ひよこ、友達の名前が決まる
勲章をもらった後は、ちびドラを人型に慣らすために二人で追いかけっこをして遊んだ。室内だったけど、盗品の引き渡しにも使った広い部屋だったから思う存分走り回れた。
一頻り走り回って疲れた私とちびドラは、それぞれの保護者に回収される。
「はいヒヨコ、水分補給しようね」
「は~い。とうさまだっこ」
「はいはい。それ飲んだらね」
渡されたコップ一杯のジュースを飲み干したら約束通り父様が抱き上げてくれた。
横を見ると、ちびドラも白虎さんの上に乗って甘えている。うんうん、順調に仲良くなってるね。
抱っこされて父様の温もりを感じていると、次第に目蓋が重くなってきた。
「……」
「あ、ヒヨコ眠くなっちゃったね? お目々がトロンとしてる」
頭上で父様がクスクスと笑う気配がする。
「今日は色々あったからな、疲れたんだろう。……そっちも眠そうだな」
「はい、なにせこいつもダンジョンの外に出たのは今日初めてですからね。はしゃいで疲れちまったようです」
どうやら、ちびドラもおねむらしい。
「じゃあ、今日はもういい時間だし帰ろうか。白虎、今日はどうする?」
「うちのやつらにも紹介したいので、一度チビを連れて家に帰ろうと思います。急いで名前も決めてやらないといけないですしね。自分の名前が『ちびドラ』だと思い込む前に……」
「あっはっは、それもそうだね。じゃあここで別れようか。ほらヒヨコ、お友達にバイバイして?」
ん? ちびドラとバイバイなの?
「ちびどら、あしたもあえる?」
「うん、会えるよ」
「じゃあいいや。ちびどら、またあした~」
眠たい目をこすりながら、ちびドラの方に向けて手を振る。
「ん、ヒヨコ、またあした……」
きっと、ちびドラも手を振ってくれているんだろう。眠すぎてもう目が開かないから見えないけど。
「二人共もう限界だな……」
すぐ近くで魔王が苦笑する気配。
「そうだね、ヒヨコ、帰るから寝てていいよ」
「あい……」
父様に頭を撫でられた私はあっさりと意識を手放す。
そして私が次に目を覚ましたのは、次の日の朝だった。
「……おはよう……?」
ベッドの上で首を傾げる私。
んん? 今何時だ? 窓の外には朝日が見える気がするんだけど……。
「ヒヨコ、起きたか」
「あ、まおーおはよ。いまなんじ?」
「おはよう。今は朝だ。昼寝かと思えばそのまま朝までいったな」
「ヒヨコ、あれからずっとねてた?」
「ああ」
「!」
なんと。ヒヨコびっくり。
驚き顔の私を見て、魔王がクスリと笑う。
「疲れたんだろう。子どもにはままあることだ。気にするな」
「は~い」
「あはは、昨日の夜は心配してたくせに~」
「うるさい……」
笑いながら父様が部屋に入ってくる。
「まおー、しんぱいさせた? ごめんね?」
「いい。子どもは遊ぶのが仕事だからな。昨日は楽しかったか?」
「うん」
魔王にギューッと抱きつく。
昨日は念願のダンジョンにも行けたし、初めてのお友達もできた。一日が充実しすぎちゃったんだね。
「さあヒヨコ、着替えて朝ごはんにしよう。昨日の夕飯を食べてないからお腹が空いたでしょう」
「うん」
父様に言われて初めて自分が夕飯を食べていなかったことに気付いた。
そういえば、いつもよりもお腹が空いてるような……。
一度自覚をしてしまうと、自力で空腹を収めることはできない。
「ごはんたべる!」
「うん、そうしよう」
今日は白虎さんがいないから、三人だけで朝食を摂った。
白虎さんがいない分、寂しくなるかと思ったけけどそんなことはなく、家族三人だけの、穏やかで楽しい朝食の場だった。
朝食が終わり、コーヒーを飲んで一息ついた父様が「あ」と何かを思い出す。
「――そういえば、リヴァイアサンが心配していたから顔を見せに行かない?」
「いく!」
たしかに、リヴァイアサンはダンジョンの中には入れなかったからお留守番をしていたし、帰ってきたら私は一向に起きる気配がないんだから心配もするだろう。私がリヴァイアサンの立場だったら、もぞもぞと落ち着かない気分になりそうだ。
これは、すぐに顔を見せに行かないと。
