0005‐侍女アルフィー
学園に在籍する学生の平民の全員と王都に家がない貴族の子息子女は寮生活を送っている。
まあ、王都に家があっても寮住まいを希望する変わり者もごくごくたまにいるのだが…
その貴族の子息子女達もほとんどが自分の身の回りのことを自分でしたことがない。
だったら学園生活中に覚えろよと言いたいが、使用人をうまく使えてこそ貴族であると主張し堂々と世話をさせているのだ。
では、使用人の方はそれをどう思っているかというと、これが中々人気なのである。
なにせ、主人が授業中は仕事などできないのだから堂々とサボれるのだ。
授業の終わりの時間まで同業者達と情報収集という名の主人達への愚痴に花を咲かせる毎日。
貴族の子息子女の相手は疲れるが、それは使用人としてはどの仕事をしていても大して変わらない。
辛い肉体労働か主人へのゴマ擦りかの違いでしかない、ならサボれた方がいいに決まっている。
そのため学園の一角には貴族の子息子女の付き人たちが主人たちの授業中に休むための待機所がある。
今日も今日とて意気揚々と待機所に訪れた使用人たちであったが、いつもと様子がちがう…
それは、今日は本来授業がない日のため、休みの日に友人と一緒に集まり使用人を邪魔者扱いしてくれる優しい主人を持った使用人たちしかいないことも理由の一つだろうが…。
しかし、それだけでは片づけられない緊張感が室内から漂ってきている。
原因はすぐにわかった。
部屋の中央の席で一人座っている人物。
肩にかかる長さのよく手入れされた赤い髪、奇麗に磨かれた白い肌。
服もこれまた変わっており、黒と白の目立たない地味な色あいのお仕着せ。
白いエプロンで一目で使用人だとわかるのだが、ところどころつけられたフリルが女の子らしい可愛らしさを演出。
清潔感と機能性を併せ持ったそれで仕事するのかよと言いたくなる自分も着てみたいと思わせる服。
それだけ見たらその美しさに皆押し黙ってしまったようであるがそれは違う。
むしろ、もしそうであればあっという間に囲みこんで、手入れの方法や洋服について質問攻め。
あわよくば主に報告してお小遣いゲットとなるはずだ。
そうならない原因はその顔にあった。別に顔立ちが悪いわけではない。
腰に美しい花の装飾の入った剣をぶら下げている事。
そして頬に剣で切られてできたような深い傷跡があり、何よりも恐ろしいのがその目である。
絶対、人を一人二人は殺しているだろう目つきで睨みつけているのである。
その瞳が睨みつける先は書類の束。
一人椅子に座って、その書類を淡々とめくり時折眉間にしわをよせるのである。
怖い…ちょー怖い…
もう会話なんかできるわけない。
少しでも機嫌を損ねたら自分達の細い首なんて簡単にへし折られそうなオーラがある。
室内に赤毛の女が書類をめくる音だけが響き渡る。
…ペラ
……ペラ
………チッ
ビクっ!!っといきなりなった舌打ちに室内全員に緊張が走った。
もうムリと皆が思っていたところ、この空気にを打ち崩すべく一人の勇敢な漢が立ち上がった。
それは普段部屋の赤毛の女が座っている席を指定席にして偉そうにしている侯爵家の侍従。
この部屋を使用する使用人たちの中では主人が一番爵位の高い家に勤めているからと、部屋のヌシのような態度をしており、彼が一歩この部屋を出ると他の使用人たちから話題の中心になるような人気のある侍従だった。
部屋の全員が(どうせこんな時くらいしか役に立たないのだから)とその漢に全ての想いを託した。
「あー、君。その席なんだが…」
勇敢な漢は抗議のために赤毛の女に喋りかけるが、それに書類に目を通しながら答えた赤毛の女。
「あん?…空いてたから座ったんだがまずかったか?
ルールがあるんだったらさっさと言ってくれ。従ってやるから。」
勇敢な漢だった彼はその一言で途端にその勇気を失ってしまったようで…
「………いぁ、ルールは無いんですが…問題ない…です…はい。」
そう言ってそのヘタレ野郎は元の席に帰っていき、そして…室内に静寂が戻った。
使用人たちに湧き上がる感情は失望…そう、失望である。
………
そして、次に動いたのは一人の侍従…もといヘタレ野郎。
またこいつである。
…もはやこの空気に耐えられなくなったヘタレ野郎が「坊ちゃんを迎える準備があるから…」とコソコソと後ろの扉から抜け出そうとした。
(((何が坊ちゃんだ嘘つけ!何逃げとんじゃいこのナメクジ野郎!私も連れてけ!)))
