ひよこ、フェニックスと再会する
休憩がてら、魔王と手を繋いで一緒にお庭を散歩していると、ふと地面に鳥形の影が射した。
「?」
その影の正体を確かめようと空を見上げると、そこには燃えさかる翼を持った巨大な鳥――
「――ふ、フェニックスだ!」
見覚えのあるその姿は、紛れもなくフェニックスのものだった。
この時、フェニックスを見上げることに集中していた私は、隣の魔王が憂いを帯びた眼差しを自分に向けていることに全く気付かなかった。
律儀なフェニックスは、きちんと城門の前に降り立ち、門番二人の確認を得てから魔王城の敷地内に入ってきた。
「フェニックス!」
「ヒヨコちゃん、お久しぶりですね。お元気そうでなによりです。陛下も」
「ああ。休暇中はうちの子が迷惑をかけたようですまなかったな」
私の頭をポンポンと撫でる魔王。
「いえいえ、気にしておりませんよ。自分の実力はまだまだだと思い知るいい機会でもありましたし、ヒヨコちゃんはかわいかったですし」
「フェニックスは鳥形の魔族には甘いからな」
「鳥形の魔族は皆同族だと思っていますからね。もちろん、ヒヨコちゃんも」
そう言うと、フェニックスは優しげな眼差しで私を見下ろした。フェニックスからは、なんとなく母性のようなものを感じる。
翼の炎も通常時は熱くないしね。むしろホッとするような温もりを感じる。
「っと、そうでしたそうでした、城に入る前に変化しておきましょうかね」
「?」
フェニックスの体がシュルシュルと小さくなっていったかと思えば、代わりに真っ赤な髪を腰のあたりまで伸ばした、綺麗な女の人が現れた。
緋色のドレスを着たその人は、垂れ目気味で優しげな顔立ちをしている。
「ふ、フェニックス……!?」
「あら? ふふ、びっくりさせちゃいましたかね。そうです、フェニックスですよ」
おっとりと笑ったフェニックスさんは、細腕にも関わらずしっかりとした手つきで私を抱き上げた。
わぁ、いい匂い。
父様や魔王とは違う、花のようないい匂いだ。
「私の体の大きさだと室内では動きにくいですからね。こちらに来る時には魔法で人型に変化しているんです。私はむしろ人型の方が慣れずに動きづらいので、普段は変化なんてしないんですが」
「そうなんだ」
「ええ、私の人型はレアなんですよ?」
そう言ってウインクをするフェニックス。意外にもお茶目さんだ。
「ところで、ヒヨコちゃんは何をしていたんですか?」
「まおーとおさんぽ」
「まあ、陛下もすっかりお父様ですね。それでは、親子の交流を邪魔するのもなんですので私は先に行きますね」
私を地面に下ろして歩き出したフェニックスの後ろ姿を見送る。
……そういえば、フェニックスは何をしに来たんだろう……?
首を傾げていると、後ろから魔王に抱き上げられた。すぐ傍にある魔王の顔は、なぜか少し険しい。
「ヒヨコ、フェニックスに抱き上げられて随分嬉しそうにしていたな。我よりもフェニックスの方がいいのか?」
「まおーととうさまがいちばんにきまってるよ。まおーのにおいのほうが、ヒヨコはすき」
「……そうか」
魔王ってば、嫉妬深いパパだね。ヒヨコの一番は魔王と父様以外ありえないのに。
だけど、魔王が一番なのとフェニックスと遊ばないのはまた別の話だ。
「フェニックス~!」
私は構ってオーラ全開でフェニックスのもとに駆け寄った。
両手を広げて駆け寄れば、フェニックスもしっかりと受け止めてくれる。
「ああ、なんて素直でかわいらしい小鳥なんでしょう……! 私もこんな娘がほしい……」
「やらんぞ」
「陛下からヒヨコちゃんを取り上げるなんてしませんよ。そんな恐ろしいこと。どんな報復をされるか分かったものではありませんもの」
フェニックスは、威嚇する魔王を軽く受け流す。
「――お、フェニックスだ。久しぶり~」
「あら、デュセルバート様、お久しぶりです。お元気ですか?」
「うん、まだまだ元気だよ」
腕の筋肉を盛り上げるポーズをした父様。
「フェニックス、この後の予定は?」
「薬の調合をしておこうかと。……ヒヨコちゃんも一緒に行きますか?」
「いく! いきます!」
ピンッと手を上げ、その場でピヨピヨと跳ねる。
そんな私を、魔王と父様が複雑そうな顔で見下ろす。
「……どうしてこんなにフェニックスに懐いてるんだ……?」
