0004‐カイの憂鬱
全くもって迷惑な話だ。
先日ここに編入申請を出しに来た際にも確認していたはずなのに、用意されていた部屋が女子寮だったのである。
慌てて事務所まで来て、現在男子寮の空き室を確認してもらったのだが…。
「そのー、やっぱり女子寮じゃ…ダメ…ですよね?アハハ…」
これである。
カイ・トールソンはもちろんなのだが男である。
トールソン領の領主である男爵家の長男。
髪は短く切りそろえ、自分の事は俺と呼び、言うまでもなく男物の服を着ている。
子供の頃はほぼほぼ女と間違えられていたが今では7割方男として扱われるようになってきたのだ。
まあ、1割くらいはこのように目が節穴で出来ている人間もおり女と間違えられることもあるのだが…
ちなみに残りの2割は"どちらともいえない"とか"どちらでも良い"とかわけのわからない事言うやつらである。
そういえばこの男性の事務員さん、性別の質問はしていなかったなと思い出す。
そして何でもかんでもこちらでやっておきますと妙に親切だった印象だ…
そしてなぜか、目の前に書類にはキッチリ女と書かれている…コンチクショウ!!
「それで俺はどうすれば良いでしょうか、さすがに王都に家なんて用意していませんよ?」
ジト目で問い詰めてみる。
事務員は少し考えてから言い出した。
「すぐに平民の生徒を追い出して「上司呼べやこらぁ」…はい。」
この経験の少なそうな事務員の戯言は聞かなかったことにしてあげよう。
こちらは確かに男爵家の息子ではあるが、だからと言って
新参者が平民だからと部屋を取り上げたら感じ悪いどころの話じゃないだろと…
そして今、通された応接室で先程の事務員の上司である室長と対面している。
ちなみに相手は家名を名乗らなかった…よし、平民だからちょっと無理言っても大丈夫だ。
そんなことを思いながらチクチク言葉を並べていく。
「王都に来る以前からこちらへの編入は決まっていたことです。
全く予定がなかったはずが王妃殿下よりこちらの学園を卒業するよう呼びつけられ仕方なく…
そして、遠路はるばる来たのにもかかわらず、この扱い…帰れということでしょうか?」
まあ、学園に通うことになった経緯にちょっとばかりの私怨があったことは認める。
なにが家督を継ぐ事を認めてほしければ学園を卒業しろだ。
こちらも散々無理だと言っているのに、譲歩したのが最終学年に1年間だけでいいから編入して卒業しろである。
慣例だか何だか知れないが、十数年放置したくせにこちらの都合も考えずに呼びつけられたら、文句の一つも言いたくなる。
しかし相手はというと反省の色は全くなく、こちらの発言を失言ととらえマウントを取ろうとしてくる。
「失礼ですが不敬ではありませんか?」
反省の色が全く見られない相手にカイもイライラを募らせる。
「尊敬されるような行動をしてくれればいいだけですよ。
あなた方が王妃殿下を辱めていると自覚してください。
もし、それでも不服であるというならどうぞ王妃殿下におっしゃってくださって構いませんよ?」
どうせ家名もない平民、王妃とのパイプなんてないだろうし、もしかしたら学園長経由で話を通すことが出来るかもしれないが、たかだか愚痴をちょっと言ったくらいで不敬罪を問われるなら、とっとと見切りをつけて帰る所存である。
逃げたら外交問題になるって?…戦争にならなけりゃ別に今と変わらないし、戦争にもならないだろう。
このエルデバルト王国は現在東側で戦争中で我がトールソン領はその逆の西側に位置しており、仕掛けてくるなら建前上敵国としている国へ親書を送るだけだ。
そして、攻めてこないであろうとするもう一つの要因が"攻めたところで何もない"という最強の防波堤だ。
カイのホームがあるトールソンというのは土地は魔樹で覆いつくされた大樹海のど真ん中にあり、
その周りは山に囲まれ隣接する国が王国だけ…そして、魔物の住処まで街から徒歩二分という立地条件なのだ。
ではなぜトールソン領なんてものが存在するのかというと。
もし魔物の氾濫が起こった際に王国へ直接被害を出さないための緩衝材…それがトールソン領である。
ラストダンジョン前の街ってキャッチコピーで宣伝が出来るかもしれない。
そんな土地誰が欲しがるのかという話である…。
ちなみに、カイ自身は王国との戦争は反対の立場だが、領内では少数派であるといえる。
領主である父は"やるなら任せろ"という立場だし、今現在うちの政治を取り仕切ってもらっている家宰様に至っては"広い平地欲しい"とおねだりしてくるので鉄の意志でお断りしているのが現状だ。
まあ、そんな戦争どうこうの話をこの中管理職に言っても仕方のない事なので置いておこう。
ここは青春の学び舎であり、今はモンスタークレーマーへの対応方法をこの方にご教授して頂いてるところなのだ。
「部屋に関しては今年は男子の貴族寮が既に満室で、平民寮の大部屋を一室空けてそこに入寮してもらう予定でしたが、編入してきたのが女性だったという話で本日用意が出来ていなかっただけでありまして…」
まるでこちらが悪いような物言いにイライラしてくる。
どっちが不敬なのかと問いたい。
「手続きに来たのも今ここにいるのも俺ですからどちらも男ですよ、ドレスを着ているようにでも見えますかね?
