0001‐外伝01 前編
初投稿となります。
ようやくお迎えか…
朦朧とした意識の中、私は重い目を開けて飛び込んできた光景に最後の時を覚悟した。
天使がいた…黒髪黒目の少女の天使。
この小屋に捕らわれて2週間、思えば随分なへまをしたものだ…
少数での移動をしていたところを野盗どもに狙われてしまったのだ。
はめられた…というわけではないのであろうが、少なくとも見捨てられたことは確実だろう。
同行者には若い娘達もいたため、私がおとりとして飛び出したまでは良かったが、年老いた我が身ではすぐに力尽き、捕らえられてしまった。
年老いているとはいえ、貴族家の当主である私からたんまり身代金を取れると思った野盗たちであったが、
交渉に向かった仲間は見事に切り捨てられたそうだ。
それもそうだろう…当主とはいえ既に跡継ぎは決めておりいつ家督を譲るかという状態であったのだ。
ここで温情を見せて野盗たちと交渉などするはずがない。
まあ、多少は息子の助けを期待していたため恨めしく思う部分もあるが…
縛られ部屋に押し込められたまま、部屋の外では野盗どもは身代金をとれないことに焦って私の処分をどうするかと相談していた。
身代金を取れない爺などお荷物にしかならない、このまま生かしておく手はないだろう。
それ以前に連日暇つぶしに暴行を受けており、飲まず食わずなのだ…
この老いた身は既に限界であった。
その天使をみたとき…
なるほど、神というのもなかなか粋な計らいをしてくれる…
これまでの人生、清廉潔白とは言わないまでも、悪人と言われるようなことはしていないと自負している。
生真面目だとか、堅物だとか、息子たちから散々文句を言われたが
なんだ、やはり私は正しかったのだと喜んでいた。
少女は私に近づいてきて…なんということだろう
…口を開いてしまった
「な~んだ、身代金がどうとか言ってたからてっきり捕らわれのお姫様かと思ったら、くたばりぞこないの爺かよ。」
吐き捨てるようにそう言いながら足で私を転がし、手と足の拘束をナイフで切り…
「ケツ穴の貞操は守られたか?間に合ってたらいいんだが。
老い先長くないんだから大切に守れよ?」
そう言って私の尻をペシッと叩くのであった。
…どうやら、天使ではなく純情な爺の夢を壊す小悪魔だったようだ。
部屋から出ると2人の野盗が転がっていた。
どちらも首を掻き切られ一撃…即死だっただろう。
獲物は、今少女が腰に差している独特の曲線を持つ幅広のナイフ…
初めて見る武器であったが、尋ねるとククリというナイフだと教えてくれた。
少女はどうやら一人で王都へ向かう旅の途中、森で道に迷ってこの野盗のアジトになっているこの小屋へやってきたらしい。
そして、野盗たちに道を尋ねたところ襲ってきたから返り討ちにしたとのこと。
まだ子供といっていいような小柄な体型で旅の途中という事で埃まみれの旅装束に身を包んではいるが、
よく磨かれたきめ細かな肌、純真無垢を思わせる黒い瞳。
顔立ちは恐ろしく整っており、黒い髪は産まれたての赤子の産毛ような輝きを放ち、その髪を不釣り合いなみすぼらしい魔石が付いた紐でポニーテールとしてまとめていた。
絵画にすれば名画と呼ばれる絵になるのは間違いない。
その絵を見たものは美しさとは身に着けている装飾品で決まるものではないと断言するであろう…。
もし私が50年ほど若ければ間違いなく熱を上げていた、そんな容姿をしているのだ。
野盗たちがこんな少女を森の中で見つけたのなら、襲うなという方が無理である。
………言ってて野盗は悪くない気がしてくるのは何故だろうか?
そして、野盗たちが追っ手だとか人質がどうとか言い始めたのでついでに助けてくれたらしい。
…なるほど?
疑問に耐え切れず一つだけ質問する。
「地元じゃ大体話せば終わるようになってきたからな~、うっかりしてたわ~。」
うっかりしていたならしょうがない…
きっと殴られすぎて痛むのであろう頭を抑え、私が自分の装備を身に着けていた男の亡骸からその装備を取り戻していると
何やらがガサゴソと少女が家探しをしていた。
「お宝でもあさっているのか?」
特に何を思うのでもなく何気なく発した言葉だったのだが後悔した。
「んなもんあったら、こんなとこでちんけな野盗なんてやってねーだろ。殴られすぎて頭膿んだか?
