ひよこ、ピクニックへと出発する
「はいヒヨコ、クルンしようね」
「は~い」
父様と一緒に卵焼きを仕上げる。
そんな私の隣では、リュウもおじちゃんと一緒に卵焼きを作り直していた。リュウ一人だと危ないことをするからだって。至極真っ当な判断だね。
大人達の補助もあり、私達は無事に卵焼きを作り終えることができた。
「かんぺき!」
焦げもなく、きれいな黄色をした卵焼きがお皿の上で湯気を上げている。
「うんうん、上手にできたね。こっちももうできるよ」
一旦中断していたタコさんウインナー作りに戻り、フライパンを振っている父様の近くに寄る。
「とうさま、ん」
上を向き、パカッと口を開けてみせる私。
「か、かわいい……! ごはんをねだるひな鳥みたいだ!! いや、ヒヨコは実際にひな鳥なのか……? まあいいや」
父様は焼き上がったタコさんウインナーを一つ、菜箸で器用に持ち上げる。足がきれいに八本に分かれているのがかわいい。
私の意図を察した父様は片眉を下げ、しょうがないなぁとでも言うように微笑む。
「味見は一つだけだからね?」
「は~い!」
父様は持ち上げたタコさんウインナーをふーふーして冷ました後、パッカリと開きっぱなしの私の口に放り込んだ。
そしてぴよぴよとタコさんウインナーを咀嚼する私を、父様が蕩けるような目で見守っている。
「どう? おいしいかい?」
「おいし~!」
「よかった。リュウ、君も味見するかい?」
「する……!」
リュウの眠たそうな目が煌めき、ポテポテと尻尾を振りながらこちらにやってくる。
「はいあーん」
「あーん。……ん、おいしい」
それから、さりげなく二度目をおねだりした私達は父様に「だ~め」と宥められていた。
そんな中、おじちゃんは目尻を下げて何度もうんうんと頷いていた。
「これぞ平和って感じだな。――よし二人共、次はサンドイッチだぞ! おっちゃんより上手に具材を挟めるかな?」
おっちゃんの言葉は、燃えやすい子どもの競争心に火をつけるには十分だった。
それからは、父様とおじちゃんが作ってくれた具をパンに挟む作業に没頭した。
仕上がった卵焼きとタコさんウインナー、サンドイッチをお弁当箱に詰めれば準備は万端だ。
「まおーとびゃっこさんのおどろくかおがたのしみだね」
「うん、たのしみ」
その時の反応を想像し、私とリュウは顔を見合わせてクスクスと笑った。
そして翌日。
「にもつよーし!」
背負っているヒヨコ柄のリュックを指さす。
「すいとうよーし!」
首からかけている、キンキンに冷えた麦茶の入っている水筒を指さす。
「おべ――ハッ!」
私は慌てて言葉を止め、自分の口を手で塞ぐ。
あぶないあぶない、お弁当って口から出かけちゃった。お弁当はサプライズだからまだ言っちゃいけないのに。
不自然に黙り込んだ私だったけど、魔王はまた新しい遊びでも始めたのだろうといった感じで疑問には思ってなさそうだ。
セーフセーフ。
「ヒヨコ、持ち物確認は終わったのか?」
「うん! バッチリ!」
すると、よくできましたと魔王が頭を撫でてくれる。
いつもよりも断然テンションの高い私に魔王は苦笑気味だ。
楽しみ過ぎて昨日の夜は眠れないかと思ったけど、それを見越した父様が私とリュウを散々外で遊ばせてくれたおかげで体力が尽き、夜にはぐっすりだった。
さすが父様だ。寝不足だとピクニックは楽しめないもんね。着々と父親としての腕を上げてる。
「こっちも準備できたよ~」
荷物を抱えた父様がやってきた。
今回は父様が不在の間がんばった私達への労いの意味も込められたピクニックだから、手配や共通の荷物などは全て父様が受け持つんだと息巻いていた。
「よし、じゃあそろそろ行くか」
よいしょっと私を抱き上げる魔王。
そして、私達はピクニックへと旅立つべく廊下に出た。
「――お、来たな」
正面玄関から外に出ると、白虎さんと、白虎さんにまたがったリュウが待っていた。
「早めに来てくれて助かった。うちの息子、さっきからヒヨコはまだかまだかってうるさくてなぁ」
「まちきれなかった」
「はいはい、楽しみだな」
軽くいなされたリュウは、白虎さんの背中をペチペチと叩く。
白虎さん、大分父親の貫禄が出てきたね。
「は~い、じゃあみんなこっちに寄ってね~」
荷物を抱えた父様がみんなを呼び寄せる。今回は日帰りだし、移動の時間がもったいないので転移で移動する。
