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0018‐セルゲイと墓


 学園が終わり、アルフィーと共に馬車の停留所に向かうと馬車は既に待機していた。

時間通りで何よりである。

停留所にいたのは、先日クビにしたのとは別の若い御者と横にはプーサが付いていた。

どうやら、若い御者は業務経験に不安があるため数日間はプーサが横で指導をすることにしたらしい。

馬車に乗り込み走らせると、前からプーサが若い御者に教育をしている声が聞こえてくる。


「基本は行きと帰りだけど、カイ様とたいちょ…アルフィー中佐から指示があった場合は絶対にその指示に従え。」


「わかりました」と答える御者だが、プーサはそんなものに騙されない。


「本当にわかってるんだろうな?

例えば馬車を全速力で走らせて川に飛び込めっつってもその指示に従うんだぞ?」


「はぁ??」


「従わなかったら、そのまま馬車から蹴り落されるからな??

って、おいテメー!!どこに目つけてやがる!!」


「ったく!王都の奴らってなんでこう馬も人も気が小さいんだろうな?

あんたもこっちは黒百合の紋章付けてんだから絶対舐められるんじゃないぞ?

無様をさらしたら騎竜で引き釣りまわすからな。」


そんなプーサを意外とちゃんとやってるじゃないかという顔をするアルフィー。

あのトールソンの中ではトップクラスにモラルの高いプーサがこれで無力感を覚えるカイ。

御者席との間の小窓をそっと閉じアルフィーの話に耳を傾ける事にした。


「使用人たちの噂話については後でまとめて報告します…

ただ、信ぴょう性についてはあてになりませんので、そのつもりでお願いします。」


「ありがとう。それで、待機室の皆とはうまくいきそうなのかい?」


「概ねうまくいっていると思います。情報収集には最低限問題ないかと…、

ただ鉄板ネタが通じないのはちょっと想定外でした。」


「何を話したのさ…?」


「何って…カイ様が昔盗賊の頭目に掘られそうになって、ブチ切れて槍をケツ穴にぶち込んだって話ですけど。いつもは爆笑なんすけどね?」


折角、少しはまともな人間かもと思われたところで気軽にそんな話題を投下したのである。

カイは目を覆うしかなかった。


「ああ、そういえば今日ってセルゲイは休暇だったっけ?」


「ええ、大将が昔この辺りを根城にしてたって話ですからね。

なんか昔の恋人に会いに行くって言ってましたよ?」


「はぁ!?恋人なんていたの?どんな人?」


「カイ様…なんでそんなに食いつくんですかい?

大尉の恋人だって言ってんじゃないですか。

そんなに興味あるんですか?」


「………orz」


――――――――――――――


 セルゲイは昔の恋人の墓の前に立っていた。

最後に会ったのがカイが産まれた時だったのだから、もう18年近く前になる。


カイの父親であるバルデルが戦場で手柄を立て男爵位とトールソンの土地をもらったため、バルデルが率いていた傭兵団の多くがトールソンへついて行った。

もちろんセルゲイも他の生き方など知らなかったのだから当たり前のようについて行ったのだ。

ただ、ピークを過ぎて体が衰えていた奴やトールソンという土地を恐れた奴、王都での生活を夢見た奴など、ここに残った団員も少なくはなかった。

そしてそれを止める人間は誰もいない。

所詮は傭兵、その日暮らしで仕事がないから仕方なく、なんて理由で集まった奴らばかりなのだ。


そもそも、その傭兵団も元は村や町にいられなくなったはみ出し者たちがバルデルを大将と慕って集まっただけの人間達である。

「腹が減ったから村でも襲うか?」となった時に、どうせ村にはロクな食い物がないのだから軍隊からかっぱらえばいいんじゃないか?という大将の天才的発想がきっかけだった。

