#189 The Inferno Tentacle 3 (Return The Wonder Forest)
彩奈の手が触れた瞬間、哲郎の視界は一瞬で彼女から暗闇に変わった。ここが彩奈の入った地下室であり、今は明かりが消えているという事を理解する。
(………よし、結構適応て来たな。
………なるほど。あの地下室はこうなってたのか…………
! これは……………!)
哲郎が地下室の内装より注目したのはそこに立ちこめる強烈な《花の臭い》だった。少しづつ地下室へと向かっていた彩奈はそこまで強く感じなかったが、一瞬で来た哲郎の鼻には尚更強く感じられた。
臭いを確認した次に哲郎が視線を送ったのは地下室の内装、そして奥にそびえ立つ大きな扉だった。
(………この扉か………………
さっきはこの奥に教祖が居たけど…………………。)
すぐに扉を開ける事はせず、耳を当てて中の音を聞く事を試みる。
(………何も聞こえない。見た所防音加工はしてないみたいだけど…………。
ここでも通信は生きてるなら、エクスさんに………………)
懐から水晶を取り出し、エクスに通信を試みる。しばらく水晶は反応しなかったが、淡い光を発した。
『━━━━━━テツ ロウか。』
「エクスさん! 聞こえますか!?
たった今、例の地下室に入りました!」
『━━ああ。 アヤナか ら全て聞 いた。』
少し通信が悪く音が飛んでいるが、何とか会話はできる状態ではある。
「これからマリナと転生者を探し出して拘束しようと思います。 エクスさんも万が一の時に備えて準備をしてて下さい。」
『あ あ。 分か った。
任せ ておけ 。』
通信状態は悪かったが一応要点は伝えられた と一安心した哲郎は水晶を懐にしまう。
(………やっぱり何も聞こえない………
もしかして中に居ないのか?
!)
扉に体重を掛けすぎた結果、鈍い音と共に何の抵抗も無く傾いた。
(鍵が掛かっていない!?
………もうこうなったら突入するしかないか……!!!)
哲郎は意を決して自分が通れるだけの隙間を空け、扉の向こう側へ飛び込んだ。鍵が掛かっていた場合にも備えて水晶から衝撃波を出してボルトを切断できるようにはしておいたが、それは不要に終わった。
暗闇に完全に《適応》した目は教祖が座っていた(と聞いた)玉座を捉えたが、そこに教祖の姿は無かった。
(………本当ならこの部屋は真っ暗だから教祖の人が居ないのはおかしくないけど、じゃあどこに……………?)
候補としてマリナの部屋にあった謎の穴を挙げたがすぐに却下した。陽の光に弱いという教祖(それはマリナの言った事だから信憑性は微妙)が地下室から出るとは考えにくいし、そもそも出て移動する時間は無かった筈だ。
(……教祖の人が地下室から出たとは考えにくいけど、じゃあどこに……………
!!)
玉座に近付いた哲郎の目は《ある物》を捉え、一瞬 血の気が引いた。玉座のそばで血溜まりが固まっていた。
(血!!? 何でこんな所に……!?
もしかして……………!!)
「んんっ!」
玉座の横側にもたれ掛かり、そして全体重をかける。すると『ズルズル』と鈍い音を立てて玉座が動き、その下に階段が現れた。
(地下室の中に更に階段……!
礼拝堂の入口に魔力で鍵を掛けておいたからここには必要ないって思ったのか…………。)
哲郎は慎重に階段を降りる。引きずる音に誰かが気付いた様子は無い。
(! これは………!!)
階段を下った哲郎を待っていたのは先程より更に大きな扉だった。
(………これは鉄でできてるみたいだな。
重いし鍵も掛かってるみたい…………
!!!)
『………あぁ主よ、あと何人の血を捧げれば弟は蘇るのでしょうか………………!?』
扉を調べるために身体を引っ付けた哲郎の耳に女性の話し声が入って来た。紛うことなきマリナの声だ。
(間違いない!! マリナはこの中にいる!!!
強行突破するしかないか!!)
扉の間に水晶を付けて衝撃波を流し、中の鍵の部分を切断する。そして扉からほんの少し距離を取り、両手を例の形にして振りかぶる。
魚人波掌 《杭波噴》!!!!!
バゴォン!!!!! 「!!!!?」
哲郎の全身の力を乗せた掌底は重い鉄の扉を強引に開けて壁に叩きつけた。部屋の奥から聞こえてきたのは紛れもないマリナの驚く声だ。
「な、何!!!?」
(居た!! 近いぞ!!!)
マリナの声をはっきりと聞いた哲郎は部屋の奥へと走って行く。
「!!!?」
部屋の奥で哲郎が見たのは蝋燭を持って跪くマリナ そして巨大な植物の怪物だった。
上部に上裸の教祖 マリアージュの上半身があり、その下にはずんぐりとした身体と大きな翼が生えている。哲郎はその姿に見覚えがあった。
「な、何よあなた!!!?」
(こ、こいつはまさか……………
《ヘルヘイム》!!!!?)
マリアージュの下に居たのは かつてパリム学園の公式戦でロイドフが繰り出した植物の魔物 《ヘルヘイム》 そのものだった。