#173 Shelling Ford 6 (Chain Armor)
哲郎は猛攻を受けている最中でも自分の技の威力を疑う事は無かった。
目の前の女の耐久力では自分の魚人波掌を耐える事は叶わないだろうと。しかし薙刀の猛攻という鉄壁の防御、そして自分の存在は誰にも知られてはならないというハンデに阻まれてそれは実現には至らなかった。
哲郎に残された道は彼女の首を締め上げて気絶させるしか無かった。
(頼む!! 決まってくれ!!!)
哲郎は自身に出せる全開の速度を以て女性の首に腕を回す。今の自分の腕力でも女の細い首なら薙刀の刃が自分に届く前に意識を断ち切れるという確信があった。
ヒュッ!! 「!!!」
女性は自分の首が締められる前に身を屈めて哲郎の腕を躱した。
「ぐっ!!?」
腕を交差させて隙ができた腹に薙刀の石突が襲いかかり、鳩尾に当たった。身体をくの字に折り曲げて直撃を回避するが吹き飛ばされて再び間合いができてしまう。
「…………!!!」
「どうした? 今のが最後の切り札か?それが不発に終わっちまったって訳だ。」 「!!!」
「最後に聞いておくぞ。
ここに潜り込んだ目的、そしてそのバックに誰がいるか洗いざらい吐け。そしたら命は助けてやるよ。」
「………教えない と言ったら?」
「そん時ァぶちのめして マリアージュ様の前に晒してやるぜ。」
「…………………!!」
哲郎は自分の《適応》の能力の実力を良く知り、そして目の前に立っている女には自分の命を奪うだけの力は持ち合わせていないという事を理解していた。
だが同時にその能力に頼り切る事は出来ないという事も理解している。意識を奪われたら待っているのは死とは別の 敗北だ。
(………落ち着け。考えてみればあの人が持っているのはレーナさんが持ってた槍と同じような物なんだ。
あの時みたいに刃の付け根を掴んで投げ飛ばせば勝つ事は出来る。)
「そんじゃあ行くぜ!!!!」
「哲郎さん!!!!」 「!?」
薙刀の女性は後ろから聞こえてきた彩奈の声に一瞬 気を取られた。
(彩奈さん!! 今だ!!!) 「!!!」
哲郎は一瞬 出来た隙を見逃さずに駆け出して一気に間合いを潰しにかかる。
「!! こ、このガキ!!!」
「もう遅いです!!」
魚人波掌 《杭波噴》!!!!
「!!!!」
哲郎の渾身の掌底が女性の腹に直撃した。哲郎はこの一撃で女性の意識を完全に断ち切れるという確信があった━━━━━━
ジャリッ 「!!?」
哲郎は小さな金属音と細かい金属の感触に異変を覚えた。それを意に返す暇も無く女性は吹き飛んで彩奈のそばで倒れ伏す。
「━━━━━━━━━━
カハッ!!!」 「!!」
女性は息を切らしながらも立ち上がって再び 哲郎と相対した。彼女の腹部の凹みも普段見る物とは違っている。
「………ハアッ ハアッ!!
なんつー腕力だよ 小僧テメェ………………!!!
けど、こいつのお陰で助かった見てぇだな………!!!」
「!!」
女性が服を剥がすと肌着や腹ではなく、複雑に巻き付いた鎖が現れた。哲郎はエクスの屋敷で一度 それを見た経験があった。
(あれは確かエクスさんの屋敷に保管されていた………名前は確か 《鎖帷子》!!!)
女性の腹を覆う鎖が 魚人波掌の衝撃を受け流し彼女の腹の水分に響くのを防いだのだ。
「………それはそうと……………」
「!!!
も、申し訳ありません!!! 一階のトイレが混んでて二階のを使おうと思ったんですが 邪魔をしてしまいました!!!」
彩奈は女性が睨みつけるや否や階段を駆け下りて下に降りて行った。少なくとも女性の目にはそう見えた。
「……全く余計な邪魔が入っちまったな。
お陰で受けなくてもいい一発を受けちまった。」
「………邪魔 ですか。」
***
彩奈が階段を降りる直前、哲郎は彼女に連絡を送った。エクスに『砕けた欠片の状態でも水晶を握ったりして身体に密着させれば腹話術でも連絡を取る』事が出来ると言われたのを土壇場で思い出し、それを実行したのだ。
『彩奈さん、落ち着いて下さい!
大丈夫です。この人には僕達の関係はバレていません。一度階段を降りて、踊り場辺りで待機してて下さい。
僕が合図をしたら階段を上がって━━━━━』
***
「小僧、今の動きは魚人族のそれだよな。
流派はどこだ? ってかそんな物を誰に習った?」
「知ってるんですか。
だけど流派とかはありません。これはとある女の人に教わった物ですから。」
「そうかい。そんな女がいるなら是非会ってみてぇな。」
薙刀の女性は勝利を確信したように笑みを浮かべている。哲郎の技を二度も防いだ事がその確信を確固たる物にしているのだ。
「言っとくが俺はお前を殺さなくてもマリアージュ様はそう優しくはねえぞ。
教祖様に楯突いた事を後悔したって知らねぇからな。」
(………あなたが思っている程優しくないのは僕も同じですよ。)