#164 Bloody Party
哲郎の耳には静かに食べ物を噛む音がずっと聞こえている。彩奈からの連絡事項が正しければ7時30分の現在は朝食を取る時間だ。
ちなみに食事の用意は当番制で二ヶ月に一回 一週間の間通常より一時間早く起きて全員分の料理を作る決まりになっているらしい。
そして哲郎はこの時間は片手を開けて手の平を上に向けておく必要があった。
(………もうすぐ来るな………………
!)
哲郎の手の中にソーセージを挟んだロールパンが三個転送された。送られてくるや否やもう片方の手に持っていた水と一緒に朝食を始める。その最中にも水晶から聞こえてくる声に耳を傾ける。
『え! リネンさんお代りしたの?!
結構食べるんだねー。』
『は、はい。昨日は忙しくてお腹空いちゃって……………』
(…………この声は昨日彩奈さんがここに来た時の女の人の物か。
恐らくあの栗毛の人 名前は確か 《ポンノ》さんだったっけ。)
彩奈が少しづつ集めた情報で最初に出てきた四人の顔と名前は分かっている。
黒髪の少女は《シリカ》
薄緑の髪の少女は《レスタ》
金髪褐色の少女は《パレナ》 という。
(………あと僕がやらなきゃいけないのは………………)
哲郎はロールパンを食べながら水晶から映し出される屋敷の見取り図に目をやった。彩奈がマリナに渡された偲ぶ会で自分の役割を理解するために会場や客室にする場所を書き込んだ物だ。
そして哲郎が今いる場所は誰も寄り付かない(予定の)空き部屋の上にあたる。
(偶然ここには覗ける通気口があるけど まぁ使い道は無いだろうな……………。)
人の気配はおろか埃一つ無く整然とした部屋を見下ろしながら哲郎は最後の一口を飲み込んだ。
***
朝食を終えた信者達はマリナを先頭にして全員 広い庭に集められた。
「初めまして ジェイルフィローネの皆さん。
本日は父の為に無理を言ってもらって感謝します。私が娘の《セイナ・ヴィンロール》です。
よろしくお願いします。」
「こちらこそよろしくお願いします。
ここの 責任者をやっているマリナといいます。
お父様とのお別れの時を良くするために私たち全員で尽力致します。」
水晶からは今までの誰でもない 少し深みのある女性の声が聞こえてくる。
(………今のが巨匠の娘さんか。
もしマリナさんが何か企んでるならこの人も危険にさらされる可能性がある。
取り敢えずエクスさんを伝って情報を集めるか…………。)
水晶からエクスを呼び出す。
「エクスさんですか 哲郎です。
今 巨匠の娘さんがここに来ましたよね?その人の顔をこっちに出せますか? オーバー?」
『ああ 待っていろ 今そっちに送る。』
「!」
哲郎の前に金髪の大人の女性の顔写真が映し出された。
「あと、出来れば死んだっていうセインっていう人の顔も送ってくれませんか?」
エクスは返事の代わりにセインの顔写真を映し出した。 元は金色であったであろう髪はほとんど白く染まり、髭もたくましく生えている。
「……これはいつ頃の写真ですか? オーバー。」
『ざっと三年くらい前だ。俺が会ったのはその時が最後だ。後の事は良く知らない。
そもそも俺の家はそいつとそこまで仲良くなかったからな。』
「この人がなんで死んだのかは分かりますか?具体的に何が死因とかはあるんですか? オーバー?」
『招待状にはただの老衰と書いてあったぞ。
80歳まで生きたそうだ。天寿を全うしたと考えて間違いないだろ。』
「老衰? にしてはこの娘さん、かなり若そうですけど」
『そりゃそうだ。セインはずっと子供に恵まれず、やっと出来た子供がそのセイナで、50の時にできたそうだ。』
「なるほど 結婚って色々な形があるんですね…………
『!』」
哲郎とエクスの耳は同時に状況の変化を捉えた。
***
「……ではお呼びしているゲストの皆様はもう少ししたら来るはずですので。
これから本来のホテルの人達が数名来ますのでその人たちの指示を受けて下さい。」
「分かりました。 でしたら私達はそれまで会場の準備や掃除を済ませておきます。」
「よろしくお願いします。」
セイナと名乗った女性が外に向かって歩を進める。哲郎の耳にはその足取りは少しだけ重々しく感じられた。
天寿を全うしたといっても実父の死は堪えるものがあるのだろう。
彼女が退出したのを見届けてマリナは
「さぁみんな! 今日は忙しくなるわよ!!
手筈通りに厨房と会場を準備して、残りの人は全員でお外や他の階の掃除に取り掛かって!
それと、忙しくなるから作業は必ず二人一組で担当してね!」
「えっ!? 二人一組!?
あの私 何も聞かされて無いんですけど…………」
後ろの方に立っていた彩奈が手を挙げた。
「あ! そうだったわ。 すっかり忘れてた。
じゃあとりあえずリネンさんには………
ミアーナさん、悪いけどリネンさんと組んでくれるかしら。 あなた達仲良さそうにしてたから。」
「はい。 分かりました。」
ミアーナ ことアリナは嫌な顔一つせずに快諾した。哲郎とエクスはそれを 状況が大きく好転した と喝采を上げた。