他の使用人たち…特に侍女勢たちからナメクジ野郎に対する評価はもはや地に落ちた。
ナメクジ野郎がようやく扉にたどり着いて、ゆっくりと扉を開けて外に出ようとすると、
一人の…黒髪の美少女?でも男物の服を着ている?…がひょっこり顔を出した。
そして、ナメクジ野郎と入れ替わりのようにその黒髪の人物が入ってこようとする。
少し中の様子を伺ってから、そっと人差し指を口にあて、室内全員に何も言わないよう促す。
気づいてないのは赤髪の女だけだ。
ふと、室内の空気が変わったことで不審気に周りを見るが、
咄嗟に皆が目をそらし関わらないと心に決めたため、首を傾げながらも再び書類に目を通し始めた。
黒髪の人物は物凄いわざとらしい抜き足差し足で赤髪の女の後ろへと近づいていく
…はぁ??
心の中で皆が"やめてーーー!!"という叫び声をあげるが、全く聞く耳持たない…いや、心の声なので聞こえたらおかしいのだが。
そしてその時が来た…
真後ろに立ち息をゆっくり吸い、両肩に手を置くと同時に思いっきり声を上げた。
「わっ!!!」「っ!!!!!!!!!」
「ハハハ、お待たせアルフィー。」
「カ、カイ様!何しやがるんですか!」
「ゴメンゴメン、部屋に入ったの気づいてなかったみたいだから…ついでに?」
「何がついでですかい、カイ様はマジで気づかないから恐怖を感じるんです。
いい加減にしてくださいよまったく…」
この一連の仲睦まじいじゃれつきあいでこのアルフィーと呼ばれた赤髪女の印象はガラッと変わった。
"一人二人じゃねー、日常的に殺してる類の人間だ…" と。
だって、ビックリしたからって咄嗟に使い込まれた見るからに軍事用なナイフを引き抜いちゃうんだもん。
しかもその動作が流れるように早く、子息子女の護衛を兼ねているためある程度の護身術程度は学んでいる者が多いにも関わらず誰も視認できなかったほどに。
自分たちの低い魔力でも知覚出来るほどの殺気をまき散らして…
そして主も主である。
それだけの殺気を纏ったナイフが首筋に迫っても、悪戯大成功という感じでクスクス笑っているのである。
おかしいから…
「ああ、そうだ今日は休みみたいですが今度から受付で呼び出してもらってくださいね。
本人が直接来たんじゃ周りに迷惑かかりますんで。」
「ああ、そうだったのか。それは悪いことをしたね。
…ところでアルフィー、皆さんにちゃんと挨拶はしたのか?」
「はぁ?ただの待機所でしょう。」
「ダメじゃないか…新参者はしっかり謙虚さと礼儀を持たなきゃ。ほら…笑顔笑顔。」
そう言ってほっぺを引っ張り上げ無理やり笑顔を作ろうとする。
「ふぃんなふぃうかにふぃてうんえふふぁふぁ(皆静かにしてるんですから)…騒がしくしてるカイ様が失礼なんすよ。」
しゃべりにくそうにしているアルフィーから手を放して「そうだったか…」と素直に聞き入れるカイ。
「皆さんお騒がせして申し訳ありません。
俺はこれからこの学園に編入となるトールソン男爵家の嫡男、カイ・トールソンです。」
いきなりの貴族嫡男からの自己紹介に待機所の皆は慌てて立ち上がり頭をさげる。
皆が頭を上げるのを一呼吸おいて確認し今度は自分の侍女の紹介を始めた。
「そしてこちらが、侍女のアルフィー・フローレル。
これからこの子がお世話になることが多くなると思いますが、優しい子なので仲良くしてあげてくださいね。」
その紹介が全くもって信じることができず、皆心の中では叫び声をあげていた。
(((優しい子??うっそだーーーー!!)))
