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0014‐プーサとイオ③ (序章 完)


 車列は途中、休憩を挟みながらも昼過ぎには森を抜けて穀倉地帯に出た。

ここまで来ると警戒は楽になるため順次休憩を取っていい事になった。

こうなると、竜から離れられないカイとアルフィーが気の毒に思えてくる。


そんなカイだが、先ほどまでは商人達と談笑していたが今は竜に乗りながら器用にも手帳に何やら書き込んでいた。

カイの手帳…それは一説によると重要機密の宝庫らしい。

見てみたいという気持ちはあるが、興味本位で命を落とすのはバカげていると言えるだろう。

ちなみにその手帳も一度カイが紛失してしまったことがあったのだが、その時は軍学校に入りたてのプーサが捜索に動員されるほどの騒ぎになった。

聞くところによるととんでもない所から出てきたという話だが、勿論プーサがその詳細を知るわけがない。


プーサの休憩時間はイオと同じ時間だった。

イオは先程まで車列の伝令を行っていたのだが前方への伝令の際には足取り軽く、後ろに戻るときはどんより…という、とても失礼な業務態度で仕事に励んでいた。

そんなイオと一緒の休憩時間だが、会話も成立するようになってきたのでプーサとしてもまあいいかという感じである。


さてと、プーサが休憩時間の使い方について考え始める。

本でも読むか寝てしまうか…

するとイオが何やらガサゴソと自分の荷物から物を取り出し始めた。

何だろうと眺めていると出てきたのは意外なことに楽器ケースだった。

プーサはフィドラーの一員であり、フィドラーと言われた子供たちのそのほとんどが"フィドラークラブ"という音楽隊に所属している。

プーサも他のメンバーたちと同様、その音楽隊に所属しており、当たり前のように音楽は大好きであったためイオが出してきた楽器に興味津々だ。


イオが楽器ケースから出したフルートを組み立てているとプーサが声をかけた。


「意外だな、フルート吹けるのか。」


いきなり声をかけられビックリするも始めた経緯を何とか話すイオ。


「初めてフルートに触れて、息を吹いたらすぐに音が出たの…、

そしたら皆がすごいって言ってくれたから…。」


「それで練習し始めたのか。」


「うん、一人の時はずっと練習してる…」


「んじゃあ一日中か…」


「うん。」


「うん」じゃねーよ、軽いジョークのつもりが悲しいボッチ宣言を返されてしまい居た堪れない気持ちに包まれるプーサ。

だが、そんな悲しい気持ちは忘れてイオにどんな曲を吹いているのかを聞いてみる。

すると、イオはコレと言いながら楽譜を差し出してきた。

見せられた楽譜はプーサにとっても好きな作曲家の楽曲であった。


「ベートーヴェンか~、やっぱ音楽って言ったらベートーヴェンだよな~何というか他はやっぱり一段落ちるというか………勿論バッハも最高だけど!」


…うん。

視界にやばい姿が映って咄嗟にバッハ最高と叫んでしまったプーサ。

そして、まもなく竜車の横をカイの下へ向かうアルフィーが無言で通り過ぎて行った。


(調子に乗りましたごめんなさい)


聞かれた?聞かれてない?そんなプーサの涙目にも気づかないイオは話をつづけた。


「そうなの?あんまり知らないから、よくわかんない…。」


「じゃあ、何でその曲選んだんだよ?」


選曲した時の事を思い出しながらゆっくり答えていくイオ。


「えっと…ギャップ萌えを狙うには華やかで明るいこの曲がいいって言われたから…。」


「そっかぁ~…お前それ陰気で根暗って言われてるからな??怒っていいぞ。」


とある悪魔の影がちらつき、その言葉の本質を伝えてあげるプーサ。

勿論そんなものわからないイオには「???」が浮かんでいる。


そして、プーサはイオの持っているフルートが気になりだした。

妙に高級そうに見えたためだ。

なので、ちょっと見せてもらうよう頼むとハイっと渡してきた。


(よさげなフルートだな~、どんな音なんだろう、ちょっと吹いてみるかな?)


そう思いつつも、隅々まで作りを見ていくと…ソレを見つけてしまった。


「なあ、このフルートってもしかしてカイ様からもらった?」


無自覚にこくりとうなずくイオに戦慄を覚えるプーサ。


年式とカイの名前が刻印されていたフルート。

カイがおおよその図面を用意し、孤児院の仲間で楽器職人になった奴等が頭おかしいと号泣してた一品。

まあ、その友人達常に泣いていた気もするのだが。

楽器職人、それはカイが目をキラッキラさせて頻繁に視察に来る、トールソンきってのブラック職場。

それもそのはず、楽器職人の職場はカイの邸宅のすぐお隣に位置しているのだから。


カイがどうしても我慢できなかったために作られたと言われる、楽器開発専門の職場。

外回りの帰りにフラッと立ち寄り、自分たちが作った試作品を弾きガチ演奏。

職人たちを黙らせた後に流石と褒めたたえながら「それはそうと…」と問題点を指摘し新しい楽器の図案を置いて帰るのが日常なのだとか…。

自分たちの流した涙は果たして美しい音楽を聴いたからなのか、それとも終わらない無限ループによるものなのか…

キラキラした目で死ねと命じてくるカイの話を聞いていると、軍に入る道を選んで良かったと思わないでもないプーサであった。


それはさておき、ここに書かれている年式とカイの名前が刻印されているということが意味すること。

カイがフルートとして最低限満足する出来になったという証明であり、それが意味することはつまり…


"この世界で最初のベーム式フルート"


