ひよこ、狼ファミリーの一員になる
あれから各地の異変は徐々に収束してきている。
なんでも、私と扉越しに会話をした日から父様の回復はめざましく、フェニックスも驚くほどだったらしい。「父親の底力ですね」とフェニックスは言っていた。
まあ、それでも被害はゼロではなかったので、私は変わらず各地を飛び回っているんだけど。ただ、起こる問題の内容は序盤に比べたら大分平和なものだ。
そう、今だって――
「いや~、すまないねぇ。気候変動のせいでこんな下の方まで来ちまったみたいで。まさかそのまま住み着くなんてあたしらも思わなかったもんだから」
つい、エサをやっちまったんだよ、とおばあさんが続ける。
そんなおばあさんの視線の先にいるのは、サンダーウルフの群れだ。文字通り、雷系統の魔法が得意な魔界狼らしい。そして、一生に一度見かけられたらラッキーと言われるくらい、かなりの希少種だと。
「きしょうしゅ……にしてはいっぱいいるね……」
丘の上には、大人のサンダーウルフが六頭、そして子どものサンダーウルフ四頭が無邪気に駆けずり回っている。
大人の毛はしっかりと青みがかっているが、子どものポサポサとしている毛は薄水色だ。
本当は高山の頂上付近に住み着いているというサンダーウルフだけど、なぜかこの村に下りていて、しかもここで出産したらしい。つまり、ポテポテと走り回っているあの子達は生まれたてホヤホヤということだ。
だけど、問題は彼らがこの丘を完全に自分達の縄張りに認定してしまったことだ。元々、ここには牛や羊などを放牧していたらしいけど、あの狼達が来てからは完全に場所を奪われたので今は他の場所に避難させているらしい。
自発的に魔族や動物達を襲うことはないけど、赤ちゃんがいるためか気が立っているので近付くとかなりの威嚇をされるとのことだ。
どうせすぐに帰るからと、エサをあげてしまったけど一行に立ち去る気配がないし、希少種だから扱いにも困り、魔王城に助けを求めたという経緯らしい。
まあ、気持ちは分かる。ちび狼かわいいし。
そして、ここに居座るサンダーウルフ達の気持ちも分かる。この辺りは田舎だからのどかで空気もいいし、その上おいしいごはんが勝手に出てくるんだもんね。子どもが大きくなるまで居座ろうと思っても不思議じゃない。
「ヒヨコ、はなしあいにいってくる。リュウはここでまってて……って、もううごくきないね……」
田舎ののどかな雰囲気にノックアウトされたリュウは、既にちびドラ姿で地面に寝そべっていた。というか、もうスピスピと寝息を立てている。そしてその頭の上には、小さな蝶々がとまっていた。
「……へいわなこうけい」
ヒヨコも眠くなってきちゃった……。
――ハッ! ダメダメ、まずはあのサンダーウルフをなんとかしないと。
私は自分の体を見下ろす。
人が近付くと威嚇するって言ってたし、ひよこの姿の方がいいかな。うん。
「ぴぴっ」
サクッと変化した私は、その足でサンダーウルフ達の元へと向かった。
「キュゥ?」
最初に気付いたのは、兄弟達と追いかけっこをしていた子どものサンダーウルフだ。まだ鳴き声が高めでかわいい。
子ども特有のまん丸とした目が私を見据える。
そして、一番小さな子がポテポテとこちらに歩いてきた。
「ぴ」
「キュキュッ」
すぐ傍までやってきたちびウルフは、フンスフンスと私の匂いを嗅ぐ。そして、ペロリと私の黄色い毛皮を一舐めした。
味見か?
すると、その子の兄弟達もやってきてスンスンと私のポサ毛に鼻先を突っ込む。
「キュッ」
「キュキュッ!」
嬉しそうに鳴くちびウルフズ。なんの話をしてるんだろう。
一番小さい子が一歩前に出たかと思うと、あぐっと私のうなじの辺りに噛みついた。離れたところでリュウが慌てて起き上がる気配がするけど、甘噛みだから大丈夫と視線を送る。
黄色い毛玉である私を口に咥えたちびウルフは、そのままくつろいでいる親ウルフのもとへと向かう。
「キュ~ッ」
親ウルフは、ひよこを咥えて戻ってきたちびウルフを慈愛の眼差しとともに迎えた。
「キュッ」
「グルルルルル」
私を咥えていたちびウルフがパカッと口を開けたことで、私はペションと地面に落ちる。そしてちびウルフは前脚の間に私を抱え込んだかと思いきや、そのままペロペロと私を舐め始めた。
「キュッ、キュフッ」と嬉しそうに鳴きながら毛繕いをされれば、抵抗する気も失せるというものだ。
そんな末っ子の周りに兄弟達も集まってくれば、一瞬で毛玉団子の完成だ。親ウルフも、そんな子ども達を微笑ましそうに見詰めている。
それから、あむあむと私を甘噛みしていたちびウルフは、両足で私を抱えながら寝息を立て始めた。そして、周りを取り囲んでいた兄弟達も丸まって眠っている。
あまりにも自然に受け入れられているこの状況に、私は一つの可能性に思い至った。
……もしかして、私もサンダーウルフファミリーの一員だと思われてる……?





