに眉尻を下げた。
「今更ですが、デュセルバート様に給仕をさせるなんて……」
「いいのいいの。君達はこの前の一ヶ月間いっぱい働いたんだから、今日は我に働かせてくれ」
はい白虎、と白虎さんの前に山盛りのお肉と野菜が置かれる。
私も父様にもらったお肉を一口。
「~~~! おいしい!」
食事を終えて少し休んだ後は、父様も含めて再び水遊びをすることにした。
「「みずきり?」」
「そう、平たい石を投げて水面を跳ねさせる遊びだよ」
父様はそう言いながら足元の石を一つ手に取る。それは父様の言っていたように平たい形をしていた。
「ほいっ」
父様が水面に向かってスライドさせるように投げると、石は水面をポンポンポンッと飛び跳ねて向こう岸に着地した。
「「おお!」」
パチパチと拍手をする私達の反応を見て父様はドヤ顔をする。
こんな楽しそうなことを見せられればやらない手はないだろう。
「ヒヨコもやりたい!」
「おれも」
「もっちろん。じゃあまずは跳ねやすそうな平たい石を探そうか」
父様に返事をした後に私達はしゃがみ込み、いい感じの石を探し始める。
白虎さんの手で石は投げられないので、少し離れたところで魔王と一緒に眺めている。微笑ましげな顔をしているかと思ったけど、予想に反してその顔は心配そうに曇っていた。
「――あんなムチムチのぷにぷにな柔らかい手で石を投げても大丈夫なのか?」
「石を投げるくらいなら大丈夫じゃないですか? 割と子どもなら誰でも通る遊びですし」
「だが、ヒヨコの手は子猫の肉球くらい柔らかいんだぞ……」
「過保護ですねぇ。大丈夫ですよ、陛下と同じくヒヨコを溺愛しているデュセルバート様が傍についているんですから」
「……それもそうか」
ここからは聞こえないけど、二人は何やら雑談をしているようだ。暇じゃないならなにより。
「――あ、いいのあった」
「ヒヨコもみつけた!」
「よし、じゃあ早速投げてみようか。水の表面を滑らせるように思いっきり投げてみて」
「わかった」
父様が言い終わるや否や、リュウはバビュンと石を思いっきり投げた。
「あ」
次の瞬間、バッシャーン!!! と水飛沫が飛び散る。そして天高く舞い上がった水が私達にも降りかかった。
「……少し力が強すぎたかもね。次はもう少し手加減してみようか」
「うん」
素直に頷いたリュウは次の石を探し始めた。
よし、次は私の番だね。
私は石を投げる構えを取り、思いっきり手を振り抜く。そして私の手から勢いよく放たれた石はポンポンッと跳ねた後に勢いをなくして止まった――水の上に。
水面で完全停止する石を見た父様が、ゆっくりとこちらに顔を向けた。
「……ヒヨコ、ズルしたね?」
「……ズルじゃないよ。まほうだよ」
「ただの遊びなんだからそんな高等テクニックを使うんじゃないの。全くこの子は」
私の頬を両手で挟みウリウリとする父様。
それから何度か練習をすれば私もリュウも三回くらいのバウンドはできるようになった。端から見たら大したことないかもだけど、私達からしたら大きな進歩だ。
そんな感じでお昼寝もせずにずっと遊んでいたので、夕方になる頃には私もリュウもヘトヘトだった。
もう自分の足で立つ気力もない私を魔王が抱っこしてくれる。リュウも白虎さんの背中にうつ伏せの形で乗って脱力してる。
そんな私達を見て、父様が口を開いた。
「そろそろ帰ろうか」
そう言って笑う父様の髪の毛は、夕日を反射して茜色に染まっている。
眠気が襲ってきている私の目だから、余計に父様が眩しく見えた。
「……ん、とうさま、また、みんなであそびにきたい……」
私を抱っこしている魔王の肩越しに父様へと手を伸ばすと、父様はその手を優しく握り返してくれた。
「――そうだね、またみんなで遊びに行こう。次だけじゃなくて何百年後も家族でいろんなところに行って、いろんなものを食べよう」
見上げると、魔王も力強く頷いてくれる。
「ヒヨコ、魔界は広いぞ。その全てを回るには百年はかかるだろう。遊びたくても遊べなかった”聖女”の分まで、いろんなところに行こう」
「――うんっ!」
百年後も、二百年後も、その後も、こうやって家族や友達と過ごしていければいいな。