あー、年でボケてるのか。わりぃな私の地元って年寄りが少なくて気が回らなかったわ。」
小娘の言葉に怒りを覚えるほど若くはない…断じて。
「酒か食い物でもあればと思ってな…っと、…ほれ。」
そう言って酒瓶を放ってきた。
慌ててそれをキャッチするのだが…こちらは立つのもやっと程度に弱っているのだ。
ありがたくはあるが、もっと労わって欲しい。
「うぇ…ゲロマズ」
少女は自分の分の酒に口を付けると、苦々しい顔をした。
「こんなところで野盗などやっていてうまい酒など飲んでいるわけなかろう。
子供だとそこまで酔いが回るのが早いのか?」
おっと、つい意趣返しをしてしまった。
不思議なことに、どうやらこの少女といると自分も若返ることが出来るらしい。
………
「確かに不味いな。」
水替わりの出来の悪い薄い酒…水替わりに飲むのだから諦めるほかない。
小屋を出ると久々の太陽を拝むことが出来た。
この汚く暗くカビ臭い小屋で一生を終えるのだと物悲しく思っていたが…
太陽の暖かさを感じつつふと地面に目を向けてみると、そこには野盗たちの亡骸が転がっていた。
数は6つ、そして震えながら座り込んでいる男が一人。
小屋の中と、交渉に行って切られたのを加えると…一人足りないな。
私が周囲を警戒していると少女が男に尋ねた。
「もう一人はどこ行った?」
男は森の一方を指し答えた。
「べ…便所だ…」
その明らかな嘘を少女は「そか」と聞きながら男の指した方向とは別の方向へと走り去った。
…走り去ったというのは表現が正しくないかもしれない。
まるで消えるような軽やかさだったのだ。
そして、まるで精霊が踊っているかのような光の残滓。
もはや疑う余地はないだろう。
高位の魔力保持者が魔力を使った際に現れることがあるという"精霊光"という現象。
魔力を使い走っただけで精霊光が現れてしまうという自己主張の強い魔力量。
片鱗だけを見ただけでもわかる。
明らかに自分より遥かに高位の魔力保持者であると…
昔、戦場でこの精霊光を見たことがあった。
もう20年近く昔の話であったが、あの暴力的なまでの荒々しい光の渦…
既にピークを過ぎ衰えを感じていた当時の自分がその光を見た当時の事を思い出す。
魔力の差というのは非情なものだ。
特に戦場においてはそれが顕著に表れる。
高位の魔力を持った兵、魔法兵は100の一般兵に匹敵するともいわれることがある。
流石にソレは言い過ぎではあるのだが、精霊光を振りまくほどの魔力量であれば、
言い過ぎと一笑することはできない程の能力である可能性があると言える。
それ故に戦場に立つ貴族という立場の者たちはこの魔力という特段重視する。
そして、この魔力量の差は持たざる者からどう見えるかというと…
男は震えながら呟く…「バケモノ」と。
それは、昔戦場で精霊光を見たときに感じたソレと同様のものであった。
しばらくすると少女は帰ってきた。
男の亡骸を引きずりながら…。
その姿はまるで"死神"であった。
「ちんたらやってんじゃねーよ。日が暮れるまでに終わんなきゃ爺にテメーを掘らせるぞ。」
そう言って男の尻をガシガシ蹴り上げる少女。
少女と男はせっせと穴を掘っている。
私は衰弱が激しかったためその作業を免除された。
今は貰った酒を飲みながら周囲の監視をしている…まあ、この少女には必要はないのだろうが性分だ。
ただ、先ほどの不穏な言動により自分も手伝った方がいいのではと思い始めたのだが…。
ちなみに今少女が掘っているのは墓ではない…
「野盗たちを弔うのか?」
その質問に少女は眉をひそめながら答えたのだ。
「あぁん?死んじまったら聖人もろくでなしも等しく生ごみだろ…ちゃんと蓋しとかないと匂うぞ?」
死んだら生ごみ…?
あれ?おかしいのは私なのか…?
