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ひよこ、湖遊びの前に一勝負





 魔王と白虎さんが復活したので、今日はみんなで一緒に遊ぶことができる。

 私はルンルンだ。


「みずうみで、あそぶ!」


 このコテージからも見える巨大な湖、今日はそこで遊ぼうと思う。昨日からずっと楽しみにしていたのだ。

 だけど、元気よく宣言をした私を見て白虎さんが少し気まずそうな顔になった。


「あ~、ヒヨコ、それなんだけどな……あの湖で遊ぶのは止めておいた方がいいかもしれない」

「どうして? びゃっこさん、水がにがてだから?」


 ネコ科だもんね。毛皮が濡れるのが嫌なのかもしれない。

 そう思った私だけど、どうやらそういうことでもないらしい。


「いや、別に水は苦手じゃない」

「じゃあなんで?」

「……そうだな、口で言うよりも見た方が早い。一度湖に行くか」

「ぴ?」


 なんだなんだ?

 とりあえず水遊び用の白いワンピースに着替え、白虎さんに続いて湖に向かう。


 コテージの前に広がる大きな湖は、昨日と変わらず澄み渡っている。


「きらきら」

「うんうん、水面が光を反射して綺麗だね~」


 後ろからついてきた父様に頭を撫でられる。


「にしても、この湖って元々こんなに綺麗だったっけ? 前に来た時はここまで澄んだ水じゃなかった気がするけど?」

「そうですね、前はここまで立派な湖ではありませんでした。理由は――」


 白虎さんは父さまの質問に答えながら、湖にちゃぽんと前足をつけた。


 瞬間――


 ザッバーンッ!!!!!


「!?」

「なんだ?」


 魔王がすかさず私を抱き上げる。


 巨大な水飛沫とともに現れたのは、ニョロリと長い、羽の生えた水色の龍――


「リヴァイアサンか」


 私を抱っこした魔王が冷静に言った。

 すると、父様がコテンと首を傾げる。


「あれ? リヴァイアサンって前は海に住んでなかったっけ」

「塩水で鱗が荒れるとかなんとかで、勝手にこの湖に移住してきたんですよ」


 はぁ、と溜息を吐きながら白虎さんが言う。

 随分と乙女な理由だね。


 移住した甲斐があったからかどうかは分からないけど、リヴァイアサンの少し透けている薄水色の鱗はとってもきれいだ。

 ただ――


「すっごくおこってない?」


 宙に浮いているリヴァイアサンの紅い目は微かに発光し、ジロリと白虎さんを見据えていた。

 絶対怒ってるよ。


「ああ、自分の鱗を美しく保つには綺麗な水が一番だと主張していてな、この湖を汚すような行為の一切を許さないんだ。ゴミを投棄することはもちろん、湖に入って遊ぶのも怒られる。さっき俺が前足を入れたのも、もちろんアウト判定だ」

「おお……なんときびしいはんてい……」


 ちょこっとくらいいい気がするけど。

 にしても、この湖がこんなにも綺麗な理由が分かったね。


「でも白虎、よく好きにさせておいたねぇ」

はいれはしないですけど、綺麗すぎる湖として観光名所にはなったんでまあいいかなと思って放置してました」

「大らかなんだか面倒くさがりなんだか分からないねぇ」


 のほほんと言う父様。

 そこで、怒りに目を光らせていたリヴァイアサンが魔王と父様の存在に気付いた。紅い瞳に理性が戻る。


「あれ? 魔王様とデュセルバート様?」

「やあリヴァイアサン、何百年ぶりかな?」


 首を傾げるリヴァイアサンに、父様がヒラヒラと手を振った。








「――なるほど、娘様が私の湖で水遊びをしたいと……」

「お前の湖じゃないけどな」


 父様の説明を聞いたリヴァイアサンの言葉に、白虎さんが突っ込みを入れる。聞いた感じ、リヴァイアサンは勝手に住み着いてるって話だったもんね。


「ふむぅ、いくら陛下とデュセルバート様の頼みでも中々頷きづらいものがありますねぇ。湖をここまで綺麗にするには中々骨が折れましたから」

「そっかぁ」


 残念だけど、しょうがないかな。水遊びは別のところでもできるし。


「ただ、我が湖に入りたいと望む者には一律の条件を設け、その条件をクリアしたら湖に入ることを許していますの。なので、娘様ご本人が条件をクリアできれば水遊びをしても一向に構いません」

