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0013‐プーサとイオ②


「これが王国ご自慢の穀倉地帯ってやつか…実際見るとでけぇな、地平線の先まで続いてら。」


森を抜けてすぐ、柵の向こうに広がるだだっ広い大地。

少し高くなった小さい丘から彼方まで続く雪解け直後の穀倉地帯を望遠鏡で覗きながらプーサはつぶやいた。

エルデバルド王国は何度も他国から侵略戦争を受けている。

その度に火の粉を振り払ってきたのはこの広大な平原で生産される大量の食糧と人口で作り上げた軍隊であった。


カイが領内の反王国感情を抑え王国との戦争を避け半鎖国状態で関係を絶ち続けた理由。

仮にもし戦争をしたとして、長期戦になった場合に負けるのは確実に国力に劣るトールソンであろう。

この広大な大地こそがエルデバルド王国の強さの裏付けだった。


もちろん、カイが戦争を避けているとはいっても準備をしていないという事ではない。

トールソン軍での仮想敵は1に魔物、2に王国なのである。

軍学校でも王国軍との戦争を想定した問答は腐るほどやった…が、肝心の敵の戦力が十数年前の古いものなのだ。

それくらいあれば子供が大人になり、青年は軍の中核をなす人材になっているだろう。

全く違う相手を想定した戦術で勝てるのかは不安に感じていた…

もしかしたら、カイやアルフィー辺りはスパイを通じて王国の情報を握っているかもしれないが、それをプーサみたいな下っ端が知るはずはない。

そして今、プーサはこの光景を見て"隙があれば勝てるのでは?"という戦術レベルでしかなかった自分の考えの浅さを思い知らされた。

カイが常々言っている、戦争をするよりもさせないために準備をしろという言葉に一理あると感じるほどに…。


「イオ、ここまでだ戻ろう。」


「?予定より距離行ってないんじゃ…」


「いいんだよ。」


言葉を交わした後、二人は商隊まで戻るために森の中の道に再び騎竜を走らせた。

もしかしたら仲間たちからは恐れをなしたと言われるかもしれない…

だが、コレは恐れるべきなのだ。



商隊は森の中の道を順調に進んでいた。

先頭を商隊のリーダーに任せその後ろから馬を失った馬車を竜に引かせ、御者にはセルゲイが勤めている。

荷台の荷物を少し他の馬車に移動させ荷物置くスペースと人が休めるスペースを作った。

アルフィーは最後尾の全体を見渡せる位置で商隊を守っており、クルセイはメルルを連れて現在周辺森に入り警戒と探索を行っている。

探索はメルルの採ってくる山菜など食べれる食材というものにカイが興味を抱いたため依頼されたのだ。

そしてカイは竜車に随伴する形でついており、リルルがそのカイの騎竜に乗せてもらいご満悦であった。


「竜さんの背、高いねー!ねっお姉ちゃん!?」


「そーだね~、高いね~。ところでお姉ちゃんじゃなくてお兄ちゃんだからね?」


「うん!あっお姉ちゃん!ウサギさん!!」


「そーだね~、美味しそうだね~。ところでお姉ちゃんじゃなくてお兄ちゃんだからね?」


「うん!美味しそう!!」


………


子供が一度記憶した事を再度覚えなおさせる事の難しさに直面するカイ。

こうなったらと考え直す。


「ねーリルル?お兄ちゃんの事はカイお兄ちゃんって呼んでほしいんだけど。」


「カイお姉ちゃん?」


「………やっぱりカイ様にしようか。ちゃんと様って呼ばないと怒る人もいるからね~」


「カイ様?…なんで?お姉ちゃんじゃダメ?」


「うーん、お兄ちゃんがそう呼んでほしいんだけどダメかな~?」


「いいよ!カイ様!」


よし!っとゴブリン討伐よりも難しい仕事を成し遂げたカイ。

そんな事をしながら進んでいると前方から斥候に出ていたイオとプーサが返ってきた。

リルルをセルゲイの操る竜車に乗せるとカイは報告を聞くためにプーサ達を迎える。


カイの横まで二人の竜が近づくとそのまま報告を促した。


「イオ、報告を。」


「え?あ、はい…えと…問題なかった…です。」


突然自分に報告を促されて焦ったイオ。

当然プーサが応対するものだと思っていたのだ。

これは別におかしい事ではない。

イオは特務とはいえ実戦で戦功をあげている中尉で、プーサは軍学校を出たばかりの新米少尉なのだから。

勿論この場合は建前の話でしかないが。


「そうかい?…ふむ。」


とりあえずイオに報告させてみたが案の定である。

勿論これをそのまま鵜吞みにするカイではない。


「プーサ、何か補足はあるかい?」


「…はい。」


嫌だなぁという顔で捕捉するプーサ。


「この先馬車でおよそ1時間程の地点で魔物と遭遇、イオ特務中尉がこれを殲滅しました。

数は3匹で種類はウルフ系の魔物です、昨日商人達がこの辺りに出没すると言っていた種類のものと思われます。

その後、更に1時間の地点で予定通り休憩場所によさそうな場所、そこから少し離れた場所で道が深くぬかるんでいるところがあります。