手が震える…

試しに吹いてみようかなんて軽い気持ちを持っていた自分を絞め殺してやりたい。

もしうっかり壊してしまったら、プーサはこの先の音楽史で文化の破壊者として歴史の片隅に名を残してしまうところだ。

恐る恐る返却すると「壊すなよ?ちゃんと手入れしろよ?人にあげるんじゃないぞ?」と何度も念を押しておいた。


そんなことをしていると突然「おい。」とアルフィーから声をかけられた。


「ひゃい!!」


突然のアルフィーの声に驚いたプーサは変な声を出しながら返事をしてしまった。

これに呆れつつも続ける。


「何ビビってんだ…もう森は抜けたから音だしてもいいぞ。

音楽でも鳴らしてた方が農民に警戒されなくていい。」


「あ、はい、了解しました。」


確かに音楽でも鳴らして闊歩していれば竜を引連れていても劇団か何かと思われるだろう。

どうせ暇なのだから音楽でも楽しむか…

そして、車列の後ろに戻るアルフィーだが去り際に一言。


「ちゃんとバッハも練習しておけよ、最高なんだろ?」


………はぃ。



 せっかく音を出していいという許可が出たのだからと、プーサも自分の楽器を荷物から取り出すことにした。

出してきたのはヴァイオリンだ。

このヴァイオリンは小さい頃からコツコツ貯めて軍学校の学割でやっと買ったプーサの宝物。

小さい頃は施設の楽器を取り合いながら(肉体言語による交渉)使っていた。

プーサがヴァイオリンを使うようになったのはヴァイオリンがカイが真っ先に作った楽器の一つで数も多かったためだ。

そのため施設の中でも下っ端で力の弱いプーサにまわってくるのがヴァイオリンだけだったのだ。


しかしそれでも良かった。

どの楽器を扱わせてもカイが奏でるメロディは魔法のように美しいものだったのだ。

その魔法を練習すれば自分も使えるかもと言われれば楽器が何であろうと些細な問題であった。

軍学校で学割が利くと知り、どうしてか使う気になれなかった自分の貯金で手が届くとわかった時…

決して安い買い物ではなかったが、しばし考えた後にすぐに買うことを決断した。

そんな自分の相棒を取り出し調律を始める。


そんなプーサをキョトンと見つめるイオ。


「何やってんだよ、早く準備しろって。一緒に弾こうぜ。」


イオは焦った。

言われるがまま準備はするが、イオは一度たりとも人と一緒に演奏することなどなかったのだから。

うまくなればカイが誘ってくれるんだと思って一人で黙々と練習していた。

でもカイはイオが吹いた曲を聴いてくれて練習方法を教えてくれることはあっても、自分から誘ってくれることはなかったのだ。


「その楽譜通りに吹けば、後はこっちで合わせるから。」


「あ、あの…本当にいいの?」


プーサにとって一緒に演奏するというのは挨拶するくらい普通の事だったため、イオが何に躊躇しているのかが本当にわからなかった。

だが、イオにとってはそれはとても特別な事でしかなかった。


「はぁ?お前何言ってんの?

別に失敗したからって何かあるってわけでもないんだぞ、金取ってるわけでもあるまいし…。」


失敗しても何もない…?

その言葉が不思議に思えたが、確かに失敗して自分に罰を与える人間など今ここには存在しないのだ。


緊張で呼吸が乱れ、手が震え、心臓がバクバクと激しく鳴り響く。

だけどそれでも、すごい人であるプーサの"失敗しても何もない"という言葉を信じてみようと思った。


イオはフルートに唇をつけ、初めての一歩を踏み出した。

それはプーサのエスコートがあってやっとのことで踏み出せた一歩だったのかもしれない。

それでも一歩は一歩なのだ。


………ピュフォ!!!




(ダメだこりゃ…)


プーサがそう思いつつも先ほど失敗してもいいと断言してしまった手前、続けるほかない。

諦めつつもヴァイオリンを構え、もう一度チャレンジするよう促す。

イオもコクコク頷きながら、大きく深呼吸をしてもう一度フルートを構える。

ヒュッと風がイオのフードを剥ぎ取ってしまうが、今はそんなことを気にしている余裕はなかった。


…そしてプーサは驚いた。

それは勿論、フードの下に隠れていた猫耳に対してではない。

そのフルートから流れ出る音に対してだ。


カイの言葉だけを信じ愚直なまでに練習を続けた美しい音色。

その音を受け取りプーサも弾き始める。

時に引き継ぎ、時に交わり…

まるでダンスを踊っているかのような二人の演奏は春の訪れを祝福し、その音は冬の終わりに気付いていない寝坊助な生命たちに色彩を与えていく。



穀倉地帯の道はどこまでも続く。


王都に到着するのはもう少し先になるだろう。


そして、イオが春の芽吹きに喜ぶ鼓動の意味に気が付くのも…


プーサが草萌えの匂いを運ぶ風がはためかせるソレに気が付くのも…


きっとまだ先の事である。



これにて序章終了となります。

チュートリアル的な内容ではありましたが、ここまで読んで下さりありがとうございました。


次回から1章スタートとなりますが、投稿の方法を少々変えさせていただきます。

週2回のペースで書いていましたが、書いてみた感じ自分のペースにあっていない気がしました。


なので一旦投稿を止めて1章分書き終わったところで毎日2回とかで一気に投稿する形としたいと思っております。


次回については8月前半には出したいとは考えております。


7/27時点

PV数 946、ユニーク数 410

ブックマーク4件


思った以上の多くの方に読んでいただき大変うれしく思っております。

また、ブックマークしてくださった4件の方々も重ね重ねありがとうございます。


あとがきが長くなってしまい申し訳ありません。

次回まで間が空いてしましますが、また気が向いたら読んで下さると幸いです。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 異世界、異文化、異なる価値観。 14話までプロローグとして 楽しませていただきました。 これからどんな物語になるのか 期待して読ませていただきます。 ありがとうございました。
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