幸い、湖は私達の滞在するコテージの傍なのですぐに移動をすることができる。
「ヒヨコ様!」
「りばいあさん!!」
私達が湖に近付いていくと、リヴァイアサンはすぐに姿を現した。
「ヒヨコ様、体調は大丈夫ですか?」
「うん! つかれてただけだから。いっぱいねたらげんきになったよ!」
「そうですか。それはよかったです」
ホッと胸を撫で下ろすリヴァイアサン。
「ヒヨコ様、ダンジョンはどうでしたか? 昨日のお話を私にも聞かせてくださいな」
「! うんっ!」
どうやら、リヴァイアサンは私の話を聞いてくれるようだ。濃密な一日だから、とにかく誰かに話したくてたまらない私の気持ちを察してくれたんだろう。
「あのね――」
それから、あの岩の入り口の先に未発見のダンジョンンがあったこと、ダンジョンボスが自分のそっくりさんで、戦って勝ったこと、ボスと友達になって一緒に盗賊を捕まえたこととか、色んなことを話した。
うん、振り返ると改めて盛りだくさんな一日だったなと思うね。
リヴァイアサンにあらかた話し終えたタイミングでちょうど、ちびドラを背中に乗せた白虎さんが現れた。
「ヒヨコおはよう。デュセルバート様と陛下もおはようございます」
「おはよ」
白虎さんの背中から下りてくるちびドラは、今日も人型だ。だけど、昨日とは服装が違う。白虎さんに買ってもらったんだろう。
「やあ白虎、早いね」
「こいつが早くヒヨコに会いたいって駄々をこねましてね」
そう言って白虎さんはちびドラを見遣るけど、ちびドラはそんな白虎さんの視線もスルーだ。
「白虎、ちびちゃんの名前は決まった?」
「はい、リュウになりました」
「リュウか……」
「はい、リュウです」
微妙な顔でコクリと頷く白虎さん。
もしかして、ドラゴンだからリュウなのかな……だとしたら結構安直だけど。まあ私が言えたことではないけどね。
「オシャレな名前やかっこいい名前もたくさん候補に出したんですが、本人が首を縦に振らず……」
「わかりやすい方がいい」
ふてぶてしく言い放つちびドラ――もとい、リュウ。
「……こんな感じで、冗談で言った『リュウ』が採用になりました」
がっくしと肩を落とす白虎さん。早くも子育ての難しさに直面しているようだ。
「白虎……まあ、なんだ、元気出せ。リュウは名前っぽくていいじゃないか」
白虎さんを励ます魔王。
さすが、「ヒヨコ」って名付けた人は言うことが違うね。私はなんだかんだかわいくて気に入ってるけど。
「たしかに……」
魔王の言葉を受け、白虎さんはちょっと元気になったようだ。魔王の励ましがちゃんと効いたんだろう。
すると、リュウがテコテコと私の方に向かって歩いてきた。
「ヒヨコ、おかし買いにいこ」
「あ! そうだった!」
おばあちゃんにもらったお小遣いで一緒におかしを買いに行こうって話だったね。
「いこ~」
そんな話をしていると、父様の声が耳に入ってきた。
「……あ~、魔王? 落ち込むなって。ヒヨコはいい子に育ってるじゃないか」
「そうですよ。馴染んでますし、愛嬌のあるいい名前じゃないですか」
無表情だけど、纏う空気が若干重たい魔王を父様と白虎さんの二人がかりで慰めている。
「もー、じゃあ魔王はどんな名前にしたかったんだい?」
「……そうだな、ジョゼフィーヌとかキャロラインとかだろうか」
「……それはヒヨコの雰囲気に合ってなくない?」
「そうか?」
そんなことないだろうと首を傾げる魔王に、父様は若干笑顔を引きつらせる。
うん、ヒヨコもジョゼフィーヌとかは違うと思うな。名前負けしちゃうよ。
結局、私の名前はこれがピッタリなのだ。
「まおー、わたし、いまのなまえきにいってるよ」
「そうか?」
「うん」
もう馴染んじゃったし、なんだかんだ愛着もある。
むしろ、ザ・お嬢様! って感じの名前だったら、ここまでは馴染まなかったかもしれない。
――もしかして私、魔王が名付けをミスして逆に命拾いしてたのでは?
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