#117 The entruster
「……テツロウ君、健闘を祈るぞ。」
「はい。 ミゲルさんも気をつけてくださいね。」
負傷から歩ける程度にまで回復したミゲルは両手でワードを抱えて通路の反対側を歩いていく。その背中にワード そしてレイザーの身柄も任せられるという確信があった。
「………さて、僕も行くか……………。」
両手で軽く頬を叩いて己を鼓舞し、哲郎はミゲルと逆の方向へと歩く。疲労に【適応】できるこの身体のありがたさをひしひしと感じていた。
***
「たった今 ミゲルから連絡があった。
ワード・ウェドマンドを確保し、レイザー・マッハと一緒にここまで連行しに向かっている。そしてラドラとは テツロウが直接戦うと報告があった。」
自分の部屋でエクスはトムソンとエルコム そしてミリア達 女子生徒にそう伝えた。
「………テツロウさん、大丈夫なんでしょうか……………?」
「………………………」
哲郎に助け出された女子生徒達は彼の身の安全を心配する。不安が連鎖するようにざわつきが大きくなる中でエクスはかける言葉が見つからなかった。
「…………大丈夫かどうかは俺には分からない。 だが これだけは言える。
あいつは勝ったとしても負けたとしても全力でラドラに勝ちに行くだろう。俺はあいつの勝利に全てを賭けた。
だからお前達もあいつを信じてくれ。」
「寮長………………」
言葉を探して見つけ出したのは『くれ』という語尾で締め括られた懇願の言葉だった。
エクス自身もまた哲郎という年端も行かない少年に自分の思いを託さなくてはならない心苦しさに苛まれているのだ。
その苦しそうな表情を見て、ミリア達も哲郎に信じて待つ決意を固めた。
***
「…………この通路、あそこにそっくりだな………………。」
哲郎が歩いている通路はグスを尾行している時に見つけた隠された通路に瓜二つだったのだ。
「!」
通路を抜けるとそこは四角形の空間だった。
壁のそれぞれに通路が通されており、その全てが奥が暗闇に包まれるほど長い。
コツっ 「!!!?」
通路の奥から軽い足音が響き、哲郎は咄嗟に身構えた。
「………! テツロウさん!!」
「ファンさんに アリスさん!?
無事だったんですね!!」
「! テツロウ君じゃないか!!それにファン様も!!!」
「ガリウムさん!!」
左の通路からファンとアリス、右の通路からガリウムが姿を現した。四人共無事出会えた事は哲郎の心に喜び そして余裕を与えた。
***
「………そうか。ミゲルが負傷して離脱したのか………。」
「はい。ですが彼のおかげで彼らの一角を落とすことができたんですよ。」
「分かった。俺も追っ手は倒して部屋の中に拘束して置いてある。」
「分かりました。 それで、ファンさんとアリスさんも追っ手に勝ったんですか?」
「はい。彼女が力を解放してくれたおかげで勝つことができたんです。」
「力?」
「そうなんです アリスさんは風の妖精の血を持ってたんですよ!」
そして哲郎はアリスの口から彼女の血筋や風を操る魔法の事を聞く運びになった。
そして二人が勝利したという事実は同時にもう一つの事を示していた。
「僕がハンマーとレイザーを倒して、ミゲルさんと一緒にワードを倒した。
それでガリウムさんが一人、ファンさんとアリスさんが二人倒したということは、」
「そういうことだ。
残りの七本之牙はラドラ・マリオネスただ一人という事だ。」
『……………………!!!』
指折りで数えた指の形が6を示し、この長い戦いが遂に佳境に差し掛かっている事を意味していた。
「………それで これはエクスさんに言ったことなんですが、 ラドラとは僕が一対一で戦おうと思うんです。」
『!!?』
三人共 一瞬驚きの反応を示したが、哲郎の真剣な表情で彼のエクスの思いを継ぐという固い決心を納得させられた。
「………ラドラはこの奥にいるんですよね。
皆さんはエクスさんの先に所に戻ってください。必ず無事に戻ります。」
「分かった。健闘を祈るぞ。」
「テツロウさん、必ず戻ってきてくださいね!」
「僕もお兄様の思いをテツロウさんに託します!」
「はい。 ありがとうございます!!」
三人に別れを告げて哲郎は残された通路の奥へと入って行った。
自分にはこんなに頼もしい仲間ができたが、この依頼は元々 ソロの冒険者として受けたものであり、自分自身の力で乗り越えると最初から決めていた。
***
ラドラは椅子に座って人形の頭を撫でていた。そうして待っていると、部屋の扉を叩く音が聞こえた。
「…………入り給え。」
「…………失礼します。」
ついに哲郎はラドラと相対した。
「まさか君のような少年に六人共倒されるとは思わなかったよ。手放しで褒めてあげたいくらいだ。」
「……僕一人の力で勝つことが出来たみたいな言い方は止めてもらいましょうか。
ここまで来ることが出来たのはミゲルさん達が支えてくれたおかげなんですよ。」
ラドラからの賞賛は最早 嫌味としか聞こえなかった。扉の閉まる音が最終戦の始まりを告げるゴングと化した。