空気感が変わった気配がしたのと共に目を開けば、そこは河原だった。
澄んだ空気の中でチョロチョロと水が流れる音が聞こえるし、周りは緑に囲まれている。
「みず! おみずだ!」
「みず……!」
転移で到着した途端、私とリュウは近くを流れていた川へと一直線に向かった。
そんな私達の後ろから大人達の話し声が聞こえてくる。
「おーおー、吸い込まれるみたいに向かってくなぁ」
「子どもは水好きだよねぇ」
「お前達、危ないから勝手に入るなよ」
川の前でしゃがみ込んだ私とリュウのお腹に魔王が手を回し、ガッチリと抱え込む。私達が飛び出さないようにだろう。
「まおー、おみずさわりたい」
「おれも」
「分かった分かった、手で触るだけだぞ。川に入るのは後で一緒にな」
魔王の許可も出たので、私は透き通った水に手を伸ばした。水は本当に透明で、水底が余裕で見えるレベルだ。
「わ、つめたい!」
「ほんとだ」
私とリュウはパシャパシャと水を触った。
「まおー、まおーもさわる? ほら、つめたいよ?」
水に浸して冷えた手を魔王の頬につける。
「どう?」
「ああ、冷たいな」
「えへへ、でしょでしょ?」
クスクスと笑う。
すると、川に尻尾を浸けていたリュウも尻尾の先を持ち上げて魔王の頬につけた。そして、寝ぼけ目がおずおずと魔王を見上げる。
「……つめたい……?」
意外な行動に魔王が目を見開く。
「っ……ああ、冷たいぞ」
「そっか」
イタズラが成功して嬉しいのか、リュウが目を伏せてはにかむ。
「リュウ、よかったね」
「うん」
顔を見合わせてキャッキャとはしゃぐ私達を、魔王がギュッと抱きしめた。
「お前達、かわいいがすぎるぞ」
私達を一度に抱きしめた魔王は、二人同時にウリウリと頬ずりをした。
魔王と戯れていると、後ろからガシャガシャと音が聞こえくる。そちらを振り向くと、父様が何かを組み立てているところだった。
初めて見る機材に興味をかき立てられた私は、リュウと一緒にてててっとそちらに向かう。
「とうさま、これなに?」
「バーベキュー用のコンロだよ。まだ炭に火はつけてないけど、火がついたら危ないから近付かないでね」
「わかった」
父様の注意にコクリと頷く。
すると、炭が敷き詰められていたコンロの中を覗き込んでいたリュウが口を開く。
「……火、つけるの?」
「うん、今からつけるよ」
「おれ、つける」
「ん? ああそっか、じゃあお願いしようかな」
父様が頼むと、リュウがパカッと口を開いた。そしてその口から青い炎が炭に向かって吐き出される。
さすがドラゴン。
「おお、もう炭に火がついた。ありがとうリュウ、もう大丈夫だよ」
「ん」
リュウが口を閉じると、炎も口の中に仕舞われていった。そしてリュウがけぷっとゲップをする。
「それじゃあ我はバーベキューの準備をするから、二人は魔王と白虎と一緒に遊んでな」
「いいの?」
「うん、今回は我がみんなを労う会だからね! むしろ手伝わせてあげないよ。それに、ヒヨコ達も遊んでくれる相手がいないと暇でしょ? ごはんの後は我も一緒に遊ぶから。ほら行った行った」
父様に背中を押される。
「ほら、川で遊んでおいで」
「かわ!」
遊びたい!
そして水着に着替え、魔王達と一緒に川に入る。
「おー、みずがながれてる」
不思議な感覚だ。
気を抜いたら流されそう。
浅瀬で留まり水が流れるのを足で感じて楽しんでいると、バシャバシャという音が聞こえてきた。
足元を見ていた顔を上げれば、リュウが川の真ん中らへんで流されていくのが見えた。
「ながされるー」
「リュウー!!!」
流されていくリュウを白虎さんが泳いで追いかけ、口で咥えて戻ってきた。
あぐっと咥えられたリュウは力を抜いてされるがままだ。
「びゃっこ、およぐのじょうず」
「ほはへ、ほんひはは(お前、のんきだな)」
でも確かに、白虎さんの泳ぎは上手だった。前脚と後ろ脚を器用に動かしている。
そして白虎さんは川辺まで来ると、ポテッとリュウを落とした。
リュウはムクリと起き上がり、そのまま川へと足を踏み出す。
「もういっかい……」
「待て待て待て待て。お前また同じことするだろ。俺が乗せてやるからもう自力では泳ぐな」
リュウを引き留めた白虎さんは、背中に我が子を乗せる。
その様子を見て、魔王がポツリと呟いた。
「……白虎は大変そうだな」
リュウ、行動は結構やんちゃだもんね。