「同じ鳥形同士、通じるものがあるのかもね。フェニックスは包容力があるから、どこに行っても子どもには好かれるし。赤ちゃんホイホイだよね」
「褒められてるんでしょうかね?」
「もちろん褒めてるよ」
父様が言うと、フェニックスは肩を竦める。すると、魔王がしゃがんで私と視線を合わせた。
「ヒヨコ、フェニックスについて行くのはいいが、邪魔をしてはいけないぞ。薬草を勝手に口に入れるのもダメだ。ちゃんとフェニックスの言うことを聞いて行動すること。約束できるか?」
「うん!」
「いい子だ」
魔王によしよしと頭を撫でられる。
ヒヨコ、何でもかんでも口に入れるほど赤ちゃんではないつもりなんだけど……魔王からしたらそう見えてるのかな。ちょっと複雑な気持ち。
「まあ、陛下は本当に変わりましたね。子どもに目線を合わせて優しく言い聞かせる陛下なんて、以前は想像もできませんでしたもの」
「……以前の我のイメージはどうなっていたんだ……」
「ふふ、そもそも陛下とプライベートな話をすること自体があまりありませんでしたからね。こんな子煩悩なお父様になるとは、驚きですわ」
「……まあ、それもそうか」
私の頭を再び軽く撫でると、魔王は膝を伸ばして立ち上がった。
「じゃあフェニックス、少しの間この子と一緒にいてやってくれ」
「かしこまりました」
そして、魔王は父様に視線を移す。
「デュセルバート様は……」
「あ、我も一緒に行くよ。暇だし。少しでも長い時間、ヒヨコとは一緒にいてあげたいからね」
「?」
なんか、父様の微笑みに少し違和感……なんだろ……。
その違和感の正体を確かめる前に、フェニックスから声をかけられた。
「ではヒヨコちゃん、行きましょうか」
「あ、うん!!」
フェニックスと手を繋ぎ、一緒に廊下を歩く。
そして辿り着いた先は、温室の薬草園だった。
広いドーム型の温室の中には、薬草がそれぞれのエリアに分けられて栽培されている。
「そういえば、ヒヨコちゃんはポーション作りをするんだとか。ここに来たことはありますか?」
「ううん、はじめて!」
「あら、そうなんですね。ここには、自然界では育ちにくいものなど、貴重な薬草が育てられているんです。これから薬作りに使う薬草を採取しようと思ってるんですけど、お手伝いしてくれますか?」
「する!」
「ふふ、いい子ですね。では、このメモに書いてある薬草を、隣に書いてある数だけとってきてください」
「は~い! とうさま、いこっ」
フェニックスからメモを受け取った私は、父様の手をとって目的の薬草の元へと向かった。
そして、薬草が集まったら次は調合だ。
「ヒヨコちゃん、これを着てください」
調合室に移動すると、フェニックに何かを羽織らされた。あ、これ白衣だ。
私の体には少々……いや、大分大きい白衣の袖を、フェニックスがクルクルと折ってまくり上げてくれる。
「とうさま、にあってる?」
その場でくるりと回ってみせる私。
「ダボダボでかわいい……!」
大興奮の父様は、そのままムギュッと私を抱きしめた。すると、それを見たフェニックスが苦笑する。
「本当に溺愛ですね」
「当たり前でしょ。うちの子はこんなにかわいいんだよ? きっと目に入れたって痛くないよ」
「親バカですねぇ。ヒヨコちゃん、いらっしゃい」
フェニックスに手招きをされたので、そちらに向かう。
「これから、先程採取した薬草をすりつぶします。一緒にやりますか?」
「うん!」
「いいお返事です」
台の上に私を立たせ、乳棒を握らせたフェニックスは、後ろから包み込むようにして私の手を上から支える。
そして、フェニックスと一緒に乳鉢の中の薬草を粉々になるまですり潰した。
それからも私はひな鳥のようにフェニックスの後について行き、気付けば薬が完成していた。
「上出来です。ヒヨコちゃんが手伝ってくれたおかげですね」
絶対邪魔でしかなかった筈なのに、そう言って頭を撫でてくれるフェニックスは聖母様みたいだった。
「ヒヨコ、しょうらいはフェニックスみたいなびちょうになりたい!」
見た目も心も綺麗な、立派なひよこになるのだ。
そう宣言すると、フェニックスは花開くような笑みを浮かべて喜んでくれた。
その裏で、自分達が目標じゃないのかと父親ズが少し拗ねてしまったのは、また別のお話。