正直この少女と問答を交わす気力は無かった。
確かに今状態がよくはないが、多分平時でもその気力はわかなかったであろう。
きっと老いだろう…きっとそうだ。
野盗たちの遺体をゴミ捨て場に放り込んだ後…、土はまだかけないらしい…。
…男も気づいたようだ。
「んじゃ、飯にするか!」
そう言って今度は食事の準備に取り掛かったのである。
忙しい娘だ…。
私にも料理が出来るか聞いてきたが、やったことはないという言葉を放つと戦力外通告をされた。
食料は野党のアジトから引っ張り出してきた野菜や少女が先ほどついでに狩ってきたウサギを煮込んだ鍋のようだ。
当初不安はあった。この少女が性格的にまともな食事を作るのだろうかという不安が。
そして、荷物から取り出した木片のようなものを削り入れた事によりその不安が的中したかのように思えたが、その不安は一瞬で取り払われた。
鍋から食欲をそそる匂いが漂い始めたからだ。
男を顎で使いながら料理を進められていった。
皮を剥かずに鍋に入れようとして怒られたり、自慢げに料理のコツを教えたり…
さっきまで殺し合いをしていたことなんてまるで気にしていないかのように…
いや、実際気にしていないのだろう。
それほどまでに実力差があるのだ、冗談抜きで小指一つで男を殺せるほどに。
日も沈んだころ、料理も完成したようだ。
煮込んだ野菜、芋、肉、キノコ、どうやらまともな物が食べれそうだ…そう思っていると
少女が自分の荷物からおもむろに取り出した茶色いペースト状の物体を止める間もなく入れたのである。
今何を入れた?
正直見た事が無い泥のような物であった…
不安に思い男の方を見たがどうやら私と同じで知らないようで物凄く嫌そうな顔をしていた。
しかし、少女は楽しそうに鼻歌を歌いながら鍋を混ぜるだけだ…。
出来上がった料理は茶色い色をしたスープだった。
私と男は出来上がった料理に眉をひそめたが…
「まあ食ってみろって。」
何度も味見をしていた少女が自信満々に言ったので、恐る恐る口をつけてみる。
「うめぇ…」
男が思わずつぶやいた言葉に同意する。
驚いた…。
最初この少女が料理をすると言った際に思ったのは今は亡き妻を超えるのではないかという不安であったが、
それは完全に杞憂であった…
いや、むしろ性格に問題が無ければ我が家の料理人として雇い入れたいくらいの味だった。
確かにここ何日かまともに食事などしていないため何を食べても美味いと言っていたであろう自信はあるが…
風味、深い味わい、そして何よりも美味いと思わせる最大の要因は塩味であろう。
このエルデバルド王国は内陸部に位置する国で塩が昔から不足しており多くを他国からの輸入に頼っている。
塩をめぐっての戦争など数えたらキリがないほどで、
庶民であればこれほど大量に使われる料理などまずお目にかかれないだろう。
チラリと見るのはこの場を照らしている道具を見た。
それは最近になって帝国から輸入され王国には普及してきたばかりのはずの使い古された魔導ランプ。
帝国から来たのか…?
いや、それにしては言葉が訛りもなく奇麗だ…無論話す内容は致命的に汚いが。
思案しながら木のスプーンで器の中のものを口に運んでいく。
少女はというと二本の木の棒で器用に食べているではないか…。
帝国にその様な文化があっただろうか…
まあいい、今はこのスープをしっかりと味わうとしよう。
なにせこっちは先程までいつこの世とお別れをするのかと覚悟していたところなのだから…。
「うまいな…」
私のその呟きに少女は答えてしまった。
「だろ!う〇こみたいな色が欠点だけどな!」
スープの味を一段落とす発言をしてケラケラ笑う少女。
その調子で自分の欠点にも気付いてほしいと、溜息をつくしかなかった。
ふと、昔メシが美味い女は絶対にいい嫁になると自慢していた奴の事を思い出した…ないな…。
飯を食べたら、流石に限界が来たため横にならせてもらった。
本来、男を拘束していない状態では安心して寝ることなどできるはずがないのだが、この少女なら問題はないだろう…遅れを取る姿が想像できなかった。
何故わざわざ治療が終わった事を知らせるために思いっきり叩く必要があったのか。
傷薬を塗ってもらった所が痛むので少々寝ずらいが…
横になっていると、少女が楽器を鳴らし始めた。
ギターという楽器らしい。
最初は私が寝る事への妨害工作かと思ったが、そんなことはなかった。
聞こえるのは美しい歌…例えるなら森の妖精の歌声と言って差し支えないだろう。
私は今まで生きてきてこの歌を聞けたことに感謝をし、その心地よさに身を任せ意識を手放した。
もしかしたらこのまま二度と目を開ける事は無いのではないかと思わせるには十分だった。
………
……
…