「そのじょうけんって、なに?」


 問いかけると、リヴァイアサンは微笑んで言った。


「――条件は単純、私と勝負をして勝つことです」


 なにそれ楽しそう。





 リヴァイアサンの提示した条件を、私は二つ返事で受けた。

 むしろ、バトルジャンキーのがある私にとっては願ってもない条件だ。


「娘様、準備はよろしいですか?」

「おっけー!」


 やる気満々の私は、腕をブンブンと振り回しながら答える。

 審判は白虎さんだ。だけど、白虎さんはどこか気だるげな様子。もっとやる気を出してほしいものだね。


「あー、それじゃあ、始め」


 白虎さんの合図と同時に、私は飛び上がり、リヴァイアサンは魔法を発動した。

 一瞬前まで私がいた場所に、水でできた多数の槍が刺さる。子どもにも容赦ないね。

 だけど、手合わせをするなら遠慮がない相手の方が、私は好きだ。


 宙に浮きながら、私とリヴァイアサンは魔法を打ち合う。

 リヴァイアサンは中々強かった。

 白虎さんの領の湖を占領できるだけあるね。


 リヴァイアサンは水系統の魔法が得意みたいだから、私もそれに近い氷系統の魔法で迎え撃つ。


『氷撃』

『氷槍』


 私とリヴァイアサンの魔法がぶつかる度に、辺りには水と氷の破片が飛び散っているので、端から見たら結構綺麗な光景なんじゃないかな。


「――クッ……やりますね……!」


 全力で魔法を打ち合うこと数十分。息が荒くなってきたリヴァイアサンが体をくねらせると同時に、大量の水が大波のようにこちらへと襲いかかってきた。


『氷結』


 今にも私を飲み込もうとしている水の全てを、一瞬で凍らせる。

 この湖をひっくり返したのかと思うような水の量だったけど、私にかかればちょちょいのちょいだ。


「……へ?」


 これにはリヴァイアサンも驚いたらしく、唖然としたような声が漏れていた。

 そして、その隙を見逃す私ではない。


「よっ!」


 凍らせた水の一部を氷の槍へと変化させ、リヴァイアサンの方へと飛ばす。


「っ……!」


 リヴァイアサンも咄嗟に障壁を張るけど、動揺しているせいか強度が足りていない。私の魔法なら余裕で貫けるだろう。


 そう思ったところで、キラリと光を反射する薄水色の鱗が視界に入った。


 ――あ、これはダメだ。


 障壁を破り、今にもリヴァイアサンに届かんとする氷の槍を、私は反射的に消した。

 シャーベットのように粉々になった氷が、太陽の光を浴びてパラパラと下に落ちていく。


「どうしたんだ? ヒヨコに限って魔法が不発だったなんてことはないだろう?」


 私が魔法を途中で取りやめたことを疑問に思った白虎さんが、こちらを見上げながら首を傾げる。

 あ~あ、白虎さんは乙女心が分かってないなぁ。


 私は白虎さんからリヴァイアサンの方へと視線を戻す。すると、リヴァイアサンは眉をハの字にして微笑んでいた。


「私の負けですね……。まだまだ精進しませんと」


「ううん、りばいあさんも、いいまほうのうでだったよ!」

「ふふ、ここまでお強い方に褒められるのは嬉しいですね」


 和やかムードになった私達は、そのまま一緒に魔王達の所へと下りていった。


「おかえりヒヨコ」

「ただいま」

「ヒヨコお疲れさま~」


 魔王と父様にそれぞれ抱きしめられ、ねぎらわれる。


「ヒヨコはどうして止めを刺さなかったんだ?」


 白虎さんが首を傾げながら私に尋ねた。


「りばいあさんは、きれいなうろこがだいじ。だから、きずつけちゃいけないとおもったの」


 なんてったってヒヨコは気遣いのできるひよこですから。

 白虎さんに向けてむふんと胸を張り、ドヤ顔を披露する。


「ヒヨコ様……!!」


 すると、ヒヨコの気遣いに感動したのか、リヴァイアサンが瞳を輝かせてこちらを見てくる。

 そして、魔王と父様にはよしよしと頭を撫でられた。


「うちの子はいい子だ」

「うんうん、本当にいい子に育ったねぇ。ヒヨコは父様達の誇りだよ」

「このお年でここまで気遣いができるなんて、娘様は希有な存在でございますね」


 魔王と父様に続いてリヴァイアサンも褒めてくれる。

 ふふん。


「あ、そういえばリヴァイアサン、水遊びの件は……」


 父様が言うと、リヴァイアサンはニッコリと微笑む。


「私は約束の守れる龍です、もちろん、存分に遊んでくださいませ」

「! いいの?」

「はい。私の鱗も慮ってくださるヒヨコ様なら、水を汚すこともないでしょう。よろしければ遊び相手にならせてくださいませ」

「やったぁ!」


 舞い上がった私はリヴァイアサンにてててっと駆け寄り、むぎゅっと抱きついた。

 おお……鱗スベスベ……って――


「さわっちゃった……」


 大事な鱗に、素手で触っちゃった。

 慌ててリヴァイアサンから距離をとる。


「……あの、そこまで距離をとってもらうほどでは……。思えば、私も少々躍起になっていた部分はあるので」

「どうして?」

「海にいた頃、他の水龍に鱗のことでバカにされまして。それならば世界一綺麗な鱗になって見返してやろうと思ったんですよね」

「へ~。それで、みせにいったの?」

「……そういえば、まだ見せつけてはいませんでしたね。忘れてました」


 動機からして、絶対に忘れちゃダメなポイントな気がするけど……。リヴァイアサンはちょっとうっかりさんなのかな?


「ふむ、思い立ったが吉日ですね。今から海の方に行って私をバカにした龍にこの美麗な鱗を見せてこようと思いますので、少々お待ちくださいまし」


 そう言うと、リヴァイアサンは畳んでいた羽をバサッと広げ、おそらく海の方へと飛び立った。

 体をくねらせながら空を飛ぶその姿は、まるで空中を泳いでいるみたいだ。


「いってらっしゃ~い」


 急展開に周りのみんなが唖然としている気配を感じるけど、私はとりあえずリヴァイアサンの背中に向けて手を振っておいた。



 


 



 






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― 新着の感想 ―
[良い点] ヒヨコさんは、強くて気遣いもできるレディ。 [気になる点] 湖の上(中空)とは言え、大規模魔法戦闘なんかしたら水が汚れてしまうのでは…? 小魚や水生昆虫が死んだり、底のヘドロが撹拌されたり…
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