馬車では迂回できそうもないので、隊が休憩中にクルセイ曹長に準備を依頼するべきと考えます。

そこからまた1時間ほど進むと森が途切れて穀倉地帯に入ります。

騎竜だけで進むと農民たちが混乱すると思われたのと、視界が開けていたのでそこで偵察を打ち切り帰投しました。

以上です。」


次々と並べられる報告内容と自分が先ほど行った報告を比較しイオはドンドン小さくなっていってしまう。


「ウルフの能力などはわかるかい?」


「え~と…イオ特務中尉が瞬殺したので不明です。死体は脇によけて魔石もあります。」


そう言いながら先ほど剥ぎ取った魔石をカイに差し出す。

魔石を受け取りソレを確認するカイはその大きさに驚く。

イオはというと魔物を瞬殺する事もダメだったのかと思い涙目になっている。


「…思ったより小さいんだな。死体は後で確認する。」


カイは魔石のサンプルをしまうとイオに語り掛ける。


「イオ特務中尉。」


「…は、はい。」


「今のプーサの報告と昨日までの報告の何が違うかわかったかい?」


「えと…いっぱい報告してました。」


思わず顔を覆うプーサ。

それでもカイはどうしたら言葉を引き出せるかを考え聞き直す。


「…聞き方を変えようか。昨日までの俺たちと、今日の俺たちでは何が違う?」


「………ひ、人がいっぱい…、あと馬車!…ですか?」


「そうだね。イオはもう少し周りが見れるようになれるといいね。」


「プーサ、もしイオがついていかなかった場合どうなっていた?」


「は!遭遇した魔物が3匹のウルフであったため、単独で交戦するのは危険と考え引き返しておりました。」


別にウルフ3匹であれば騎竜もついているのだからプーサにも討伐できる実力はある。

だが、だからといって戦時下でもあるまいし進んで負傷のリスクを負うほどの状況でもない。


「うん。…いいかいイオ、君が魔物を倒せるというその力を得た経緯は確かに不本意だったのかもしれない。

でも、その力は君が苦痛に耐えて得た君自身のものだ。だから、これからの人生その全てを否定することはしてほしくない。

君がすごいと言ったプーサを守ることもできる力なんだよ。」


プーサは一瞬何のことかと思ったが、きっとイオの個人的な事なのだろうと思い直した。

訓練を受けているプーサとそうではないイオを比べようなどとはカイだって思ってもいないだろう。

そして、イオはというとそれを聞きながら手綱を握っている自身の手をじっと見つめる。

自分の苦しみから逃れるために数えきれないほどの人間を殺め、苦しめてきた自分の手。

それがプーサを守る力になると言われてもにわかには信じられない。

だが、そんな言葉を投げかけてくるのはこの世界でただ一人自分が信じられると思った人なのだ。


「首輪を外した君はもう自分の責任と意志で力を振るうことができるんだ。

どうかよく考えてみてほしい。

周りの人間の生き方を見てあげてほしい。

たとえ、今君がそれしか持っていなかったとしても、きっと君がやりたいこと、やるべきことが見えてくると思うから。」


そして目を伏せながらも続ける。


「たとえ、イオが人を避け続けて一人で生きる道を選んだとしても、

それはきっと一人で生きるイオの助けになるから。」


返事ができたら褒めてくれた、

文字が書けたら褒めてくれた、

名前が書けたら褒めてくれた、

笛でドレミが吹けたら褒めてくれた。

いつも自分が何とか出来そうな宿題を出してくれた人から出される、自分には到底達成できそうにない宿題…

一体どうすればいいのか…

一体何から始めればいいのか…

そんな、不安の渦に飲まれるイオにカイが投げかけたのは意味不明な言葉。


「オ・パッキャマラードだよ。」


イオの頭を優しく撫でながら優しくもいたずらっぽそうな笑顔でイオに囁く。

くすぐったそうに撫でられながらもイオは知らない言葉にキョトンとし首を傾げてしまう。


「…自分の意志で力を振るうってのは軍人としてはダメなのかもしれないけどね。」


そう言って、自分の言葉に疑問を覚えるカイ。

だがその言葉に否を唱えるのはプーサであった。


「ダメじゃないです。誰の下でその力を振るうのか…それを決めるのは自分であるべきですから。」


これにはカイは素直に驚いた。

プーサがそのような事を考えているなど思いもよらなかったのだ。

しばらく会わないうちにこれほどまでに成長したのかと感心してしまう。

しかし、同時にカイの胸に不安が膨れ上がる。


人を見る目がないカイが秩序の崩壊したろくでなしの街でまともな人材を手に入れる事など、子供に教育を施す以外の方法を思いつかなかったのである。

そして今、その教育の下成長した少年が自分の下で命をかけると言っているのだ。

果たして自分はこの少年に死ねと命じたとき、それが本当に正しい道だった思えるのだろうか?

