ひよこ、そっくりさんと戦う
そっくりさんと激しく魔法を打ち合う私。
次々に魔法を繰り出しては、そっくりさんに相殺される。
――なかなかやるね……!
骨のある相手だ。だけど、やっぱり使う魔法まではコピーできていない。似せられたのは外見だけなんだろう。
そっくりさんは、闇魔法で出した大鎌を手にこちらに向かってくる。
もちろん、その魔法は私にも使える。だけど、私はあまり武器を手にして戦うことはしない。単純にあんまり好みじゃないんだよね。単純に魔法を打った方が射程距離も長いし、楽ちんだ。
だけど、相手がそう来るなら私も合わせるのみだ。なぜなら、私はもう既にこの戦いを楽しんでいるから。それは向こうも同じようで、私そっくりの顔には笑みが浮かんでいる。きっと、私も全く同じ顔をしていることだろう。
氷で大鎌を作り出した私は、そのまま自分に身体強化の魔法をかける。
「いくよっ」
ガキィンッ!! と音を立てて大鎌同士が衝突する。そこで止まらず、何度も切り結ぶ私達。
それから暫くは、広い空間にキンッ! キンッ! という音だけが響いていた。
――先に体力の限界がきたのは、そっくりさんの方だった。
戦い始めてからどのくらいの時間が経ったのかは分からないけど、目の前のそっくりさんは肩で息をしている。そしてそっくりさんは、ついに手に持っていた大鎌を取り落としてしまった。
地面に着くと同時に消え去る大鎌。元々魔法で作り出されたものだから、あっさりと跡形もなくなってしまった。
そっくりさんに対して、私はまだそこまで息も上がっていない。
ふっふっふ、身体強化の練度が違うね!
片方だけが武器を持っているのはフェアではないので、私も持っていた氷の大鎌をポイッとやって消した。ついでにひよこの姿に戻る。
「これでとどめだ! ヒヨコきーっく!!!」
「ぐっ!!」
私の小さな足での蹴りを受けたそっくりさんは、ほんの数センチだけ吹っ飛ばされた。身体強化をかけてるとはいえ、手加減はしたからね。
「ぴ」
ふふん、ヒヨコの完全勝利だ。私こそが真のヒヨコ。
ぴっぴこぴっぴこと勝利の舞を踊っていると、そっくりさんの体がポンッと音を立てて煙に囲まれた。
そして、煙の中から出てきたのは――
「――ドラゴン?」
ダークブルーの体に、角と羽の生えた、ドラゴンだった。ただし、大きさはぬいぐるみサイズで、お腹はまん丸、手足はどこかむちっとしている。
小さいドラゴンの登場に、父様達が駆け寄ってくる。
「おやおや、随分とかわいらしいのが出てきたね。子どものドラゴンを見るのなんて何百年ぶりだろう……」
父様がちびドラゴンの前にしゃがむ。
「君がこのダンジョンのボスかな?」
「ん」
コクリと頷くちびドラゴン。ぬいぐるみが動いてるみたいでかわいい。
「ほ~、こりゃ珍しいな……」
「びゃっこさん、どういうこと?」
「ダンジョンのボスってのは、基本的に理性のない、ただの魔獣だ。だが、高難易度ダンジョンでは稀に理性のある、それこそ俺達魔族と変わらない生物が生まれるんだよ。これはかなり珍しいぞ」
「ほうほう」
つまり、自然発生型の魔族ってことね。
「まだ子どもだな。見た目から察するに、三十年も生きていないだろう」
「赤ちゃんだね」
ちびドラゴンを眺めながら話す魔王と父様。
三十年生きても赤ちゃん扱い……。改めてここは魔界だなぁと実感する。
「君は、どうして我らをここに呼び寄せたんだい?」
「……さびしくて……。あと、つよい気配を感じたから、遊んでくれると思った……」
おお、この子、私よりもしゃべりが流暢だ……!
