我が子の夜”なき” 魔王視点
デュセルバート様の体調が悪くなった初日から、早速様々な厄介ごとが舞い込んできた。これは毎回のことだし、我も慣れたものだ。
しかし、トラブルは時間を問わずにやってくるゆえ、深夜まで対応に追われる。なので、ヒヨコの寝かしつけをしてやりたくても、今日は叶わなかった。
デュセルバート様が不在の初日だから、傍にいてやりたかったのだが……。
仕事には集中しつつも、我が子への心配が頭の片隅から離れない。
ヒヨコは眠れているだろうか……。
ヒヨコの心配をしていると、コンコンと扉がノックされた。またトラブルだろう。
こうも訪問者が多いと、一々返事をするのも面倒だ。常時開け放っておくか……。
「入れ」
「失礼します」
だが我の予想とは裏腹に、入室してきたのはヒヨコの寝かしつけを任せたシュヴァルツだった。
「お忙しい中、申し訳ありません」
「いや、構わない。ヒヨコの様子はどうだ? 眠れているか?」
「その、それが……」
シュヴァルツの話を聞いた我は、すぐさま執務室を飛び出した。
そして寝室に入ると、「ぴぃ、ぴぃぴぃ……」と小さな鳴き声がひっきりなしに聞こえてくる。
足音を殺してベッドに近づけば、我の枕の上で黄色い毛玉が丸まっていた。
「なんとか寝付きはしてくれたのですが、こうして夜鳴きが止まらず……。普段からこうなのですか?」
「いや、そんなことはない」
よく見ると、ヒヨコの目元の毛が湿っていた。
「陛下、どうされます? このままお一人で寝かせておくのはあまりにも……」
「そうだな」
悩みはしたが、こうなれば選択肢は一つしかなかった。
ヒヨコを起こさないように綿を敷き詰めた籠に移し替え、その上に小さな毛布を被せて執務室に連れて行く。明るくて人の出入りがあるので寝づらい環境ではあると思うが、寂しい思いをさせるよりはマシだろう。
シュヴァルツはもう深夜なので自室に戻って寝るように指示をした。多分、奴もヒヨコの様子が心配でこれまで寝ていないだろう。しかし、忙しい我の手を煩わせるには……と相談に来るまで悩んだはずだ。申し訳ないことをしたな。
「……ぴぃ? ……まおー……?」
毛布の隙間から、ヒヨコの寝ぼけ眼が見える。
「ヒヨコ、我が傍にいるから、ゆっくり寝なさい」
「ぴぃ……」
毛布の上からゆっくり撫でると、ヒヨコは安心したように目を閉じ、穏やかな寝息を立て始めた。もう、寝ている間に鳴き声を上げ続けることはない。
デュセルバート様が倒れて不安な時に、可哀想なことをしてしまったな……。
心の中で猛省しつつも、ヒヨコとの時間をとるために仕事の手は止めない。
それから何人かの魔族が出入りした後、籠の中の毛布がモゾリと動いた。そしてヒヨコがひょっこりと顔を出す。
だが、目はほとんど開いていないのでおそらく寝ぼけているんだろう。
ヨタヨタと、千鳥足で籠から出てきたヒヨコは、今度は我の腕にぴょこんと乗った。そしてそのまま、テコテコと我の肩の方へと腕を伝って歩いてくる。
その足取りがあまりにも危ういので、我も支えるように手助けをしてやった。
なにをするのかと思えば、ヒヨコは我のシャツの襟の中に潜り込んだ。そして、我の首筋にピッタリとくっつくように寄りかかると、そのまま再び寝息を立て始める。
「……これは、中々バランス感覚が要されるな……」
小さなかわいらしい温もりを首元に感じながら、我はその温もりを落とさないように仕事を続けた。
姿勢がよくなった気がするな……。
翌朝、ヒヨコは目を覚ますと「あれ? なぜここに?」という顔で辺りをキョロキョロと見回していた。昨日ベッドで寝たところから記憶がないんだろう。ずっと寝ぼけていたしな。
「まおー、ヒヨコ、めいわくかけちゃった?」
「ん? ヒヨコは何もしてないぞ。我が寂しかったからヒヨコを連れてきてしまっただけだ。よく眠れたか?」
「うん! ぐっすり!」
「そうか、よかった」
手のひらの上のヒヨコを撫でていると、ヒヨコがモジモジと足踏みをして我を見上げてきた。
「まおー、あのね」
「なんだ?」
「とうさまがもどるまで、あしたからもここでねていい?」
「! ……ああ、もちろんだ。ヒヨコがいてくれると我も寂しくないからな」
「!」
パァッと笑顔になるヒヨコ。
――ああ、うちの娘がこんなにかわいい。