それを続けている内に次第に食うに困った奴らや脱走兵などが集まるようになって数が膨れて行った。

更に、一つ覚えた事が不利な方に加勢すれば謝礼金もふんだくれるという事、これが傭兵団の始まりだったのだ。

そんな事を繰り返していたある日、バルデルが貴族の令嬢を守って一人で大勢を相手に戦っている少女と出くわした。

当然不利な方に加勢して謝礼金をふんだくるつもりでいたバルデルだった。

だが、実はその少女は昔バルデルが貴族を殴って逃げ出した時に居合わせた少女だったらしくお互い面識もあり意気投合。

その少女こそがのちのバルデルの妻にしてカイの母親、数多の男を虜にし"黒百合姫"の二つ名を持つ絶世の美女、フローラ・ソル・トールソンであった。

そのままフローラの下で仕事をするようになり、そのうちに傭兵団の副官として少女が指揮を取るようになったことでバルデルの傭兵団はその当時最恐ともいわれた"黒士団"と呼ばれるようになったのだ。


「こんな立派な墓が建てられるほど出世したなんて、やるじゃないか…」


多くの傭兵は墓など立てられずに戦場で朽ち、死肉をあさる魔物の餌となるのが普通だ。

セルゲイも昔はそうなるのだと思っていた。

だが、今は男爵家の騎士であり領軍の大尉として傭兵の時では考えられないほどの待遇や給金を貰っている。

墓を自分で建てることも可能だし、戦没者墓地か退役軍人墓地に入る選択肢だってある。

独り身のセルゲイとしては後者を選ぶつもりだが…。


どうせ野垂れ死ぬなら大将について行って派手に散ってやろうくらいに考えていた。

本物の騎士になったのだって、二人の騎士を喧嘩と賭けで一人ずつ決めた時、運よく賭けの方で勝っただけの事。

騎士なんて柄じゃないとは思ったが、給金が少し増えるという話に乗せられて引き受けた。

今思えばあのお姫さんが賭けの時に細工をした可能性もあるが、他の奴らと違う点なんて"やっちまえ"の他に"ずらかれ"を命令できたくらい…

そんな男がトールソンでは民衆に歓声で迎えられる英雄扱いだ。

さらに驚くことにカイに育てられた世代、トールソンの子供たちはアルフィーに限らず皆頭もよく、努力家で理性的でよく働く。

なのにプーサのような自分より遥かに頭のいい少年が自分の話をまるで英雄譚かのように聞いてくるのだ。

そんな扱いを受ければ、もはやただのならず者ではいられなくなってしまっていた。

必死で文字を覚え、カイの広めた絵本をコッソリ読んで騎士とはどうあるべきかを勉強している…

そんな自分を過去の自分が見たらきっと大笑いして馬鹿にしていただろう。


そんな思い出に浸りつつも墓の方へ歩み寄る。

持ってきた酒の栓を抜き墓にかけてやろうとしたが…思いとどまった。



「悪いな、どうやら想い出よりも大切なものができたらしい…」


そう言って墓にポンポンと手をのせて語り掛ける。


「トールソンに帰る前にまた来る。」


そう…セルゲイにとってもトールソンは既に帰る場所になっていたのだ。


 傍にスラム化した地区がある場末のバー、セルゲイの古い友人だった男が営んでいた。

そのスラムは以前は公爵家の邸宅があった地区だったが、戦や不祥事で瞬く間に没落し、公爵家のお膝元だったこの地区もその煽りにあったのだとか。

そこに、現在戦争中のヴゥルムランドが獣人の国であるという理由から職にあぶれた獣人達が行き場を失って集まってきた。

更にその他の亜人や職にあぶれた貧民なども流れてきてコロニーを形成してしまった事でスラム化していったのだ。

勿論獣人廃絶を訴える人間もいるにはいるが、別に民衆の間で露骨な獣人差別があるというわけでもない。

あっても眉をひそめられる程度で、単に問題を起こしてほしくないから普通の人間と獣人であったら人間の方を選ぶという至極真っ当な理由で獣人達の仕事がなくなっているだけだ。

