#177 Shelling Ford 10 (Change the transceiver)
哲郎は二階の通気口を這って進み、階段に一番近い出入口の真下まで来た。穴から覗いた分では階段の近くには誰も居ない。
(………ここには誰も居ないか。
問題は一階に人が居るかだよな。 よしっ!)
既に最大限 人目につかないように一階に降りる方法を思い付いていた。空中に浮いて階段の上の天井を這うようにして進み、誰にも見つかる事無く一階の天井まで戻る事に成功した。
(ここにも誰も居ない。僕が戦ってる間に何かこっちでも動きがあったのか…………。)
直ぐに一階の天井に通じる通気口を見つけ、身を隠す。リストを探す事を後に回した今は二階に上がる理由は無い。
(ここで何があったのか知りたいな。とりあえず 大広間に行ってみるか。)
***
(!)
哲郎が大広間にある通気口まで行って哲郎が見たのはそこにひしめき合ってすすり泣いている信者の少女達の姿だった。
(………皆はここに待機しているように言われたのか。ギルドの人達は…………外か。)
ギルドの人達は哲郎が窓から石を投げてしまった事で混乱し、外部犯の可能性も疑いだしている。しかし今の哲郎には外に出れるだけの自由は無い。
今の哲郎に残された課題はどうやって彩奈にもう一つの水晶を渡すか そして事件の解決 の二つだ。
(………ここに彩奈さんは居ないみたいだな。
じゃあ今度はあの現場に行くか。)
***
哲郎は物音を立てないように慎重に通気口を這って引き返し、元の持ち場である空き部屋の真上まで戻って来た。意外だったのはその部屋から話し声が聞こえてきた事だ。
(………あの人の声は聞こえない。
ここと外とを同時に調べてるのか。)
「おい、何か分かった事はあるか?」
「一通り調べてはみましたが、やはり遺体から漏れ出た保存魔法以外の魔素は検出されませんでした。」
「そうか。外部の報告では、割れた窓の近くには足跡も魔素も見つからなかった。あそこは二階。人間が飛び降りたらかなりの衝撃が地面に掛る筈なのにだ。」
「それはつまり………」
「ああ。先程の窓の一件は我々を撹乱させる為の物であった可能性があり、現時点では外部犯の可能性は五分と五分だと言わざるを得ない。」
哲郎はギルドの職員達の話をじっと聞いていた。恐らく彼らは窓の一件が捜査を撹乱する為の物なら一階の事件と同一犯だと考えている筈であり、更に状況は混乱してしまう。
(……事件の解決はまだ出来そうにないな。
とにかく、彩奈さんにこれを………)
懐から二つある水晶の内の一つを取り出して心の中で呟く。彩奈という情報源を確保する事が今の哲郎には必要不可欠だ。
***
しばらく探し回って哲郎は彩奈を見つけた。
人目につかない廊下でミアーナ ことアリナと二人で話している。
「リネンさん どうしたの?こんな所に呼び出して。 ギルドの人達に待機しておくように言われたのに。」
「あ、あの ミアーナさん。」
「?」
「一つ 聞いておきたい事がありまして。
その、エレナさん って どんな人だったんですか?」 「!!!」
彩奈の言葉を聞いてアリナの表情が一気に険しくなった。たどたどしい口調ながらかなり人と話す事ができている。
「…………とてもいい人だった。」 「!」
「私がここに入った時にはもうここの中ではかなり有名になってて、だけどあっという間に《卒業》しちゃって…………。」
「…………………。」
(ここでは二人一組の行動が鉄則化しているから彩奈さんが一人になるのはかなり難しい。
それにギルドから待機しておくように言われたから、今すぐにでも戻らなきゃ不審に思われる。
すぐにでも行動を起こさなきゃな。)
彩奈が通気口の後ろに来た瞬間、哲郎は頭で考えている事を実行に移した。
(頼むから、割れないでよ……………)
通気口から静かに水晶を落とした。水晶は『コツン』と軽く音を立てて床に落ちる。
哲郎の危惧は現実にはならず、ヒビひとつ入る事無く床に転がった。
「! 何あれ!?」
「あ! こ、これは………」
彩奈は咄嗟に気付いた振りをして水晶に覆いかぶさり、それを拾い上げた。
「リネンさん、それってあなたの?」
「は、はい。大した物じゃないんですけど 子供の頃から持ってる物で……………」
彩奈は苦笑いを浮かべてアリナの追求をやり過ごした。この通話水晶はいわば自分たちを繋ぐ物であり、絶たれる事は決して防がねばならない。
「それよりリネンさん、そろそろ戻った方が良いよ。話はもう終わったんでしょ?」
「!! は、はい。そうですね。
すみません 付き合わせちゃって。」
「良いの良いの それくらい。」
二人は廊下を進んでいく。哲郎はその様子をじっと見つめていた。
「………彩奈さん。早速ですがお願いしたい事があります。
………ギルドの人に事件の事を聞いて欲しいんです。」