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0015‐編入生


 学年末の休暇が明け学園では入学式が執り行われていた。

ティルもその式に参加し、生徒代表として挨拶をすることになっている。

そんな入学式の最中、隣の女生徒がティルにコッソリ話しかけてきた。

それは休暇中から話題になっていたとある話についてのことだ。


「殿下、お聞きになりました?編入生の話。」


「編入生?」


勿論ティルはそのような話を知るわけがない。

なにせ、寮に戻ってからの最後の休暇の時間はずっと部屋に籠り、貯めていた書物をひたすら読み漁っていたのだから。

最近では帝国から入ってくる物語本が多種多様になっており飽きることが無いのだ。

次期女王がそれでいいのかと思われるかもしれないが、教育や公務は散々こなしてきたのだから一人の時くらい自由にさせてくれというものだ。


「ええ、とても可愛らしい女性と聞いておりますよ?」


「あら、私はとても凛々しい美しい方と聞きましたよ?」


「えぇ?とても目つきの悪い男性ではなかったかしら?」


「それは付き人の話ではありません?

無礼を働いたと言いがかりをつけ御者を手打ちにしたとか…」


「まぁ、それは怖い…」


先ほど話しかけたティルをそっちのけで、迷走する噂話。

噂などこんなものだろう、過去にはたった一人で敵の大部隊を蹴散らした傭兵の話なども出回っていたぐらいだ。

話好きな女子のフィルターを通した情報に真実を求める方がどうかしている。


だが、話を聞いていると編入生がいるというのは一貫しているのでもしかしたらその部分に関しては本当なのかもしれない。

ティルの頭に先日であった女性の顔が思い浮かびほのかな期待が芽生える。


それにしても、学園の最高学年に編入してくるとは露骨と言わざるおえない。

貴族であればそれなりの寄付金さえ積めば成績に関係なく卒業させるくらいの融通はしてくれる。

それがたった一年通っただけであってもだ。

きっと学園を卒業したという経歴が欲しいだけなのだろう。


その行いに対していい印象を持てと言われても無理な話である。

だが、先日会った女性とはその印象が明らかに合わない。

やはり違うのかと少しがっかりしているとティルの挨拶の出番が回ってきた。

周りの女生徒もササッと黙り込みティルも舞台上に上がっていった。



入学式も滞りなく終わりティルたちは自分の教室へ戻ってきた。

ティルが席に着きしばらくすると情報収集部隊も戻ってきたようだ。


「ねぇ、聞いて聞いて、例の編入生ってどうやらうちのクラスに来るみたいなの!」


「そうなの?先ほどすれ違ったのですけど黒髪でとても美しい女性でしたよ。」


「あら、女性であっていましたの?」


「とても穏やかそうで、私目が合った時に笑顔で会釈をされましたの。」


信憑性のある話が次々と上がると、そのイメージが例の女性と一致した。


「あら、そしたら先日女子寮の前でお会いした方かしら…?」


「まあ、殿下もお会いに…?」


そのティルの言葉で編入生への先入観は女子生徒全員に広がった。

そして、男子生徒たちもその話を聞きつけたようで、

所々で「女の編入生?」「美人らしい…」とかいう浮かれた声が聞こえるようになった。


こうなってくると女子たちは段々面白くなくなってくる。

「まあ、あの方達婚約者がいらっしゃるのにもう違う女性に目移り?」

とか

「その編入生が男子生徒に色目を使う方だと大変そうですわね…」

などと、不穏な会話になっていく。

これに関してはティルも何も言えない。

なにせ、学園内に婚約者がいる生徒もかなり多く度々問題を起こすこともある。

そんな中でその編入生が庇った後でとんでもない人間だった場合、気まずい思いをするのだ。

せめて名前くらい知っていればとも思うが…。


それにしてもよりにもよってこのクラスに編入とはどういう事だろうか。

仮にもティルは王族である。

そして、そのクラスなのであるから上位貴族の子女や将来有望視されている人間が中心に編成されているのだ。

サイコロを転がして決めているわけでもないだろうになぜこのクラスに編入させるのかがわからない。

きっと、大きなコネがあってその力が働いた結果なのであろうが…情報がないため見当もつかない事である。

せめてもっと早く編入生の事を知っていれば調べさせるくらい簡単であったのだが。

しかし、どうせ数分後にはわかる事なのだから今更である。


カーン、カーン、カーン


事務員が鳴らす始業の鐘の音が鳴り響く。

そして教室に教師が入ってくるとティルを囲んでいた女子達も近くの席に散っていった。

教室の座席は教師を見下ろす形で階段状に用意されておりティルはその中央ど真ん中に座っていた。

座席は特に指定があるわけではないのだが、ティルの席についてはほぼ指定席になってしまっている。

これはティルが進んでそこに座っているのではなく、いつも周りの生徒たちからそこに用意されてしまっているからだった。

ティルとしては窓際後ろから2番目辺りが居心地良さそうだなぁ~などと思っていたのだが…

窓際や出入口付近などは、少々頭の固い軍閥貴族出身の子息子女が固めてしまっており、ティルが座れなくなってしまっている。

しかし、完全に安全を守るための厚意でやってくれている事なので何も言えないのだ。

王家の血を確実に残すため王宮に箱詰め…などよりも遥かにマシなのだから。


教室に入ってきた男性教諭は生徒たちに入学式出席への労いの言葉をかける。