ただ、雇用対策に兵を徴募しても同胞と戦をしたがらない獣人達の集まりはハッキリ言って悪い。

そうなると王国としても鼻つまみ者として扱いたくなるというものだ。

そんなわけで、この場所は治安も悪く、元は高級地区だったのにも関わらず買い手がつかなくなり地価も王都では最低と言われるほど落ちぶれていた。

そのおかげで友人も店主としてこのバーを開くことが出来たのではあるが…

そいつは元王国軍の人間であったが、中々に顔の広い奴で墓の事を聞いたのもそいつからだった。


「よう、久々の水入らずはどうだったよ?」


「さあな…、墓参りなんてもん初めてだから勝手がわからん。」


「ガハハッ!泣く子も黙る黒士団が墓だもんな、そりゃそうだ!」


そんなつもりで言ったわけでもないんだが…とは思ったが言ってもしょうがない。

昔、黒士団と呼ばれていた時代のメンバーは皆今では領軍として働いているため墓自体はあるのだ。

ただ、墓参りに該当する行為である戦没者慰霊祭がトールソンでは聖女祭という祭りになっているのだ。


大将がトールソンの支配権をおおよそ掌握し、さあこれから立て直しをという時にトールソンを壊滅させるかもしれなかった規模の魔物の大氾濫が発生した。

もうダメかと思ったその最中に奇跡を起こしたと言われる謎に満ちた赤髪の奴隷少女の伝説。

その聖女伝説をなぞらえて戦没者の慰霊と合わせて祭りにしたのが聖女祭であった。


そして聖女祭のクライマックスには毎年赤髪の幼い少女からその年の聖女様が選ばれ街を練り歩く出し物がある。

困ったことにその護衛役をやるのが騎士であるセルゲイなのだ。

騎士はもう一人いるじゃないかという抗議も、そっちは子供が泣くからと言われれば従わざるをえない。

いつもの軍服ではなく騎士用の着慣れない礼服に身を包み聖女様を護衛しながら街を練り歩く。

子供が苦手なセルゲイにとってはたまったもんではない。

それこそ慰霊なんて考えているほどの余裕なんて全くないのだ。


「ん?その持ってきた酒はあいつにやって来たんじゃないのか?」


「ああ、死人に飲ませるにはもったいない酒だったからな…ブランデーっていう、うちの…」


「ブランデーって、お前そりゃあれか?帝国から入ってくるっていうメチャクチャ高価な酒じゃねーか。

貴族連中が飲まずにとっておいて自慢してるっていうやつ。」


「…そうなのか?もう栓を開けちまったんだが、失敗だったか…?」


「な、なぁ、ちょびっとだけ飲ませてくれないか?」


「仕方ねーな。じゃあ他に生きてる奴らがいるなら、どうせだから呼んでくれよ。」


「残念だが、皆死んじまったよ…たった今。」


「わかったわかった。だが、この酒には口が軽くなる魔法がかかってるんだが大丈夫か?」


「耐性あるから問題ない、生まれつき口は軽いんだ!」


なら酒を注ぐ必要もないじゃないか…

そう思いつつも酒を注いでやる。

生まれつき口が軽い奴もここで酒を出さなければ途端に口が堅くなるだけなのだ。


「…おい、そんなちょびっとか?お前、そんなケチ臭かったか?」


「酒精が強いんだよ、それくらいにしとけ。」


そんなもんかと貰う立場の方は素直に引き下がる。

むしろ今はグラスから香る匂いの方に興味がいってしまう。


「凄い香りだな…」


「酒の味なんて気にした事なんてなかったがこいつだけは別格だ。」


たしかにとグラスを手に取る二人。


「死んでいった友に…」


セルゲイはなんと乾杯すればよいか一瞬迷って、しかし自分の気持ちに正直になった。


「未来ある若者たちに…」


その言葉にキョトンとしてしまった目の前の顔、そこに過去の自分が見えた気がして懐かしくなり思わず吹き出してしまうのだった。



セルゲイのラブロマンスについて書こうとしましたが、精神的な問題で挫折しました。

申し訳ございません。

必要な方がいらっしゃいましたら、"戦場での恐怖を紛らわせるために体を温めあった…"

的な雰囲気で脳内補完してくれればと思います。


昨日2名の方が初の評価を付けて下さっていました。

大変嬉しい限りです。

本当にありがとうございます。

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