そして、カイに挨拶をしろと促されたアルフィーはまるで軍人のような声で挨拶を始めた。
「カイ様の侍女アルフィーだ、まあ王都が馴染みがない事があって護衛としての意味合いの方が強い。」
(でしょうね…)と護衛だという言葉で皆すとんと素直に受け取ることができた一同。
「カイ様がこの学園に通う間この部屋を待機所として利用させてもらう。
無論、こちらから手出しをするような真似はしない。
ただし、カイ様に何かあれば五体満足でいられるとは思うな。以上だ。」
よくとおる声でそう言って、流れるような敬礼で終わらせる。
…あ、と一瞬躊躇したかと思ったらとても奇麗なカーテシーを披露するではないか。
なるほど、彼女はうっかりさんらしい。
新しい侍女という職場になれずうっかり前職での癖が出てしまうなどよくある事だ。
前職は多分軍人…いや、地下組織の女幹部といったところだろう。
カイは天を仰ぎどう訂正すればいいかと考え…諦めた。
せめて、これだけはと一言「笑顔…。」と。
カイのその言葉に従ってアルフィーの口元がぎこちなく笑う…(ニチャー)…
ヒェッ!!
部屋に戦慄が走った。
それを見たカイは少し頭を抱えながら、それでも使用人たちに言い張るのだ。
「………とっても優しい子だからよろしくお願いしますね?」
(((はい…でも、きっとその優しさは主人だけに向けられたものですよ?)))
そして皆の気持ちは一つであった。
あの逃げたナメクジ野郎、絶対許さない…と。
------------------------
カイはアルフィーを連れて使用人の待機室を後にした。
歩きながらもアルフィーは預かっていた花の装飾の入ったカイの剣を返却する。
そして、この後の予定から寮へ荷物を運びこむことはわかっていたので、カイに待っているよう言う。
「寮で待っていてくれれば馬車を寮まで移動させますよ。」
どうせこの後、馬車に乗せた荷物を荷解きして寮に運び込むのだ。
わざわざカイが馬車まで来る必要はないのでアルフィーとしては気を利かせたつもりだったが、残念ながら無駄に終わった。
「あー、それなんだが、寮に住むのはなしになったんだ。今日はこれで帰ることになる。」
アルフィーが眉をひそめたが、カイは続けた。
「用意されてたのが女子寮だった…。」
…納得だった。
カイだったらあり得る話だったのでそれほど驚くことはなかった。
まあ、さすがに女子寮が用意されてたというのは呆れはするが…
「悪いな、せっかくお偉いさんの目が届かない環境でのびのびできるって話だったのに。」
「アホですか?自分も十分お偉いさんだし、そもそも護衛対象がそばで生活する方が楽に決まってるでしょうが…。
…ところでなんすか、カイ様またケツを狙われたんですかい?」
アルフィーの意地悪な質問にうんざりした顔で答えるカイ。
「いや、今回はまだ女と勘違いされただけだ。断じてそうではないよ?」
そう、今回はまだ女に見られただけで問題はない。
たまにいるのだ、ちょっと変わった趣向の人が。
男が彼氏になってくれと言いよって来たり、男でも構わないとか言ってくる意味不明な女とか…
「まー時間の問題でしょうね…。
お願いですから槍をぶっさすのだけは勘弁してくださいね。後処理大変なんすから。」
「善処する…。」
侍女にあるまじき軽口を平気で叩いてくるアルフィーだが、カイがいちいち叱責するようなことはない。
トールソンでは大人も子供もお姉さんも挨拶代わりに軽口を叩いてくるのだ。
カイとしても教育水準を高めることで徐々に良くなっていくことを期待してはいるがいつになることやら…
そもそも自分の身内に特段に酷いのがいるので、この程度はまるで問題には見えないのであろう。
…ふと、そのことを思い出してアルフィーに尋ねた。
「そういえばローラから連絡は…」
そう言って、自分でも愚問であると途中で言うのをやめるカイ。
それにため息交じりに律義に答えるアルフィー。
「あったら真っ先に報告してます。気にしてたら禿げますよ?」
「………忠告感謝するよ。」
肩を落としてそう答えるのであった。
ほどなくして停留所に停車している馬車のあるところまでついた。
馬車はカイが王都に到着後に急ごしらえで用意したものだ。
