#131 【Intermission】Bouillabaisse
予期せぬラドラ寮との戦いが開けた翌日 哲郎とエクスはノアの家に向かっていた。
戦いが開けたその日はエクスの家で入浴や食事を済ませ、戦いの疲れを存分に癒した。
「……エクスさんはノアさんの家に行ったことはあるんですか?」
「ああ。最近は忙しくて行けてなかったが知り合った当初は毎日のように互いの家に行っていたな。」
「それはどれくらい前なんですか?」
「初めて会ったのが入学してすぐの事だったから 8年くらい前だな。」
そうなればエクスはノアの母とも面識がある筈だが家に行った時にはその事を一言も言っていなかった。それもノアが自分に緊張を与えない為に伏せていたのだろう。
「!」
そうこうしている間にノアの家が見えてきた。
最後に行ってからまだ数週間しか経っていないのにまるで何年かぶりに来たような感覚を覚える。 それほどまでにパリム学園での日々は色濃いものだった。
***
「いらっしゃい テツロウ君!!
エクス君も久しぶりね!!」
『お久しぶりです。』
チャイムを鳴らすとこの前と同じようにノアの母が扉を開けて出てきた。エクスが隣にいること以外は初めて来た時と全く同じだ。
そしてそれと同時にエクスが敬語を使うのを初めて見たと目の端で頭を下げる彼を見る。
「もうすぐお昼時でしょう?
ご飯作ってるから早く上がって!」
リビングの方を指さして上機嫌に誘う。
「また作ってくれたんですか?!」
「ええ! ノアちゃんから全部聞いてるわよ!
学園の公式戦 大活躍だったそうじゃない!」
(ちゃん付け?! しかも公式戦の事しか知ってないの??!)
哲郎にとって公式戦でやった事といえばアイズンを公衆の面前で叩きのめした事くらいで本当に頑張ったのはその後のハンマー、レイザー、ワード そしてラドラの四連戦の方だ。
一気に情報が入ってくるがとりあえずリビングに足を運ぶ事にした。
***
リビングに入って哲郎の目に最初に入ってきたのは机に置かれた鍋料理だった。鍋の中にはトマトベースのスープで煮込まれた魚の切り身や海老が入っていた。
哲郎の記憶が正しければそれは家族旅行で行ったホテルで食べた料理に酷似している。
「………これって【ブイヤベース】ですか?」
「そうよ! よく知ってるわね!
テツロウ君がお魚が好きだって聞いたから作ってみたのよ!」
異世界にもソテーがあるのだからブイヤベースがあってもべつに不思議は無い。しかしてっきりキノコ料理が出てくると思っていた哲郎は一瞬 面食らった。
ましてや自分の口に合った料理が出てくるなどと予想もしていなかった。
「ほら 遠慮しないで! テツロウ君の為に作ったんだから!
公式戦の疲れをここで癒して行ってよ!」
「は、はい。」
哲郎の中の感覚では異世界に来てから随分と経つがそれでも自分の家族に会えない辛さが完全に拭えた訳では無い。
今は母親の温情がありがたかった。
***
料理に舌鼓を打った後に哲郎はエクスと一緒にノアの部屋に足を運んだ。
「あのブイヤベース とても美味しかったですね!」
「ああ。 あの料理の腕は家の給仕にも習って欲しいくらいの物があるからな。」
エクスの表情も心做しかラドラと戦っていた頃より穏やかに見えた。
ラドラとの戦いで気が詰まっていたのだろうと解釈する。
そんな事を考えている間にノアの部屋の前に着いた。
「ノア 来たぞ。」
「もう準備は出来ている。上がってくれ。」
部屋に入ると部屋の中央に二つの深皿が置かれているのが見えた。その中にはポップコーンとピスタチオが山盛りに入っている。そしてその脇には様々な飲み物も置かれていた。
今日は既にこの家に泊まる事は決まっていたが、それでもかなりの量が入っていた。
「……いかにもこれからお泊まり会を始めようという感じですね…………。」
「もちろんそのつもりで用意した。
今日はゆっくりと骨を休めてくれ。」
公式戦とラドラ寮との戦いで疲弊していた精神にはありがたい限りなので 哲郎は素直に部屋に入った。
ボウルを囲んで三人で床に座る。
「…………さて、まずは何から話せばいい?」
扉を閉めるとノアの顔付きが急に険しくなった。 ここに来たのはあくまでラドラ扮する里香から得た情報交換が目的だ。
「そうですね。では昨日送った里香が残した物について何か分かったことはありますか?」
「お前が小包にして送ってきたあの生首と二枚の事だな。あの紙については大した情報は入ってなかったが、この首からはなかなかの情報が手に入った。」
ノアは目の前にラドラの人形の生首を置いた。
「この人形はただの木偶人形なんだが、二つ魔法式が組み込んであった。
一つは【神経に鑑賞して表面の食感を人間の肌触りに錯覚させる】魔法式 もう一つは俺の立てた予想通り 【転生者に自分が転生者である事を悟らせないようにする妨害魔法】の魔法式だ。」
「!!」
ラドラの人形は哲郎の方を凝視していた。
生首になって全く動かない今でも戦った時の威圧感を放っているように感じた。