#119 Black lightning shooter
根源魔法 《皇之黒雷》
哲郎が魔界コロシアムの三回戦でレオルに食らった魔界公爵家に伝わる秘伝の奥義である。
それを何故 目の前にいるこの男が使えるのかを考えている余裕は無かった。 必死に身体を捻って目の前に飛んでくる黒い雷を避ける。
既にそれに【適応】している事は自分が一番よく理解していたが、そんな事を考える暇もなく身体は勝手に動いていた。
「…………………!!!!」
「……ほう。避けたか。」
哲郎がさっきまでいた所、即ち雷が直撃した場所が黒焦げに変色し、煙をもんもんと立てている。その事実がさらに哲郎の頭の中に拭いきれない恐怖を植え付けた。
「いつまでそっちを見ているつもりだ?」
「!!!
!!!!?」
ラドラの方に目をやって 哲郎はさらに驚愕した。 彼の隣にある人形の腕は黒焦げの木の棒に変色している。しかし魔法を打ったラドラの身体にはなんの異変も見られなかったのだ。
魔力の根源から力を借りて打ち出す根源魔法を使うと、使った者の身体も無事では済まない。
しかし今の彼の状態はその定義を真っ向から否定していた。
哲郎はすぐにその答えを導き出した。
(……人形の腕を使って打ったからか…………!!!)
「その顔、どうやら分かったようだね。
私は今 この腕を媒体にして魔法を放った。単純明快なからくりさ。
拳銃を使って弾丸を打っても身体には多少反動があるだけで大してダメージがないようにね。」
(? 拳銃??)
勝ち誇ったように手の内を淡々と語るラドラを哲郎は恐怖を隅に追いやって見つめる。
あの強力な魔法をどうにかしない限り彼と戦うことはおろか 彼に近づくことさえ叶わない。
「…………それから君は勘違いしているかもしれないが、」 「?」
「こんな人形の腕なら私は何本だって作れる。」
「!!!!?」
ラドラの周囲に先ほどと同じ巨大な腕がいくつも形成された。その全ての手の平に《皇之黒雷》の魔法陣が浮かび上がっている。
「私の魔力をもってすればこれくらいの物を連発する事など造作もない。」
(冗談じゃない!!! あんなのが何発も飛んでくるなんて!!!!)
既に【適応】した魔法で死ぬ事は無いと考えていたが、それが何発も襲ってくれば押し切られる可能性は決して低くはない。少しでも意識を失おうものなら、待っているのはラドラの毒牙だ。
かつてないほどの逆境に更なる追い討ちをかけるように黒の雷が塊になって哲郎に襲いかかる。
(………………!!!
こうなったらあれをやるしか!!)
「!!?」
哲郎は今までに使っていない構えを取った。
身体を半身に傾けて前の腕を自然に下ろし手の平は上を向けている。
(……………………………ここだ!!!!)
魚人武術 滑川
《粼》!!!!!
「!!!?」
魔法の先端が眼前に迫った瞬間、腕を振り上げて魔法の起動を変える。雷は哲郎の寸前で折れ曲がり、後方へと飛んで行った。
「……………………!!!」
「既に経験した技に何度もかかる程 僕は弱くありませんよ!!! 何発撃たれようとも捌ききって見せます!!!!」
「………!!」
哲郎の精一杯の啖呵でラドラの表情に歪みが見えた。
(………熟練されたマーシャルアーツは魔法にも干渉できると聞いていたが、まさかそこまで達しているとはな……………。)
「……魔界公爵家の秘伝を模倣すれば勝てると思ったんだが、読みが違ったな。
折角 わざわざあの場所に足を運んで魔法式を見させてもらったんだがな。」
「……魔界コロシアムを見ていたんですか。」
(あの魔法式を一目見ただけで覚えたのか!!?)
「もう僕にその魔法は効きません!!
今度こそあなたを━━━━━━━━━━━━
!!!!?」
ラドラとの距離を詰めようとした瞬間、哲郎の足首に激痛が走った。
(何だ!!? !!!!?)
足首に視線を送ると、そこに魔力の棒が突き刺さっていた。
(何をされたんだ!!? こんな事が人形の魔法で出来るのか!!!?)
「……私の手の内の一つを潰した程度でいい気になるとは 噂通りの天狗っぷりだな。」
「……………!!!」
激痛に耐えながらラドラの方に目をやると、懐から何かを取り出す所だった。
「根源魔法が私の奥の手だと何時言った?
そんな物は数ある攻撃手段の一つに過ぎない。君の次の対戦相手はこれだ。」
「…………………!!!」
ラドラの懐から取り出されたものはやはり人形だったが、それは藁を糸で縛って《人の形》を象った物だった。
そしてその足首に針が突き刺さっていた。
「《藁人形》
これも立派な人形魔法の戦法の一つだ。」