馴染んでいくひよこ
幸いにも、S級魔法をぶっぱなしたことに対してそれ以上怒られることはなかった。むしろその後は「よくやったな~」と褒められたくらい。密かに思ってたけど魔王は親バカの素質があるよね。
魔法のランクはE~SS級に分けられ、SS級に近付くにつれ難易度や必要魔力量、威力が上がっていく。
私を手のひらに乗せた魔王と縄で縛られた侵入者を引きずる門番二人が並んで歩いている。
「巻き込まれたのはちょっと腹立つっすけど、あのタイミングから防御魔法が間に合うのはさすが最凶の聖女っすよね~。味方になったら心強いことこの上ないっす! あの聖魔法が使えなくなっちゃったのはもったいないっすけど」
「ぴぴ? (え、魔族になると聖魔法って使えなくなっちゃうの?)」
え。うそ。魔王を見るとコクリと頷いて肯定された。
がーん。聖女だっただけあって聖魔法は得意魔法だったからショック。
「あれ? ひよこ知らなかったんすか? 魔族は闇属性の魔神様の加護を受けてるから闇魔法は使えるけど聖魔法は一切使えないんすよ。逆に人族は聖属性の神の加護があるから聖属性の魔法は使えるけど闇属性の魔法は使えないっす。まあそれぞれの種族の中でも得意不得意はあるんすけど」
「ぴ……」
赤髪の門番さんが説明してくれたことは全て初耳だった。誰も口を挟まないあたり嘘ではないんだと思う。
どうしよう……。私は手足の先が冷えていくような感覚に襲われた。
そんな私の異変に魔王がいち早く気付く。
「ん? どうしたヒヨコ? 具合でも悪いのか?」
「ぴ……(なんでもない)」
そう答えたけど、明らかにテンションの下がった私を魔王は怪訝な顔で見ている。
少し不穏な色を帯びてきた雰囲気を赤髪の門番さんの明るい声がぶった切ってきた。
「もしかしておねむじゃないっすか? ちびっこってのは突然眠くなって突然不機嫌になるもんすよ」
「確かにな。お前んとこの弟達もみんな急に寝たり泣き出したりしてたもんな」
青髪の門番さんも赤髪の門番さんの意見に同意する。
「そうか。では我はヒヨコを寝かしつけてくる。そいつの始末は頼んだぞ」
「「はっ!」」
そこから私達と門番二人は分かれ、魔王は私を連れて執務室に戻って来た。
執務室には寝室のとは別に私用の籠が設置されている。魔王は籠の中に入ってる綿の上に私を置いた。もぞもぞと綿の中に埋もれるとほっとする。
「ほら、何に悩んでいるかは知らんがとりあえず眠れ。悩み事は気が向いた時にでも話せばいい」
「ぴ……」
ヒヨコに元気がないと調子が狂うからな、と言って魔王が私の頭から背中にかけてを撫でてくれる。全然眠くなかったけど、撫でられているうちに気付けば夢の世界に旅立っていた。
***
「む」
「どうしました魔王様?」
「指を切った」
魔王とゼビスさんの話し声で私の意識は浮上した。どれくらい寝てたかはわかんないけどまだねむい……。
「ぴ……」
「お、起きたか」
魔王が癖で私の頭を撫でようとしてきた。だけど指から血が出ているのに気付いて魔王が手を引っ込めようとしてしまう。
まおう、ちがでてる……なおさなきゃ……。
寝ぼけていた私は何の躊躇いもなく血の滲んだ魔王の指に治癒魔法を使った。みるみるうちに魔王の傷が塞がっていく。
「! これは……治癒魔法か……?」
魔王が目を見開いてる。
? なんでそんなにおどろいてるんだろ……?
私が今使ったのは聖魔法の中でも初級編と言われる極々簡単な治癒魔法だ。……ん? 聖魔法……?
私の意識は一気に覚醒した。ぱっちりと目を開くと、私と同じように真ん丸になった魔王の瞳と目が合った。
今、私聖魔法使えた……? 魔族になった私は聖魔法が使えなくなってるはずなのに……。
少し予感はあったけど、試すにしても誰の目にも触れない所でしようと思ってたのに。まさか寝ぼけて魔王とゼビスさんの前で聖魔法を使っちゃうなんて。
魔王がなんて言うのか怖くて、魔王が言葉を発そうと口を開いた瞬間、私はビクリと体を震わせてしまった。
「―――ヒヨコ! お前は天才だったのだな!!」
「……ぴ? (え?)」
予想と真逆過ぎる反応に私は驚き、一瞬思考停止した。
魔王は傷の塞がった人差し指で私の頭を撫でながら続ける。その表情はやっぱり満足そうな笑みを浮かべたままで。
「人間だった時から只者ではないと思っていたが、まさか魔族になって尚聖魔法が使えるとはな。どうだゼビス。うちのヒヨコは天才であろう」
「そうですね。可愛くて強い最強のひよこが誕生しましたね」
「そうだろうそうだろう」
ゼビスさんの言葉に魔王は何度もうんうんと頷いている。
頷いていた魔王はふと、何かに気付いたような顔をして首の動きを止めた。
「―――もしかしてヒヨコは人間だった時にも闇魔法が使えたのか?」
「ぴ」
私は素直に頷く。人間だった時はおおっぴらに使ったことはなかったけど、普通に闇魔法は使えた。使えないことが当然だったから誰も人間が闇魔法を使えないことは教えてくれなかったのだ。
「そうかそうか、ではヒヨコは生まれつき特別な魔力を持っているのかもしれぬな」
「さすがヒヨコですね」
おお、ほめごろし。ヒヨコ照れちゃう。
私はふわっふわの両羽で自分の頬を挟んだ。するとゼビスさんが少し目を見開いてこちらを見る。
「おや、かわいいことをして」
ゼビスさんも親バカだよね。爺バカかな?