そして、ちびドラゴンは話している最中もチラチラと私の方を見ていた。
ん? もしかしてヒヨコと仲良くしたかったのかな? 同じ赤ちゃんだしね。
仕方ない、ヒヨコのフワフワボディを抱っこさせてあげましょう。
未だにひよこの姿でいた私は、ちびドラゴンの方へと歩み寄った。
「?」
ぴよぴよと歩み寄ってくる私を疑問に思ったのか、首を傾げるちびドラゴン。
「ヒヨコのこと、だっこしてもいいよ」
「……」
真っ赤な目を見開いたちびドラゴンは、小さなお手々をおそるおそる私の方へと伸ばした。伸ばされた手に、私はピョコンと飛び乗る。
「なでてもいいよ」
どこか眠そうな印象の目を見上げて言うと、ちびドラゴンは私を抱き込むように膝の上に載せた。そして、慎重な手つきで私の背中を撫でる。
「……ふわふわ……あったかい……」
「でしょ~」
ふふん、ヒヨコは赤ちゃん体温だからね。それに、ふわっふわの被毛は魔王や父様がいつもお手入れしてくれるからね。
だけど、このちびドラゴンの近くには、そんな風に甘やかしてくれる人も、こんな風に触れあうことができる人もいなかったんだろう。
「ちびドラ、さびしかったねぇ」
「……うん……」
自分よりも遙かに小さい私をギュッとするちびドラゴン――もとい、ちびドラ。だけど、全然苦しくない。
「――我が子がいい子すぎて胸が苦しい……」
「分かる。にしてもそっか、この子は生まれてからずっと一人だったんだね。白虎のところに報告がなかったってことは、出来てから誰にも発見されてなかったんだろうし」
「はい、見つかりにくい場所に出来たダンジョンだから仕方ないとはいえ、可哀想なことをしました……」
父様の言葉に耳をペタンとする白虎さん。
「理性あるダンジョンボスが生まれてかつ、ダンジョンが気付かれないなんて滅多にないことだから白虎が落ち込むことじゃないよ」
「とうさま、ちびドラはどうなるの?」
「このままダンジョンに一人置いておくのは可哀想だし、保護かな。このダンジョンの管理をしてもらうことにはなるけどね」
「ちびドラはそとにでてもだいじょうぶなの?」
「あまり長期間遠くに行くのはまずいけど、白虎の領地で暮らす分には問題ないよ。だよね?」
父様が白虎さんに尋ねる。
「はい、その子は俺が責任を持って保護します。デュセルバート様達を見てると、俺も子育てしたくなってきましたし」
「そっか。白虎なら面倒見もいいし、我も安心だ――おっと、当事者の意思を確認してなかったね。君はそれでいい?」
父様がちびドラと視線を合わせ、首を傾げる。すると、ちびドラは少し考え込んだ。
「……ヒヨコと、会える……?」
「うん、毎日は難しいけど会えるよ。魔王城にも遊びに来るといい」
ちびドラを安心させるようにニッコリと微笑む父様。
「……じゃあ、いい」
「うん、ありがとう」
父様は角の生えたちびドラのまあるい頭を撫でる。
「ちびドラよかったね」
一心不乱に私を撫でるちびドラゴンを見上げる。
「うん……」
ほんのりと微笑むちびドラ。
あれよあれよという間に話が纏まったね。さすが父様だ。
すると、これまで静かだった魔王がツカツカとこちらに歩み寄ってきた。
「まおー? どしたの?」
「……二人とも、抱っこしてもいいか?」
「ぴぃ?」
大真面目な顔で何を言うかと思えば……。あれか、もしかしてヒヨコとちびドラのコンビがかわいすぎて静かに悶えてたのか。
本当はずっと抱っこしたかったけど、空気を読んで我慢してたんだね。
「ヒヨコはいいよ。ちびドラは?」
「……いいぞ」
ちびドラが言うと、魔王は地面にあぐらをかいて座り、私を抱っこしたままのちびドラを抱き込むように自分の膝の上に載せた。そして、よしよしとちびドラの頭から背中にかけて撫でる。合間に私を撫でるのも忘れない魔王はさすがだ。
「ダブルでかわいい……」
ほぅ、と息を吐きながら魔王は呟く。
「……」
ちびドラは無言だったけど、その尻尾はご機嫌そうにユラユラと揺れていた。