人をぞろぞろ連れてトロトロ馬車に揺られるなど無駄に金もかかるし御免だと、ギリギリまで公務を続け、トールソンから馬車でひと月以上かかる道のりを少数の部下たちと騎竜に乗って爆走してきたため馬車がなかったのだ。
なので、すぐ手に入る既存の馬車を買って、部下の工兵に頼んで見栄えがいいよう補修してもらい持ってきたトールソン男爵家の黒百合の紋章を取り付けた張りぼてなのだ。
乗り心地は最悪だが見栄えは良い、そんな逸品である。
その馬車には御者として王都で雇った男が寝ていた。
アルフィーが舌打ちしながらガンっと馬車を蹴ると、ビックリして飛び起きた。
顔をしかめながら嫌々ながら起きる…どうやら少々寝ぼけているようだ。
「ありゃ?旦那、早かったんですね…」
「ああ、予定が変わってね…」
言いながらカイは漂う酒の匂いに気が付いた。
一瞬顔をしかめた後「アルフィー頼んだ。」と一言告げた後、さっさと馬車に乗り込んでしまった。
アルフィーは御者席に乗り込み…そのまま御者を地面に投げ捨てた。
いきなり投げ出された御者は当然ではあるが抗議の声をあげる。
「な、なにすんだ!!」
その問いにアルフィーが律義に答えを教えてあげた。
「勤務時間中の飲酒は厳禁だと言ったはずだし、契約書にもそう書いてあったはずだ、今は試用期間だともいったな。」
ゴミを見るような目で見降ろされ吐き捨てるように言われる御者。
恐れを抱きひるんだがやはり何を言っているのかがわからない。
「そりゃ、どういう…」
「クビっつってんだよ。」
そう言うと問答無用で馬車を走らせるアルフィー。
"元"御者は呆然と取り残されるのであった。
「ちょっと飲んだだけじゃねーか!!」
そんな声が後ろから聞こえるが、無論アルフィーが止まることはなかった。
馬車を走らせながらアルフィーは御者席と座席をつなぐ窓からカイに語り掛ける。
「申し訳ありませんカイ様。次は私が探してきましょうか?」
先ほどの御者はアルフィーが部下に命令し王都から探させた男だった。
そして探してきた男が職務中の飲酒で一日でクビとなったのだ。
カイは飲酒運転には厳しい。
運転だけでなく飲酒で問題を起こした場合、厳しい処置をとることが多い。
これは、酒癖の悪い人間が多いトールソンで、酒を飲んで仕事するのを少しでも止めるための手段である。
それが分かっているのでアルフィーは素直に自分の任命責任を謝罪した。
「もう一度任せてあげなよ、確かにあの御者腕は良かったんだし。
アルフィーもそのつもりだったんでしょ?」
確かにあの御者は操車の腕はよかった。
だが、カイとしては乗り心地が多少悪くても事故を起こさない操車の方がよほど重要なのだ。
なにせ悪名高きトールソンである。
黒百合の紋章をつけて人を轢くなどこれ以上住みづらくなるような悪評はいらないのだ。
そして今回、採用人事を任せたのは連れてきた部下たちの中では一番の下っ端。
将来の期待が持てそうで、広い見分を持ってもらいたい、いわば育成枠で連れてきた部下である。
多少のミスなど問題ではなく、無論それが分からないアルフィーではない。
「いえ、自分はアイツが王都行きに選ばれて調子に乗っていたんで少し絞めてやろうと思っただけです。」
「そう?まあ、技術については働いてれば身につくことだから、とだけは伝えてあげてくれ。」
「だからカイ様は甘いってんです。」
「そうかい?」
「ええ、それじゃあしばらくは私の御者で我慢してください。」
あの男には少々気の毒な面もあるが、育成の方が重要なので仕方がない。
そもそも、こちらのルールの説明をよく聞いて守ってくれさえすれば放り出されることなどなかったのだ。
恨むなら自分の選んだ選択を恨むべきだろう。
帰りの道を馬車に揺られていると突然馬車が止まり、アルフィーの罵声が鳴り響いた。
「てめえ!!どこに目つけてやがる、この下手糞が!!」
そして走りだすと今度はぼやく声…
「チッ…馬ってのは肝が小さくていけねぇ。」
やはり早急に御者は必要のようだ。
死人は出ないが悪評は広まってしまう…しかも正しい悪評が…。
とりあえず、新しい御者の雇用は"なるはや"でお願いしようと思う。