#188 The Inferno Tentacle 2 (The Transporter)
哲郎は目の前の光景を把握しきれずにいた。
謎の蔓がセイナの四肢と口を縛り、壁に張り付けている。それが何であるかを理解するのに時間を要し、少しの間 立ち尽くしてしまったのだ。
セイナの表情は苦しんでいるというほどではなかったが死んでいるようには見えなかった。目を凝らすと呼吸で身体が軽く動いているのが分かる。
(………そういう事か。ここにいる《転生者》はどういう訳か女性ばかりを狙っている。
マリナさんは転生者の手駒で、卒業した信者の女の人達を捧げていたんだ!!!)
平気で女性の命を捧げるマリナの蛮行への怒りはすぐに心の隅に追いやった。今の哲郎に求められるのはどうやってセイナを救出するかだけだ。
(どうする? どうやってセイナさんを助け出す?
あの蔓(恐らく転生者の物)に人質を取られてる以上、下手な手出しができない…………!!)
蔓は依然としてセイナの身体を縛り上げるだけで哲郎には見向きもしない。まるで自分の事が見えていないかのようだ。
「哲郎さん お待たせしました
って うわっ!!!? な、何これ!!!?」
「!! 彩奈さん!!」
少し遅れて彩奈が医務室に入って来た。彼女も同様に蔓に縛られたセリナ という異様な光景に面食らった。
「! そうだ!!
彩奈さん、セイナさんに触れて下さい!!!」
「えっ!? あっ はいっ!!」
哲郎からの激ではっとした彩奈はすぐに哲郎の言葉の真意を理解し、そして走り出した。蔓はそれに気付いたかのようにセイナを縛り上げて壁に引きずり込む。
そして壁に亜空間ができたかのようにセイナの身体が壁に埋まっていく。
「ふんっ!」
彩奈が飛び掛ってセイナの身体に触れて《転送》を発動した。蔓に縛られていた彼女は一瞬にして哲郎の側へと移動する。女性の身体一人分の空間が出来た蔓は勢い余って収縮し、彩奈の目の前で絡まった。
セイナを拉致するという作戦が失敗したと理解したのか蔓は壁の中に潜って姿を消した。
「……な、何だったの 今の蔓………!!
あっ て、哲郎さん!! セイナさんは、セリナさんは大丈夫ですか!!?」
「安心して下さい。彼女は無事です。
何かで眠さらせているんでしょう。」
「そ、そうですか 良かった。
でもあの蔓は一体……? それになんでセイナさんを…………」
「……あの蔓は、恐らく彩奈さんが地下室で気配を感じたという《転生者》の物でしょう。」
「えっ!!!?」
彩奈は酷く驚いた反応を示した。
そして哲郎は昨夜見たマリナの奇妙な行動、そしてヴィンから聞いた彼女の凶行を順を追って説明する。
「そ、そんな……………!!!!
じゃああの人を殺したのはマリナさんだって言うんですか!!?」
「はい。少なくともヴィンさんはそう言っていました。それが本当じゃなきゃあの人もあんな事はやらないでしょう。
……それじゃあ彩奈さん、始めますよ。」
「えっ!? 始めるって 何を!?」
「《転送》を使って僕をあの地下室に送り届けて下さい!」
「!!? 何を言ってるんですか!!
そんな事したらどうやって戻ってくるんですか!?」
「それは後で考えます!! あの人のしっぽを掴むのは今しか無いんですよ!!!」
***
「お、弟さんの事故死…………!?
そのお姉さんがあのマリナさんだっていうんですか………!?」
「はい。もちろんこれは犯人の調べですから全幅の信頼は置けません。ですがそれが本当なら全てが繋がってきますよ。」
「……全てが 繋がる…………?」
「ええ。つまりこういう事ですよ。
恐らく、ここに潜む転生者はマリナさんの弟さんを何かしらの形で利用していて 女性の血を養分にしている植物のような何かなんですよ。
そしてマリナさんは弟さん関係の事で唆されて利用されてここを《卒業》した人達を殺してその血を捧げているんです。多分、『血をくれるなら弟を蘇らせてやる』とでも言われたんでしょう。」
「し、死んだ人を蘇らせる………!?
そんな事が出来るんですか…………!!!?」
「いや、ただの嘘でしょう。そもそもこれ自体僕の憶測ですし。
つまり、僕の言った通りなら マリナさんはその転生者に利用されているという訳です。
………尤も、仮にそうだったとしても彼女のやった(であろう)事を許す訳にはいきませんけどね。」
「…………!!!」
彩奈は哲郎の険しい目付きに面食らった。
彼が友人を二度も亡くした経験があり、それ故に命の重さを良く知る人間だとは知っていたが、いざ直面すると背筋に来る物がある。
「………あ! そうだ!
哲郎さんが地下室から戻ってこれる方法を思い付きましたよ!
レオルさんです。あの人が水晶に魔力を流せば外からあの地下室を開ける事ができるんじゃないですか!?」
「なるほど。それは名案ですね。
それじゃ…………」
「はい。分かりました!
……行く前に言っておきますけど、絶対に無理だけはしないで下さいね。」
「もちろんです。」
その返答を聞いた彩奈は哲郎の身体に触れて《転送》を発動し、マリナと共に訪れた地下室へと送り届けた。