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卒業パーティーでの婚約破棄宣言

「本日この時をもって、マリアンヌ嬢との婚約を破棄する!」


王太子アンドリューの低音ボイスが、高らかに響き渡った。


学園の卒業パーティーで賑わっていたホールが、しんと静まり返る。


アンドリューの隣に寄り添っているのは、可愛い私の妹、エリザベス……。


エリザベスがなぜここへ?……。


そういうことだったのね。だからアンドリューは、今日、私のエスコートはできないと。


アンドリューとの間に、愛などなかった。けれど、一応聞かなくては……。


「アンドリュー様、理由を伺っても宜しいでしょうか?」


アンドリューは、銀色のサラサラの髪を掻き上げた。美しいブルーの瞳が、私を見据える。


「君との婚約を解消し、君の妹、エリザベスと婚約する。それが理由だ。まさか、マリアンヌが実の妹を虐げ」


エリザベスは、アンドリューの言葉を遮るように、服を引っ張った。首を左右に可愛らしく振る。


私がエリザベスを虐げていたと、そんな嘘をアンドリューに?


アンドリューは、エリザベスの肩を引き寄せた。


「エリザベス、君は何て優しいんだ」


アンドリューは、再び私を見据えた。


「本当は言いたいことが山ほどあるが、やめておく。マリアンヌは、優しい妹に感謝するんだな」


エリザベスは私にチラリと視線を向けた。口元には、薄笑いが浮かんでいる。


分かっていた……。こうなることは、全て分かっていたわ。


「承知いたしました。どうか、エリザベスを幸せにしてあげて下さい」


私は、震える手でスカートを軽く持ち上げた。


最後まで、公爵令嬢らしく礼を尽くさなければ。


身体に染みついた淑女の礼を済ませると、クルリと後ろを向いた。


私の身体は、いつの間にか駆け出していた。


学園の門前に、私を待つ執事のフェリスの姿が見えた。


柔らかな金色の髪が、陽の光を受けてキラキラと輝いている。吸い込まれそうに美しいエメラルド色の瞳が、私を捉えた。途端に、穏やかな微笑みで、私を迎えてくれる。


張り詰めていた気持ちの糸が、プツリと切れた。涙が溢れてくる。


フェリス、私の愛しい人――。


私は、フェリスの腕の中に飛び込んだ。フェリスの温かい胸に顔を埋める。だって、こんな時じゃないと、抱きつけないもの。そうよ。ここは、悲しんでいる振りをして、しっかり慰めてもらおう。


「フェリス、私、婚約を破棄されたわ」


「あの男が……、いえ、アンドリュー殿下がお嬢様との婚約を?」


「えぇ、たった今、宣言されたわ。妹のエリザベスと婚約するそうよ」


私は、婚約を破棄された喜びで、胸がいっぱいだった。


アンドリューの前では、喜びからくる震えを我慢するのが大変だったわ。


一回り大きなフェリスの手が、戸惑いがちに私の髪をそっと撫でてくれた。


やったわ! フェリスが私の髪を撫でてくれた。フェリスは、今、どんな顔をしているかしら? 婚約破棄を喜んでくれている?


温かい胸から、そっと顔を上げた。


フェリスは、悲しそうな瞳で、私を見つめていた。


喜んでいない? 悲しんでるの? フェリスにとって私は、やっぱり主でしかないの? 


私の頬にフェリスの手が伸びてくる。涙をそっと拭ってくれた。


頬に、フェリスの手が、初めて触れた……。私ってバカだわ。そう言えば、エリザベスが以前言っていた。涙は最強の武器だって。本当だったのね。なぜ今までこの手を使わなかったの? お願いよ、涙! もっと零れて!


目を必死で瞬かせたけど、無情にも、涙は零れてくれなかった……。


とりあえず今日は、頬を触ってもらったから良いわ。涙はここぞと言う時の武器にするのよ! 今夜は、嘘泣きの練習をしなきゃ!


フェリスが、心配そうに私の顔を覗き込む。


「お嬢様、私と一緒に帰りましょう」


一緒に……。何て良い響きなの。


「えぇ、そうしましょう。フェリスと一緒に帰るわ」


私は満面の笑みで頷いた。


いけない。さっきまで泣いていたのに、すぐに笑ってしまったわ。


フェリスは、私の手を引き、馬車に乗せてくれた。



屋敷に着くと、フェリスはすぐにハーブティーを運んできた。


帰りの早い私に問いかけてくる母をはじめ、全ての人物を完全にシャットアウトしながらの神業だった。


「マリアンヌお嬢様、気持ちの落ち着くカモミールティーです」


ティーカップがテーブルの上に置かれた。


フェリスの手を握りたい……。ダメよ! はしたないわ!


屈み込んだフェリスの首の横には、小さなフルール・ド・リス(アイリス)の痣がある。フェリスに聞いても、なぜそんな痣があるのかは、分からなかった。でも、私はこの痣の紋様が好き。手でスリスリしたい。


「フェリス、ありがとう」


私は、カモミールティーの甘酸っぱいリンゴのような香りを、胸いっぱいに吸い込んだ。


う~ん、癒されるわ。フェリスの淹れるハーブティーは、いつだって私に至福の時をもたらしてくれる。


その時だった。


ドアをノックする音と同時に、エリザベスの声が聞こえた。


「お姉さま、エリザベスです。少しお話、よろしいかしら?」


エリザベスが、もう帰って来たわ。


フェリスの顔色が、サッと変わった。ツカツカと大股でドアへと向かう。フェリスにしては珍しく、ガチャッと荒っぽくドアを開けた。


「エリザベス様。申し訳ございません。マリアンヌ様は、体調が優れず」


私は、立ち上がった。


「フェリス、いいのよ。通してあげて」


私の声に、驚いた顔でフェリスは振り返る。


「少し外してくれるかしら? エリザベスと二人で話したいの」


フェリスの瞳が心配そうに揺れた。


「私は大丈夫よ。フェリス」


「では、何かあればすぐにお呼び下さい」


フェリスは、仕方なさそうに頭を下げ、部屋を出た。


エリザベスは、私の傍まで来ると、得意げな顔を向ける。


「お姉さま、上手くいったでしょ?」


私は大きく両手を広げ、エリザベスを抱き締める。


「ありがとう。何もかもエリザベスのおかげよ!」

えっ!妹とグルだったの?と思った方は、★★★★★とブクマをお願いします! 

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