#187 The Inferno Tentacle
「ん? どうしたんじゃ?」
ヴィンがそう声を掛けたくなる程に哲郎の顔は青ざめていた。とある懸念が頭の中に現実味を以て現れたからだ。
(………今、セイナさんは医務室に一人!!
もしこの宗教団体が、マリナさんがこの偲ぶ会の会場を引き受けた理由がセイナさんにあるとしたら…………………、)
「ま、まずい!!!!」
「!!? な、何がじゃ!!?」
ヴィンの問い掛けにも答える暇無く哲郎は椅子から立ち上がって部屋を後にしようとしていた。それ程の事が起こっているかもしれないと思ったからだ。
「待ちたまえ! どこに行くんじゃ!?」
「ヴィンさんはここで待機してて下さい!!
見つけるんですよ!! 彼女の本性を!!!!」
「!?」
ヴィンがさらに質問を重ねてくるかもしれないと言う可能性は当時の哲郎の頭には無かった。
ドアを蹴破らんとする程の勢いで力強く開けた。
***
「何だ何だ!!?」
「何!? 今の音!?」
「ヴィンさんの部屋から聞こえたぞ!!」
他の部屋に待機していた参列者達は、この状況で聞こえる筈のない扉を力強く開ける音に驚いて次々に様子を見に扉を開ける。
しかし参列者達の目には誰も映らない。哲郎は面倒事を避ける為に瞬時に天井近くまで飛び上がり、天井を沿うようにして飛びながら水晶を取り出して連絡を繋ぐ。
「エクスさん!! 彩奈さん!!」
『テツロウ! 事件は解決したのか!?』
『犯人はあの弁護士さんだったんですよね!?』
「はい。僕の推理は当たっていました!
ですがまだ事件は終わっていません!!」『!!?』
「今僕は医務室に向かっています!! ですから彩奈さんも何とかそこに向かってください!!
エクスさんはノアさんと、出来ればサラさんにもこの事を伝えて下さい!! もちろん、サラさんには《転生者》の事は伏せた上でね!!」
『待てテツロウ!一体何を焦っている!?
何か分かったのか!?』
「分かったかもしれないんですよ。なんでこのジェイルフィローネがこの偲ぶ会の会場を引き受けたのかがね!!!」
『!!?』
***
《エクスの屋敷の一室》
(何が何だか分からないが、あいつが言うならそうするべきだろう!!)
エクスは水晶に魔力を送り、ノアが持つ水晶に連絡を試みる。
『━━━━おう エクスか。
どうしたこんな時間に?なにか動きでもあったのか?』
「ああ。動きはあった。 テツロウが事件を解決したんだ!!」
『本当か!? それで犯人は!?
動機は何だったんだ!?』
「犯人はヴィンだ。 この前話した弁護士だ。
動機はまだ聞かなかった。テツロウのやつが慌てていたからな。」
『? 慌てていた?』
「詳しくは分からないが、なんでも『ジェイルフィローネがこの偲ぶ会を引き受けた理由が分かった』とか言っていた。
ノア、お前はこの事をサラにも伝えてくれ。
もちろん、《転生者》の事は伏せた上でな!!」
「サラに? あぁ 任せろ。」
***
《ジェイルフィローネの屋敷 一階》
(哲郎さん 医務室に向かえって言ってたけど、そんなのどうやってやればいいの………!!?)
立て続けに出された指示を必死に処理しながら、彩奈はとある行動に出た。
ドテッ!! 「あたっ!」
「!? リネンさん 大丈夫!?」
「…だ、大丈夫ですけど…………、
もしかしたら怪我してるかもしれませんし、ちょっと医務室に行ってきて良いですか? 念の為冷やしたいので……………」
「じゃあ私も行くよ!」
「だ、大丈夫です!! これくらい一人で行けますから!」
わざと転んで足を怪我をしたフリをして何とか一人で医務室に向かう口実を作った。
(……な、なんの事かまるで分からないけど哲郎さんの考えが間違ってたことは無いし、急がないと…………!!)
急がなければならないと頭の中で思っていても、不審に思われないように片足を少し引きずる演技は忘れない。
***
哲郎は天井スレスレを飛んで医務室の前に着いた。その前にも信者の少女が数人居る。
少女達と戦う時間も利点も無いと判断した哲郎は懐から小瓶を取り出した。中には黄緑色のポーションが入っている。地面に投げて割ると気化してそれを吸うと物の数秒で眠ってしまう。
エクスからいざという時のために渡されていた物だ。
(あの薙刀の人には使う隙が無かったけどこの人達になら行ける!!
上手くいってくれ!!)
ブンッ!!
パリンッ!! 『!!?』
天井から床に目掛けて小瓶を投げつけると、地面に激突した瓶は粉々に割れて中から薄い黄緑色の煙が溢れる。
何が起こったのか理解するより早く 扉の前にいた少女達は意識を失った。
本来、これを使った者は口を布で覆っていなければならないが《適応》を持つ哲郎はその限りではない。少女達が倒れるのとほぼ同時に扉を開けて医務室へと飛び込む。
「!!!? こ、これは…………………!!!!」
扉を開けた哲郎を待ち受けていたのは彼の想像を超える光景だった。
セイナの四肢と口が濃い緑色の蔓に縛られて、壁に磔になっている。