…ちなみに、もちろん大部屋から移動してもらう生徒さん達には了承を得ているのですよね?」
「貴族が入寮してくるのですから文句を言う生徒などいません。
いたら即退学させますのでご安心ください。」
何 言 っ て ん だ こ い つ
これはあれか?「私の支持率は100%です。不支持なら殺しますから!」って言ってんのか。
もしかしてこれが王都のデフォか?
うちの家宰様が王都へついてくる家臣達全員に姓を名乗らせたのもこのためか…。
王国では通常、貴族とその配下しか姓を名乗ることが出来ない。
つまり姓が無いという事は貴族の後ろだてがという事で貴族が何してもOKとなるようなのだ。
トールソンでは平民でもお構いなしに軽口を叩いて来るんだが…。
以前、山賊焼きの作り方を教えた事があったのだがしばらくして家臣たちとふらりと立ち寄った定食屋に、貴族焼きと王族焼きなるものまであった。
笑いながら無難に王族焼きを頼んだのだが店主に「平民焼きはないのか?」と冗談で尋ねたところ。
「へい、これ以上焼いたら食えなくなっちまいますので。」という答えが返ってきて家臣たちと爆笑したのはいい思い出だ。
ちなみにこの時貴族焼きを選んだ家臣たちにその日強く当たってしまったのも、その後にその家臣たちがその店の課税申告漏れの書類をカイに上げてきたのも、メニューに役人焼きが追加され王族焼きが"カイ様おすすめ品"にされたのもいい思い出だ。
そもそもなんだが、平民を追い出して部屋を占拠した寮で追い出された平民に囲まれながら生活しなきゃならんのか?
どうやらこいつら、ベッドではなく針のむしろを用意してくれようとしていたらしい。
そっちがその気ならこっちも少しばかり嫌がらせをしてあげるか…。
「そうですか…では寄付金については無かったことにさせて頂きましょうか。」
「は?それは…!」
カイとしては軽いジャブのつもりだったのだが思いのほか反応が大きかった。
カイが提示した寄付金は家宰殿からの忠告もあって、トールソンという土地から来たということも考慮し多めの金額を提示をしていた。
確かに授業料と寄付金で運営されている学園にとっては痛い話だろうが、それにしたって反応しすぎじゃないだろうか。
先ほどまで平民とはいえ生徒をないがしろにする発言をしていた人物なのに…露骨すぎて泣けそうである。
「…冗談です。たかが寮部屋一つでそこまでしませんよ。
ただ、態度は気に喰わない…とだけは言わせていただきます。
俺が貴族だからと理由をつけて自分のミスを隠すために人の権力で勝手に人様に迷惑をかけるなど不愉快極まりない。
まあ、何か抗議をしたという形を作るために若干の減額をさせて頂く程度です。」
その言葉に室長が安堵の表情を浮かべた事で、カイはもはや話をしても時間の無駄だと感じ話を終わらせる事にした。
「入寮についてはこの際だから無かった事にして学外から通うことにします。
そちらが部屋を用意できなかったのですから問題の出ないよう様に取り計らってください。
こちらは王都に家を借りればいいだけですので大した話でもないでしょう。
そちらからは何か?」
「いえ、そちらがそれでいいのであれば、こちらから言うことは何もありません。」
学園生活というものに若干楽しみにしていた部分はあったのだが、
この室長の態度を見ている限り、期待できそうもないなと感じ始めていた。
カイは部屋を後にすると深いため息をつくのだった。
「その…奇麗な顔してたのでつい…確認したら失礼かと思いまして…」
カイが立ち去ったあと、ミスをした事務員は室長に対して言い訳をしていた。
「気にするな。魔無しが次期当主など…しかもあの顔だ、女だと勘違いされても不思議はないだろ。」
魔無し…それは教会で洗礼を受けた際、魔力なしと診断された者の別称である。
実際に見ることなどほとんどないほど少数にしか発生せずほとんどが生後間もなく亡くなる。
なので実際は極々小さい魔力くらいはあるはずなのだが…
無論、魔力の大きさがステータスであるため魔無しというのは嘲笑の的であろう。
そして、カイはカイ・トールソンと名乗った。
本来貴族は名と性の間に魔力量に応じて決められた魔法名を名乗るものだ。
名乗らないのであれば魔無しとして扱われても仕方がないと言える。
なのにである、カイとかいう小僧は男爵家の息子だということを盾にあの横柄な態度。
貴族の子息たちはいつも平民のことなどどうでもいいから自分の要求を通せとうるさいのに、いざこっちがそのように用意しようとしたらこれだ。
全くもっていけ好かない連中ばかりである。
それにしても…。
「"トールソン"…ね。全く、どうやって集めた金なのやら…」
寄付金は伯爵家が出す程度の額はあった。
トールソンといえば、賊と魔物が蔓延る薄汚い土地である。
にも関わらずこれだけの金額を用意し、あの小綺麗な身なり…
顔とは裏腹に人を食い物としか見ない悪魔のような人間に違いない。
「そういえばあそこの領主はあの蛮族が継いだのだったか。」
ふと、十数年前にトールソンの領主となった野蛮人のことを思い出し、なるほどと納得したのだった。