#9 Strength of the wild
哲郎は残りの試合を見る事を止め、再びコンディションを整えることにした。
先程 ノアという男の圧倒的な実力を見せられたのだから。もうすぐ自分の試合の番だ。
レオルという男との激突のためにもこの試合には勝たねばならない。
「テツロウ選手、まもなく試合開始です。」
噂をすれば影とやら。レフェリーが控え室に入り、哲郎に伝えた。
いよいよ試合開始だ。哲郎は気を引き締め直し、試合会場に向かう。
***
『さぁ皆様。この魔界コロシアムも後半戦に差し掛かろうとしています!!!
これより Cブロック 2回戦を始めようと思います!!!』
アナウンサーが観客席を盛り上げる。
『まずは初出場!!
1回戦で優勝候補と謳われたゼース・イギア選手を己の持つ技量で打ち負かした人間族の少年
テツロウ・タナカァァ!!!!!』
ゼースを負かした実力に期待してか、観客席から歓声がしばしば聞こえた。
『それを迎え撃つは、1回戦をベアナックル一発で制した獣人族の戦士、
ホキヨク・ツキノワァァ!!!!』
ホキヨク・ツキノワ
哲郎より2回り以上も大きな体躯を持っており、毛に覆われた筋骨隆々の体を持つクマの獣人と呼ぶべき大男だった。
『1回戦を相手が初出場で先制だったとはいえ、一撃の元に下して見せたホキヨク選手。
それを迎え撃つはイギア家の血を引く者を己の実力のみで倒してみせたテツロウ選手。
どちらが勝っても全くおかしくありません!!
3回戦の切符を掴むのは、果たしてどちから!!?』
哲郎とホキヨクは対峙した。
「前の試合、確と見させてもらったぞ。そして君の力を確認させて貰った。
だから、俺は君を全力で潰す!!!」
「僕も全力でいきます。」
哲郎とホキヨクが話し終わり、試合が始まる。
「殺害 以外の全てを認めます。
両者構えて、
始めェ!!!!」
哲郎は手の内を見ようと防御に徹した構えを取る。ホキヨクは構わず突っ込み、右の拳を振るった。
『やはり 先に仕掛けたのはホキヨク選手!!
これはテツロウ選手、どう応える!!?』
哲郎のやることは変わらない。
まずは大きく屈んで彼の足をすくう。
『こ、これは………』
ホキヨクが屈んだ哲郎に躓いて派手に転んだ。
すかさず立ち上がり、ホキヨクの拳が向かってくる。哲郎はそれを後方へと捌いた。
伸びきった腕をつかみ、崩れた体勢を利用して大男を背負って投げた。
ズドォン!!!
ホキヨクは地面に叩きつけられたが、厚い毛皮のおかげかあまり効いていない。
『す、すごいぞ テツロウ選手!!!
あの巨体が宙を舞ったァーー!!!!』
ホキヨクはすぐに立ち上がり、哲郎に拳を振るう。スピードが上がっているため完全に捌くことは出来ず、弾くことで精一杯だ。
『あ、当たらない!! 当たらない!!!
テツロウ選手、獣人族相手になんというディフェンスだ!!!』
確かに防げてはいるが、それでは埒が明かない。一撃必殺のカウンターが欲しい所だ。
その時、哲郎の腕から血が吹き出した。
見ると ホキヨクの手にある爪が赤く染まっていた。
哲郎は咄嗟に距離をとる。
「かなり鍛錬された技術の持ち主らしいが、人間の域を出ていない。」
『ホキヨク選手、ここに来てテツロウ選手に攻撃を加えました!!
果たしてこの傷が試合にどう響くのでしょうか!!?』
ホキヨクのその一言で哲郎は再確認した。
一体いつから自分が俺TUEEEE系の主人公になったと錯覚していたのか。
自分には油断できるだけの強さも実力もないと言うのに。
そして哲郎は確信した。自分に出来るのは、ダメージに体を【適応】させること。そして、自分が培ったこの技術を持って目の前のこの大男に勝つことだけだった。
『テツロウ選手、構えを変えてきました。
先程のゼース選手のように、ここから逆転劇が見られるのか。それともこのままホキヨク選手が押し切り、その夢を打ち砕くのか!!?
先に動くのはどちらか!!!?』
仕掛けたのは哲郎だ。体勢を低くしてホキヨクに全速力で突っ込む。
そこから一気に姿勢を上げ、伸びきった体でホキヨクの顎を掴む。そして浮いた姿勢を利用して頭から地面に叩きつけた。
『は、早い!!!
実況が追いつきませんでした!! テツロウ選手、ここから逆転の狼煙をあげるのか!!?』
しかし、これで勝てるなら苦労はない。ホキヨクもすぐに起き上がり、哲郎の腹に向けて拳を向ける。
拳が哲郎の腹に突き刺さる。しかし哲郎は咄嗟の判断で後ろに飛び、その衝撃を受け流す。
外枠まで飛ばされたが、それだけだ。
腕の傷も既に治っている。腹へのダメージは感じる前に適応した。
自分にはこうして無敵の適応力がある。だけどそれだけでは勝てない。
だからあの女と何年も鍛錬を続けた。
今こそその成果を見せるのだ。
『テツロウ選手が再び仕掛ける!!!』
今度は倒すのが目的ではない。哲郎はホキヨクの腕をがっちりと掴み、肩にかけた。
今度は背負うのではなく、それを越えて全力で投げた。
背中から地面に叩きつけられたホキヨクは一瞬 隙だらけになる。それを哲郎は見逃さなかった。
掴んでいる腕を上げてひしぎ、体を完全に極める。この体勢からは逃れられないと彼女から聞いていた。
「レフェリーさん!!! 判定を!!!」
「しょ、勝負あり!!!」
レフェリーが手を挙げ、試合は唐突に終わりを告げた。
『決着ゥゥゥ!!!!
一瞬の隙を付いたことによる華麗な逆転劇を演じ、テツロウ選手が、3回戦にコマを進めたのです!!!』
哲郎が立ち上がり会場を後にしようとすると、後ろから呼ぶ声がした。ホキヨクだ。
振り返って見た表情からは悔しさなど微塵も感じないほどに生き生きしていた。
その顔だけで十分だ と哲郎は会場を後にした。これで完全に退路は絶たれた。
あの男は必ず上がってくる。いよいよ激突の時が来たのだ。