ひよこ、ピクニックの準備をする
皆様のおかげで書籍2巻&コミックスが無事に発売しました!
父様が伏せっていた影響もなくなり、魔界はすっかり日常を取り戻した。
魔王の仕事量も落ち着いたので、私に構ってくれる時間も増えた。もう潤沢だ。
「へいわだね~」
「うん、いいこと」
庭の芝生にリュウと並んで寝転び、空を見上げる。今日は雲一つない快晴だ。日向ぼっこ日和だね。
仰向けでのんびりしていると、父様がひょっこりと顔を出して私の顔を覗き込んだ。
「あはは、二人ともおじいちゃんみたいなことしてるね。楽しいかい?」
「ん~、たのしいというより、いやされる?」
「うん。ねむくなる」
隣を見るとリュウは確かに眠そうにしていた。だけど、リュウはいつも眠たそうな目をしているから見分けるのが難しいね。
眠そうな私達を見て父様がクスクスと笑う。
「もう遊ぶのには飽きちゃったのかな? そんな二人のために楽しいイベントを企画したんだけど、聞きたい人はお手々あげて~?」
「は~い」
「はーい」
私とリュウは寝転んだままピンッと手を上げた。
「横着さん達だね」
「とうさま、イベントってなになに?」
「ふっふっふ、我が倒れている間に二人は頑張ってくれたから、ご褒美にピクニックに連れて行っちゃうよ~!!」
「「ぴくにっく!?」」
ガバッと同時に起き上がる私とリュウ。
「お、起きた起きた」
「とうさま、ピクニックいくの?」
私は芝生の上にあぐらをかく父様の上によじ上る。そして膝の上に収まった。
「そうだよ。元々魔王が密かに企画してたみたいだけど我が寝込んでいて行けなかったからね。魔界内の状況も我が寝込む前と変わらないところまで戻ったし、そろそろピクニックに行こうかって話になったんだよ」
「おれとびゃっこも一緒?」
「もちろんだよ」
パァッと顔を見合わせる私とリュウ。
「いつ!? いついくの?」
「明日行こうと思ってるよ。そこで、二人にはピクニックの準備を一緒にしてほしいんだけど、お手伝いしてくれるかな?」
「するー!」
「する」
膝の上に座った状態で父様を見上げる。
リュウも楽しみなのか、父様の膝に手を乗せて前のめりな体勢だ。
「グッ……なにこの素直でかわいい子達……!」
悶えた父様は、私とリュウをいっぺんに抱きしめた。
「――二人の遊び道具と……あ、あとおやつも選んでね」
「「はーい」」
自室に戻り、リュウと父様と一緒に明日の準備をする。
一つずつリュックを手渡され、遊び道具とおやつはこのリュックに入る分だけねと条件をつけられる。
「向こうには川もあるから、遊ぶのにはそんなに困らないと思うけどね」
「かわ!」
「うん、水遊びできるよ。二人の水着は用意してあるからね」
水遊び……楽しみだ。
「ごはんは?」
「バーベキューの予定だから、食材も道具も向こうに用意してあるよ」
「そうなんだ」
「……? ヒヨコ、どうかした?」
さすが父様、私のテンションの変化には敏感だ。
父様は私を抱き上げ、顔を覗き込む。
「バーベキューは嫌?」
「いやじゃないよ! だけど、ピクニックはてづくりのおべんとうをもっていくものだとおもってた」
「なるほど! ヒヨコのピクニックのイメージはお弁当なんだね。じゃあ、お弁当も作ろうか」
「え? いいの?」
「もちろん! 魔王と白虎は今日もお仕事だから、作るなら我ら三人だけになっちゃうけど……そうだ、あの二人にはサプライズにしようか」
サプライズ……楽しそう!!
