#175 Shelling Ford 8 (Binder and Stealer)
「哲郎さん! 紐ってこんなので良いですか?」
「十分です。 ありがとうございます。」
彩奈が持ってきたヒモを受け取って、哲郎は薙刀の女性の方に向き直した。女性は依然として意識を失ったままだ。
(えーと、確かこうやって…………)
「……………!!」
哲郎はまず 女性の両腕を縛り上げ、両足を曲げて繋いで更に縛り、完全に全身の自由を奪った。淡々と行われるその光景を彩奈はただ見ている事しか出来なかった。
「よし!これで大丈夫だ。」
「……………」
哲郎の捕縛は完全に終了し、その足元には先程まで自信満々の表情を浮かべていた女性が無様な姿で横たわっていた。
「ん? どうかしましたか?」
「いや、よくこんなの知っていたな って思いまして…………」
「これはエクスさんが教えてくれたんですよ。いざという時の為に身につけておけって言われましてね。」
「そうですか…………。」
「はい。それじゃあ お願いします。」
「分かりました。」
彩奈は縛られた女性の身体に触れ、その身体をエクスの屋敷の部屋に《転送》した。
これで侵入者である自分の存在を知る敵はこの宗教団体には居なくなった。懐から水晶を取り出して通信を図る。
「ノアさん、聞こえますか?
たった今そっちに敵の女性が来た筈です。確認して下さい。」
『ああ。たった今来た。わいせつ物がな。』
「? わい……? 何ですか?」
『いや、何でもない。(こいつはまだ子供だったな。)
で、どうやってリストを探すんだ?』
「決まってるじゃないですか。彩奈さんの力を借りるんですよ。」 『「!」』
哲郎は彩奈の方に視線を向けた。その表情は彼女を信頼した穏やかな顔だ。
「彩奈さん、確か初めてここに入った日にその制服を貰う為にマリナさんの部屋に入りましたよね?ならこの中に僕を《転送》出来ますよね?」
「は、はい。
でもその後どうするんですか?」
「部屋はみんな内側は鍵を開けられるから大丈夫ですよ。」
「で、でもそれじゃ鍵が開けっ放しになるじゃないですか!もし部屋にマリナさんが帰ってきたら…………」
「その前に事件を解いて彼女の正体を暴けば何の問題もありませんよ。」
「あ………!」
彩奈は完全に忘れていたが、一階下では遺体を誰が部屋に置いたのか騒いでいるのだ。
「それじゃあ私が哲郎さんをあの地下室に送りますよ!そしたらあの教祖様の事とかも分かるかもしれないじゃないですか!」
「それは危険ですよ。まだあの人みたいな手練が居るかもしれないですし。それに僕が地下室に行った後、魔法で施錠されたあの部屋からどうやって出るんですか?」
「ああ。 そ、そうですね。」
質問を終えた彩奈は哲郎に促されて彼の身体に触り、頭の中に制服を受け取ったマリナの部屋を浮かべた。
一瞬の内に哲郎の視界は廊下から屋敷の部屋に変わった。
(よし。上手くいったな。 さて…………)
哲郎は窓際に置かれた大きなたんすに目を向けた。見られて都合の悪い物を鍵をかけた部屋の中に隠すならこういう場所と相場が決まっている。
「…………………
ど、どこにも無い…………!!」
たんすや部屋の中にはリストらしい物は何も無かった。リストともなれば分厚い紙の束になり、目立つ筈だ。
(………この部屋には無いのか?
いや、そんな筈は無い。昨夜の行動からしてマリナさんがこの宗教団体の《転生者》と絡んでいる事は間違いないんだ。この屋敷の中であの人のプライベートが守れる場所は限られてる。
だけど、もし彩奈さんの言った通り 地下室にあるとしたら厄介だぞ…………………
!)
「何だこれ…………?」
哲郎はたんすの引き出しの奥に光る物を見つけた。引き出しを外して奥を除くと、そこには水晶のような物があった。
(! 動かない? 固定されてるのか?)
「あっ!」
哲郎は動かない水晶に手を伸ばし、それを動かそうと様々な方向に力を掛けた。すると水晶はその場で回転した。
ズゴゴゴゴ!!!!! 「!!!!?」
哲郎が居る部屋全体が轟音と共に揺り動く。立っているのもやっとな程だ。
「…………!!! い、一体何だったんだ…………!!
!!!」
背後に気配を感じて振り返ると、扉の側に飾ってあった絵が心做しか前方に迫り出していた。
手を伸ばすと、それは簡単に外れた。
「こ、これは……………!!!」
絵の裏柄には壁ではなく絵と同じくらいの大きさの長方形の穴が開いていた。暗くて良くは見えないが、かなり奥まで続いているように見える。
(そんな馬鹿な!!
ここに穴があるなら、この先は廊下に通じてる筈だぞ!!!)
哲郎の目の前の穴の向こうは廊下にしてはあまりにも暗く、そして深かった。
彩奈から一時的に借りた水晶を使ってノアとの通信を試みる。
「ノアさん!聞こえますか!?
マリナさんの部屋で、リストとは違う異変を見つけました!!」
『一体何をやってるんだお前は!!!』 「!?」
『早くその場を離れろ!!!
今の震動を一階の奴らが嗅ぎつけてどんどんそっちに上がってきてるぞ!!!!』 「!!!」