その後、「それから紹介したい者がいる。トールソン、入れ。」と教室の外にいる編入生に対して声をかけた。

教室中に緊張が走る。

なにせ先ほどまで美人だとか穏やかそうだとか、散々ハードルを上げまくったのだから…

ただ、もしその人がティルの予想通りの人であるならばそのハードルは軽々と超えることになるだろうとは思っていた。

そしてその人物が入ってきたとき…生徒たちは満場一致でハードルは超えたと思った。


教師は老眼を気にしながら手元の資料を見て、若干不安そうにその編入生の紹介を始める。


「本日編入することになったトールソン男爵家の…跡取りである、カイ・トールソンだ。

家の都合で3年次からの入学と少々変則的ではあるが入学手続きには問題はないのでそのつもりで。

それではトールソン…自己紹介を。」


はいと返事をした後にカイはゆっくりと教室を見渡しながら自己紹介を始める。


「私が今ご紹介していただいた、カイ・トールソンです。」


サッと教室中を見渡すと一人の女性に目が留まる。

それは露骨に嫌悪感を露にしている青髪の女生徒であった。


「トールソンと聞いてピンと来た方もいるようですが、かなり物知りの方のようですね。

そう、最近になってやっと落ち着いてきましたがトールソンは昔から盗賊や魔物の被害が絶えず、俺自身も王都の学園に来れないくらいの状況でありました。」


青髪の女生徒の顔は盗賊や魔物という言葉を聞いてさらに嫌悪を深めた。


「ですので、王国からの手紙で学園を卒業しないと男爵家を継げないと聞かされた時は大変焦りました。温情で、3年次のみの在籍で構わないという話にしていただけて今この場に立っているという次第です。」


おや?と思ったのはティルだけではなかったようで、数人の生徒は首を傾げていた。

学園を卒業しないと家を継げないなどというルールなど初めて聞いたのだ。

だが、確かに貴族家の当主たるもの王都へは一度くらいは来て学ぶ事べきだとは思う。

それが領地持ち貴族であるならば尚更だろう。


「1年という短い時間ではありますが、皆様と共に勉学に励むこの時間を楽しみにしております。

トールソンという土地柄から、王都と長らく交流が持てなかった事もあり、至らぬ点が多々あるとは思いますが、どうぞよしなにお願いいたします。」


そう締めくくって挨拶を終えると、優雅にお辞儀をした。

よく手入れのされた神秘的な黒髪と全身を覆う清潔感。

すれ違うと微かに香る花の香。

まるで圧力を感じない温和な物言い。

ゆったりとした一つ一つの動作。

高度な令嬢教育を受けているもそれを男性的にするために無理やり隠すような優雅なしぐさ。

知っている人ならば"黒と白の百合姫"の物語で出てくる黒百合姫とはこのような人物だったのだ、そう思わせるには十分な存在だった。


男性陣は皆鼻の下を伸ばしているがもはやこれはしょうがない事だろう。

そしてそれを見た女性陣が面白くないと思うことも。

例えばその鼻の下を伸ばしているのが自分の婚約者だったとしたら、殺気を飛ばしてしまうのは致し方ないともいえる。


カイは挨拶を終えると再び教室を見渡した。

すると、どこかで見覚えがある人物がいるではないか。

ど真ん中の列、中央に女子寮の前で出会った少女だ。

目が合うとコッソリと手を振ってきたのでニコリと微笑み返す。

これにはティルもちょっと顔を赤らめてしまう。

勿論カイもジッと見る事などはせず、すぐに視線は外した。


「ああ、そうでした。王都では気にされる事が多いと聞いておりますので先に言っておきますと、私は皆さんが察している通り"魔無し"と呼ばれる魔力を持たない者であります。

ですので、魔力が必須となる科目に関しては許可を貰って見学という形を取らせていただきます、その点も、どうかご容赦ください。」


一瞬、教室に小さなざわめきが沸き起こった。

トールソンという土地、魔無し、そしてこの美貌。

このカイという人物の評価をどうしたらいいのかがわからなかったのだ。

ティルもカイという人物を測りかねていた。

勿論、悪い印象はあまり持っておらず好意的にみているのだが…

それよりも一つ確認したいことがあったのだ。

皆が違和感を感じているのに、カイだけはそれが当たり前のようにその違和感を着こなしているのだ。

確認しないわけにはいかない…

ティルは手を上げカイに質問を投げかける。


「これは…聞いたら失礼になってしまうのでしょうか。…何故男子の制服を着ていらっしゃるのでしょうか?もしや、騎士を目指していらっしゃるのですか?」


女性で魔無し…男爵家の跡取りとしてこのマイナス点を払しょくするために高位貴族令嬢の騎士として顔を売り箔をつけるというのは大いにあり得る。

婿探しという点でも勿論有利になる。

もしそうなら、それはこの後は血みどろのスカウト合戦の幕開けであろう。

"魔無し"?

関係ない。

これだけの美貌を持つのであれば騎士として傍に侍らせるだけで貴族としては大きなメリットだ。

これはまずい…

王家としてはその場合仲裁に入って争いを止めなければならない。

そうだいいこと考えた。

禍根が残らないよう、私が最初にスカウトしましょうそうしましょう。

そしてそのティルの完璧な計画はカイの一言でもろくも崩れ去った。


「ん???………俺が男だから…デスヨ?」


「………え?」


………


……



どうやらとても失礼な事を聞いたらしい…


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