#148 The Sand Master
国王親衛隊 オルグダーグ・ウェドマンド
彼の前世は現在の華々しい経歴と対照的に平凡な物である。魔王などになって脚光を浴びることも、いじめを受けるといった過酷な目に合うこともなかった。
彼の前世は成年になって土地を調査する仕事に就き、そして生涯その道を貫いた後 天寿を全うして彼なりに充実した人生を終えた。
***
「…………………それだけですか???」
予想に反してあまりに早く終わってしまったオルグダーグの身の上話につい拍子抜けしてしまった。ましてやその長さは人一人が数十年生きてきた物とはとても思えず、自分の前世の方が長く語れる自信すらあった。
「そうだ。今のが私の過去話だ。
味気無いと思うならそうしてくれても構わない。」
「いえいえそんな風には思ってませんよ。」
オルグダーグも人生の全てが土地の調査だった訳では無い。自分に必要最低限の事を伝えた結果があの短さなのだ。
「それで次は、私のどこが《不完全》なのか話すとしようか。」
「え? 不完全? オルグさんがですか?」
「さっき『君も』と言っただろう?」
「あ、ああ。」
完全に聞き逃していた。
「オルグさんの不完全な点って何なんですか?」
「今 私の前世は地質調査員だと言っただろ?
現世の私はその前世を実感できていないんだ。」
「実感できていない?」
「君は異世界にいる今 自分の過去をはっきり 《実体験》として覚えているだろ?
私は自分の前世を 例えるなら伝記を読んだ時のように《知識》としてしか知らないんだ。」
「そうですか。ちなみに自分が転生者だと分かったのは何時頃の話ですか?」
「十年程前だな。」
「なるほど…………(早いのか遅いのか分からないな……………)。」
***
出された飲み物に一回口をつけた後、哲郎は話題を変える事にした。
「オルグさん、もう一つ聞きたい事があります。」 「?」
「弟さんの事、どう思ってますか?」
「!!
……………それはどういう意味だ?」
「そのままの意味です。これから裁判にかけられる事になるんですよ?」
オルグダーグは目を閉じて数秒した後に口を開いた。
「………熱心でこそあったがついて行く男を間違えた それだけの事だ。」
「…………………………」
オルグダーグの目は家族に対する物とは思えない程冷たかった。ワードのただ 兄を見習って上を目指す という言葉が思い出される。
「ちなみに聞いておきたいんですが、魔法式を改造して新しい魔法を作るのって具体的にどれくらい凄いことなんですか?」
「……魔力の才に恵まれていればさして難しいことでは無いが、そうでなければ途方も無い労力を要することになる。」
「…………それはどういう意味ですか?」
「それはあいつと戦った君がよく知っている筈だ。」 「!!」
ワードの泥の変幻自在の猛攻は哲郎とミゲルが協力して初めてどうにかできた代物だ。もし哲郎単独なら万全の状態でも押し切られていた可能性すらある。
彼の泥の魔法が磨き上げられていた事は火を見るより明らかである。オルグダーグの言葉は 弟の力を肯定している と解釈することにした。
そして話題を最後の質問に移す。
「それでオルグさん、最後に聞いておきたい事が、」 「?」
「僕達は偽ラドラ達と戦う心積りでいますが、オルグさんはどうですか?」
「………それをわざわざ私に聞くのか?
この世界の破滅などという思い上がった考えは何としても止めなければならないだろ。
それに、」 「!!」
その瞬間、哲郎の目にはオルグダーグの視線が冷たく光っているように見えた。
「私の弟を良いように利用した代償は耳を揃えて返してもらう必要があるからな。」
「………………………!!!」
哲郎は最後までオルグダーグが弟をどう思っているのか分からなかった。
***
オルグダーグとの対談からしばらく経ち、哲郎の場所は城の十階の大広間へと移った。
大広間の奥の玉座に国王が座り、その両端に大量の傍聴者が座っている。そのどれもが豪華かつかしこまった服装をしていた。
哲郎は呼ばれた時に証人台に立つ手筈になっている。
その広間に偽ラドラ配下の九人が入って来た。拘束されるでもなく強制されるでもなく この状況を甘んじて受け入れているように見えた。 実際に傍聴席からも避難の声は少しも聞こえなかった。
「皆の者 静粛に。
これより パリム学園いじめ問題 並びにラドラ・マリオネス寮長成りすまし事件の裁判を執り行う物もする。」
国王のその言葉だけで元々静かだった大広間にさらに緊張が走った。
(……いよいよ始まるのか………………!!!)
哲郎にとってはこの裁判は自分が敵対する巨悪と戦う事において重要な役割を担う。その裁判がこれから幕を開けるのだ。