私は父様を見上げ、コクコクと頷いた。リュウも乗り気なのか、尻尾をブンブンと振っている。
「はは、それじゃあ厨房をちょこっと貸してもらおうか」
厨房に移動し、事情を話すと料理長のおじちゃんは快く場所と食材を提供してくれた。
献立については何も考えていなかったので、何を作ればいいかおじちゃんに尋ねる。
「ピクニックの定番っていうと、サンドイッチとか卵焼きとか、タコさんウインナーですかねぇ」
「いいね、じゃあその三品にしよう。二人とも、刃物は危ないからそれ以外の工程を手伝ってくれる?」
「「はーい」」
私とリュウでは人型でも調理をするには背丈が足りないので、足台を持ってきてその上に立つ。手もしっかり洗い準備は万端だ。
「じゅんび、できました!」
「よーし、お手々もピカピカだね。じゃあ二人にはサンドイッチ作り……だけじゃつまらないだろうから卵焼きも作ってみようか」
「ヒヨコ、あまいのがいい!」
「おれも」
「よし、じゃあ甘い卵焼きにしよう」
私とリュウは、それぞれ一つずつ卵焼きを作ることにした。その間、父様はタコさんウインナーとサンドイッチの具を作ってくれる。
そして、私達の卵焼き作りは料理長のおじちゃんが監修してくれることになった。
「まずは卵を割るところからだな。できるか?」
「とりあえずやってみる!」
目の前に底が深めなお皿を用意し、卵を一つ手に取る。
さあ割ろうとしたところで隣から視線を感じた。視線の元をたどると、隣のリュウがこちらをジーッと見ている。その手には卵が握られており、リュウの視線は手元の卵と私を行き来している。
「どしたの?」
「……いや、なんでもない」
「? そっか」
卵の割り方が分からなかったのかなと思いきや、リュウはなぜか少し躊躇いつつも綺麗に卵を割っていた。上手だ。
リュウには負けてられないと、私もパカッと卵を割る。
「お、二人とも上手だな。じゃあ次は味付けだ」
料理長に教えてもらった分量で砂糖などを投入し、卵をかき混ぜる。
そんな私達を料理の手を止めた父様がなぜか真顔で眺めていた。
「ねぇ料理長、一生懸命卵を混ぜるうちの子達、かわいくない?」
「控え目に言っても食べちゃいたいくらいかわいいですね」
いくらヒヨコ達がかわいくても食べないでほしい。料理長ならおいしく味付けしちゃいそうだ。
「おじちゃん、まぜまぜできた」
「おれも」
「よ~し、そしたらここからが大事な工程だから、気を抜くんじゃないぞ」
そして、私達はコンロの前に移動した。魔族の大人用に作られたコンロはそれぞれの間に大分間隔があるので、私とリュウが隣同士で作業をしても全く問題はなさそうだ。
コンロの前で待っていると、おじちゃんが長方形のフライパンを持ってきてくれた。
「卵焼き用のフライパンだ」
「おお!」
「二回に分けてクルクルしていくんだぞ」
「わかった!」
火にかけたフライパンに油を引き、温まったところでお皿の中の卵を半分投入する。
ある程度固まったところで卵をクルクルと巻き始めたんだけど、そこで隣のリュウの様子がおかしくなった。
「――おれは……できる……っ!」
思いっきりフライパンを振るったリュウ。
すると、卵は宙を舞い――リュウの顔面に着地した。
「あ」
ベシャッという音とともに、卵がリュウの顔面を覆い隠す。
「りゅ、リュウーーーー!!!!」
「あつい……」
「そりゃあ熱いだろうよ!!」
おじちゃんが慌ててリュウの顔面に着地した卵焼きを回収する。
「やけどはしてないか!?」
「この程度じゃやけどしない」
「はは、さすがドラゴンだな」
リュウの言葉の通り、やけどをした様子は全く見受けられなかった。それどころか皮膚が赤味を帯びた様子すら見受けられない。
丈夫だね。
「……ヒヨコも、フライパンくるりしたほうがいい……?」
そう呟くと、父様がすっ飛んできて私を抱きしめた。抱きしめられているというより、これは動きを封じられてるのかな……?
「しなくていいから! ヒヨコの顔にやけどでもできたら魔王が泣くよ!?」
「ぴぃ、それはダメだね」
魔王が泣くところは見たくない。
念のため、リュウは氷で顔を冷やしている。その口がむぐむぐと動いているのは、先程顔面でキャッチした卵焼きを食べているからだ。さすがにお弁当には入れられないからね。
「おいしい」
「……坊主、将来は大物になるな……」
初めて自分で作った料理を味わうリュウを、おじちゃんはもはや感心したように眺めていた。





