#163 Parasite the filone 8 (Midnight Strategy)
哲郎との通信を終え、彩奈は明日に備えて早々に休むことを命じられた。元よりジェイルフィローネは規則正しい生活を送り体調を崩さない為に遅くとも日付が変わる前には消灯する規則なのだ。
しかし唯一 その中で消灯時刻をすぎてなお活動する人物が一人居た。
全ての照明が消え月の光が照らす通路に小さく 『トンっ』 という着地する音が鳴る。
(ん〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!!!
あー 背中とか肩とか色々痛い………………)
音を立てて下手をして見つかれば一巻の終わりのこの状況でも哲郎は一度通気口から脱して身体を伸ばす事を選んだ。 当然だが潜伏していたこの二日間 入浴どころか気を緩めることすら出来なかった。
(昨日 この時間は誰も来なかったしそもそもここの近くには人が近づくような場所も無い。
少しだけゆっくりしていくか…………)
暗闇に適応した目で周囲を見渡した後で彩奈から貰ったエネルギー補給用のチョコレートバーに手を付ける。ただ待ち続けるという苦行の前には単純な味覚すら貴重な精神安定剤として機能する。
(歯磨きはノアさんがくれた魔法を使ってどうにかするとして、問題は…………)
エクスも彩奈も明日に備えて休んでいる。
哲郎はこの状況で寝るべきか否かの選択を迫られているのだ。
(彩奈さんが言っていた《転生者》の正体を探るなら今しか無いよな。だけどこの状況で見つかったらたとえ変装していたとしても絶対に怪しまれる…………
やっぱり寝た方が良いか……………
ッ!!!)
哲郎の耳に右方向から歩いてくる足音が飛び込んできた。瞬間に哲郎は反射的に音を出す事無く天井へと張り付いて歩いてくる者に備える。
(誰だ!? こんな時間に出歩く人が居るなんて(僕に言う資格は無いかもだけど)………!!
!?)
蝋燭の淡い光が黒い服を照らしていた。そしてその人物がマリナであると理解する。
(あの人 こんな時間に何やってるんだ?
それに持っているのは……………)
マリナは両手でトレーを持っていた。そこに乗っていたのは件の蝋燭、そして一人分の食事だ。
(……ご飯…………… だよな? 一体誰の………
とにかく後を付けるか。)
マリナは慣れた足付きで足音一つ立てず歩を進め、そして屋敷を出て外 礼拝堂へと向かって行く。哲郎も植え込みを巧みに使って身を隠しながら備考を続ける。
(礼拝堂? あんな場所になんの用があるんだ?
エクスさんに画像を送って貰ったけど一階にも地下にも怪しい所なんて
!!!)
不意にマリナが後ろを向いた。すぐに前を向いて歩き出すが哲郎はそこで尾行を断念した。
(〜〜〜〜〜〜〜!!! 危なかった……………!!!
僕の存在に勘づいたのか!? それとも普段からあんなに気を張ってるのか……………!?
と、とにかくこれ以上の尾行は危険だな。帰って休もう……………。)
マリナが戻って来るのを待たずに哲郎は通気口を辿って元いた場所に戻った。マリナが何をやっていたのかが気になって眠れないかもしれない と思ったが疲労は意外に強く 早い段階で意識を睡眠へと持って行った。
***
ガンッ と起き上がった時に低い天井に頭を打ち付ける という事も無く哲郎は横になったまま目を覚ました。目をこすって眠気から脳を剥がし懐に入れた水晶でエクスとの通信を試みる。
『…………テツロウか。おはよう と言っておこうか。オーバー。』
「はい おはようございます。
今何時か分かりますか? オーバー?」
『安心しろ。今は7時前だ。
起床時間は7時からだからな。顔を洗いたいならノアを起こして水の魔法でも送って貰うがどうだ? オーバー。』
「いえ それは結構です。
それよりも大変なんですよ。みんなが寝た後で重大そうな情報を手にしたんです。オーバー。」
『……重大な情報 だと? それは何だ?』
哲郎は昨夜に見たマリナの不振な動きをこと細かく説明した。
『……それは間違いないのか?何かの見間違いという可能性は?』
「……いえ。ちゃんと見えていました。少なくともここの幹部の服を着ていたのは間違いありません。そして彼女は礼拝堂へと向かって行きました。
その後に(恐らく)勘づかれて そこで尾行は断念しちゃいましたけど。
………やっぱりおかしいですよね。この一件。
あの行動ももちろん どうして偲ぶ会なんて目立つ事を引き受けたのかや例の噂の事もですけど。まず間違いなく何か裏があるとは思うんです。
昨日も触れましたけどそれこそこれから来る重役達に危険が及ぶ可能性もあります。それだけは絶対に止めなければいけませんから。」
『俺達も元よりそのつもりだ。
もう7時になるから通話を切るぞ。
後はアヤナの様子を見ながら潜伏に徹し、何か異常が起きたらすぐに連絡しろ。』
「分かりました。」
哲郎が通話を切った直後、屋敷に朝を告げる音が響き、信者達が次々と目を覚ました。