それは、カイが常に抱いている葛藤であった。

………

いや、今更何を言っているのか、アルフィーやクルセイのような自分より遥かに若い子供たちに何度そのような命令をしたと思っているのか。

ただ一つ…

カイはもうプーサの頭を撫でる資格を失ったのだという事を理解し寂しくも思うのだった。


カイはイオにもう一つ質問をした。


「ねえイオ、プーサと一緒に斥候に出てどうだった?」


「あの…嬉しかった…です。」


恥ずかしそうに言うイオ、その言葉にカイも「そうかい。」と嬉しそうに喜ぶのだ。

プーサは自分が尊敬するその人のいつまでも変わらないその表情をみて、嬉しいやら呆れるやら、何とも複雑な気持ちだった。


二人の報告が終わるころ、不意にカイを呼ぶメルルの声が聞こえてきた。

採取を終えたメルルがクルセイの操る騎竜の後ろに乗ってブンブン手を振っている。

クルセイはというと手を振るために密着してきたメルルの体の柔らかさに鼻の下を伸ばしていた。

カイはそんなメルルに対して軽く手を振り返しながら、二人にアルフィーにも報告をして指示を仰ぐよう命令する。



 二人は竜の歩みを止め離れて車列が通り過ぎるのを待った。

プーサはメルルがカイに採取した物を見せている光景を眺めていた。

イオはというとカイの下から離れると慌ててフードを深く被りなおす。

そんなイオの行動に呆れながら嫌味を言ってやる。


「お前…そんなに縮こまってるとそのうち〇玉までなくなっちまうぞ?」


「???」


イオにはこの嫌味の意味が心底わからなかった。

金〇は教えてもらったことがあるからわかる…が、確か自分にはないはずだ。

でも、現在連日のストップ高ですごい人だと思っているプーサが間違えるはずがないから、きっと自分が理解できてないだけだと必死で意味を考えるイオ。

そして言っても、直そうとしないイオに呆れるプーサ。


「ったく、女みたいなやつだな…。」


ちなみにこの場合の女はトールソンにおいての女ではなく物語に出てくるような女である。

トールソンの女…それはあの悪魔の使い魔として「「プーサちゃ~ん」」と煽ってくるような悪魔見習いたちの事であり、決してこんな人目を気にしたり人の後ろをトコトコついてくるような慎ましい人間の事ではない。

もしそんな女がいたのなら人に取られる前に求婚している…まあ、男であればただの情けない奴なのだが。


ちなみに、念のため確認しておくがイオは女である。

なので、このプーサの発言に対しての反応はというと…


(女の子っぽいっていわれたぁ~!!!え?どこ??どこなの?わかんないよぉ~!!)


これである。

先ほどの金〇発言といい、今の女みたい発言と言い、訳が分からなくてイオの思考回路はショート寸前であった。


車列が最後尾まで来るとアルフィーの姿が見えてくる。

プーサとイオが敬礼しながら近づいていくとアルフィーも返礼で迎える。

カイにした報告をそのまま伝える…もちろんイオにやらせるのだが。

たどたどしく、プーサの言ったことを思い出しながら一つ一つ伝えていくイオ。

やっと伝え終わったかと思うとプイッとプーサの方を見て本当にいいのか目線で確認してくる。

(こっちみんな)と思いつつも諦めて小さく頷くと以上ですと締めるイオ。


アルフィーはジッと聞いていたかと思うとハァと軽いため息をつき小さい声で「甘やかしやがって…」と呟き、二人にこれからの任務を与える。


「プーサ少尉、お前はクルセイ軍曹を連れて道路の整備を指揮しろ。

イオ特務中尉、テメーは私のとこに残って車列前後の伝令をやれ。」


この命令に二人は勿論不服があるわけがなく、復唱で答える。


「ハッ、クルセイ軍曹と共に道路整備の任務に就きます!」「え”っ…」


………「え”っ」ってなんだよ。


アルフィーがギロリと睨みつけ「一人復唱がねー奴いるな?」と威圧してくる。

こっちまで巻き込むの本当に止めてほしいと思うプーサである。


「あぅ…ここに残って、車列の伝令役をします。」


それを聞き届けるともういいぞとプーサを解放するアルフィー。

これでやっとイオの御守りから解放されると意気揚々とクルセイの下へ行こうとするプーサであったが、ふとあることを思い出したのでそれをアルフィーに伝える。


「あ、たいちょ。さっきカイ様がメルルからこの辺で採取してきた食べ物ってのを受け取ってましたよ。」


これには先ほどまで無表情だったアルフィーも顔を引きつらせる。


「イオ、ちょっとここ任せる。プーサはもういいから行け。」


そう言って颯爽とカイの下へ駆けて行く。

イオが不思議そうな顔をしているが、知らないのも無理ない事なのかもしれない。

カイは昔から悪い癖があるのだ…悪食という凶悪な癖が。



プーサがクルセイの下へ行く時にアルフィーとすれ違ったが、没収した袋を持って若干疲れた顔をしている。

カイはというと頬を膨らませながらプーサの事を恨めしそうに睨んでくるが…

だが、自分の立場を考えやがれとその視線は無視することにした。

ちなみにリルルはセルゲイの横で貰った干し肉を頬張りながらご満悦だった。



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