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ひよこ、父様が回復して一安心




 父様が倒れてから約一ヶ月が経過した。

 もう、各地の問題も大分収束している。魔王曰く、そろそろ父様が復活するとのことだ。

 私も今か今かとその時を待っている。


「まだかなまだかな」

「もうすぐだろう」


 魔王の膝に座ってそんな話をしていると、廊下から足音が聞こえてきた。また誰かが報告に来たんだろう。

 そう思ったので、私は特に入り口に視線を向けることもしなかった。

 だけど――


「――ヒヨコ」


「!?」


 慈愛の籠もった声に、私はガバッと顔を上げた。

 そこには、少しだけばつが悪そうに微笑んでいる父様。少しやつれたような雰囲気を纏っているけど元気そうだ。


「ただいま」


 私は立ち上がり、手を広げた父様の懐に思いっきり飛び込んだ。


「とうさま! おかえりなさい!!」


 やはり少し痩せてしまった父様。だけど、しっかりと私を受け止めてくれた。

 そして父様は、そのままギュ~ッと私を抱きしめてくれる。


「ごめんねヒヨコ、寂しかったよね」

「うん。こんどは、なにもいわずにいなくなるのはやめて」

「そうだよね、わかった。ごめんね」


 父様は私を抱き上げると、宥めるように背中をポンポンと撫でた。そして、その足で魔王の前まで歩み寄る。


「魔王も、苦労をかけたね。今回も大分魔界は荒れたかい?」

「そっちは毎回のことだから問題ない。それよりもヒヨコの夜鳴きの方が大変だった」


 あ、夜鳴きしてたの目の前でバラされた。といっても、寝ている間のことだから私に自覚はなかったんだけど、後でシュヴァルツが教えてくれた。


「夜鳴き!?」


 ギョッとする父様。そして、腕の中の私をギュッと抱きしめた。


「今までそんなことなかったよね? まさか、そこまでヒヨコに負担をかけちゃったなんて……」

「まあ、それに関しては我も悪いがな。仕事にかまけてヒヨコの寝かしつけをシュヴァルツに任せきりにした」

「それは魔王は悪くないよ。この一ヶ月間はかなり忙しかっただろうから」


 話しながら、父様は私の背中を撫でる。


「今日からまた父様と一緒に寝ようね~。ヒヨコこの一ヶ月間たくさん頑張ってくれてたみたいだから、父様もいっぱい甘やかしてあげるよ」


 ちゅっちゅっと私の額や頬にキスをする父様。


 抱っこされて父様の匂いを嗅いでいると、徐々に目蓋が下がってきた。体から力も抜け、完全に私を抱き上げている父様に体重を預ける。


「どうしたヒヨコ? 眠いのか?」

「……いや、違うよ魔王。なんだか様子がおかしい。これは眠くて力が抜けているというより……グッタリしてるんだ……」

「なに?」


 魔王が駆け寄ってくる気配を感じる。

 目を瞑ったままでいると、大きな手が私の額に当てられた。


「熱は……ないな……。だが、確かに様子がおかしい。フェニックスを呼んでこよう。まだ領地には帰っていないはずだ」


 魔王のその声を最後に、私は意識を手放した。




 


◇◆◇魔王視点◇◆◇





 ベッドの上にグッタリと力なく横たわるヒヨコ。

 普段は元気いっぱいの娘のこんな姿を見るのは初めてのことだった。

 顔には出ていないが、我の内心は大荒れだ。心臓もバクバクと拍動している。背中にも冷や汗が伝う始末だ。隣にいるデュセルバート様も、心配のあまり顔から表情をなくしている。 

 そのデュセルバート様が一心に見詰める視線の先では、フェニックスがヒヨコの診察をしている。

 魔法で頭から順に、体内に異常がないかを調べるフェニックス。


「――どこも異常はありませんね。強いて言えば疲労でしょう。おそらく精神的な。ヒヨコちゃんの身体能力だと、この一ヶ月の稼働でも倒れるほど疲れるとは思えませんから。多分、自分でも知らないうちに気を張っていたんでしょうね。ずっと一緒にいたデュセルバート様がいない状態というのは、かなりの精神的な負担になったのでしょう」


 哀れみを帯びた視線をヒヨコに向けたフェニックスが、小さな頭を撫でる。


「それで、どうしたらいいの?」

「いっぱい寝て、いっぱい食べて、いっぱい甘やかしてあげてください」

「それだけ?」

「ええ、それだけでいいんです。子どもの心には、それが一番ですから」


 とはいえ、ヒヨコのことが心配らしいフェニックスは滞在期間を延長することにしたようだ。こちらとしてもありがたいので、喜んでそれを受け入れた。




 フェニックスが退室した後に残されたのは、静かに眠るヒヨコと我ら二人だ。


「……ヒヨコも、一ヶ月間こんな気持ちだったのかな……」

「まあ……そうだろうな……」


 眠るヒヨコを見下ろすデュセルバート様は、悲痛な面持ちだ。


「過ぎたことを今更悔やんでも仕方がない。ヒヨコを甘やかす方に気持ちを切り替えろ」

「ぅえ?」


 俺はデュセルバート様の後ろ襟を掴み、ヒヨコの寝ているベッドへと放り込んだ。

 ヒヨコの隣に寝かせ、その上に掛け布団を被せてやる。


「……なんのつもり?」

「ヒヨコと添い寝してやれ。デュセルバート様もまだ本調子じゃないだろうし、ちょうどいい」


 デュセルバート様の腹の上をポンポンと二回叩いてやる。


「え、なに? 我も寝かしつけられてる? 魔王ってば、父親が板に付きすぎだよ」

「いいから寝てろ。ほら、ヒヨコの表情が柔らかくなった」


 デュセルバート様がベッドに入って早々に、近くの温もりにしがみついたヒヨコ。

 その表情は、先程よりも安らかなものだった。 

 そして無意識にデュセルバート様の上に乗り上げたヒヨコは、ぴよっとひよこの姿に変化をした。こちらの姿の方がリラックスできるのかもしれないな。


「じゃあ、我は少しだけ仕事をしてくる。その間ヒヨコのことは頼んだぞ」

「う、うん、分かった」


 ヒヨコを撫でながら、デュセルバート様は手を振って我を見送っていた。






 今回の騒動の後始末の手配を済ませ、寝室に戻ってくる。

 すると、ベッドの上ではニワトリとヒヨコが寄り添うようにして眠っていた。


 二人とも、安らかな寝息を立てている。

 その二人の寝顔を眺めていたら、我からもやっと肩の力が抜けた。

 ふぅ~、と深く息を吐く。


「……我もまだまだだな」


 気をつけているつもりではいたが、ヒヨコに負担をかけてしまっていたようだ。

 父親としてはまだ未熟だな。


 だが――



「やっと、日常が戻ってきた感じがするな……」



 ホッとしたと同時に眠気がやってきたので、我もベッドに潜り込み心地よい微睡みに身を任せた。












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― 新着の感想 ―
可愛くて可愛くて、鶏とヒヨコの添い寝プラス魔王様の絵面を想像してニマニマしてしまいました!!
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