#135 The mothership
「………あの、テツロウ さんで良いでしょうか?」
「はい。 何ですか?」
エクスが用意したベッドのある部屋に向かう途中でラドラが哲郎に声をかけた。
気を張っていないと彼が死闘を繰り広げた姫塚里香とは違うという事を忘れかねない。
「……僕は一体 どうしてしまったんでしょうか?」 「!」
哲郎は返答に困った。
ついさっき目覚めたばかりの彼にとって自分に成り代わっていた偽物が学園を乗っ取ろうとしていたなどと知ったら何が起こるか分かったものでは無い。
「それは部屋に着いてからお話しします。
それと、一つ僕の質問に答えてくれますか?」
「はい。 何でしょうか?」
「あなたは半年以上前からパリム学園の人間族科で高い実力を見せていたそうですが、それは本当ですか?」
「それはあまり分かりませんが、少なくとも試験はしっかりとこなしていましたよ?」
「……そうですか………。」
(後でラドラさんが半年前からおかしくなかったか生徒達に聞いておく必要があるな…………。)
哲郎は歩きながら思考を巡らせる。
姫塚里香の正体はもちろんの事、彼女が何故 ラドラに白羽の矢を立てたのか など分からないことは山のようにある。
「ウワッ!!?」 「ヒャッ!!?」
哲郎の身体が何かにぶつかった。
痛む身体を擦りながら目を開けるとぶつかったのは給仕服に身を包んだ哲郎と同じくらいの年齢の少女だった。
黒髪を肩甲骨の辺りまで伸ばし、その毛先は赤く染っている。
「あぁ すみません!」
「こ、こちらこそすみません!!
!」 「?」
給仕服の少女は哲郎を見て一瞬 目を丸くした。
「あの、エクスさんの屋敷の給仕ですよね?」
「は、はい!」
「エクスさんがベッドを用意している筈なんですけど、こっちの方向で合ってますよね?」
「はい。 もう既に用意はできています!」
少女は通路の奥の方を指さした。
***
「………じゃあここで休んでください。」
「………分かりました。」
哲郎はラドラを用意された簡易ベッドに寝かせた。
「それとひとつ聞いておきたいんですけど」
「? 何です?」
「《七本之牙》って聞いた事ありますか?」
「? ………せぶんず………まぎあ…………?
何ですかそれは?」
「そうですよね…………。」 「?」
ラドラの まるでてんで何を言っているのか分からない というような表情を見て|姫塚里香《死闘を繰り広げたラドラ》とは別人であるという事を再び心に刻みつけた。
***
哲郎は広間に戻ってエクスとノアと接触した。
「……そういう訳で、ラドラのベッドへの案内が終わりました。」
「「そうか。」」
(……給仕の人に会った事くらいわざわざ言う事もないよね。僕を見てちょっと驚いてたのもきっとエクスさんから聞いてたからだろうし。)
里香の残していった八面体を探すためにノアの家を出てから既に数時間が経過している。何も知らされていない母親に疑われる事を避ける為にはすぐにでも家に戻る必要がある。
「七本之牙の方はどうなっています?」
「まだ軟禁室で大人しくしてもらっている。
あいつらはまだ自分達が騙されていたという実感が持てていないようだ。」
「……それならまだ本物のラドラに会わせる訳にはいきませんね。」
本来 そんな気を遣うような義理など無い人間達だが彼等もまた姫塚里香に騙されていた被害者でもあるのだ。
「………もう日も傾いていますし、この場はミゲルさんにでも任せてそろそろ家に戻るとしましょうか。」
「そうだな。」
***
「もう! 突然家を出ちゃって 心配しちゃったじゃないの!」
「あ、あぁ すまない。
学校に忘れ物があったのを思い出してな。」
家に戻った三人を待っていたのは頬を膨らませる母親の姿だった。
「もうすぐご飯できるから手を洗って来てね!」
部屋に戻る母の後を追うように三人も玄関に上がった。
「…………あんなにタジタジする事あるんですね。転生前魔王もこれじゃ形無しですね。」
「うるさい。 俺も今はただの一人の学生に過ぎないんだ。」
今まで見せていなかった顰め面をしながら歩を進める。 そんな姿を見て哲郎は忘れかけていた母親という存在が息子にとってどれほど強大かを再確認した。
「あ そういえば」 「?」
エクスの方を見て質問を仰ぐ。
「エクスさんの両親ってまだ会ってないですよね?あの屋敷にいないんですか?」
「ああ。家族の中であの屋敷に住んでるのは俺とファンだけだ。
こんな危なっかしい仕事をしているからな、安全な田舎に別荘を建てて、そこに住んでもらっている。」
「そういう事だったんですか。」
いずれエクスの両親とも話がしたい とそんな気楽な事を考えていた。