ヒロイン早く来い
私の名前は、ブラシュ。
正直に言おう。私は異世界からやってくる少女を主人公にした乙女ゲームに転生した元異世界人で、王子の婚約者というweb小説ならテンプレ悪役令嬢になりそうなポジションの人間だ。しかし実際のゲームでブラシュは別に悪役ではない。王子ルートでは婚約破棄にはなるけれど、だからといって破滅させられることも、身分を剥奪されることも、修道院送りになる事もない。
そもそも十八歳未満がやるゲームなので、恋愛泥沼劇なハードシーンはないのだ。あくまでキャラデザインと純愛と物語の謎を解きながら進める部分に魅力を持ってきている。
ならブラシュは何だという話だが、彼女はただの脇役だ。主人公が王子ルートに入ると、【異世界乙女】として召喚された主人公と王子の婚約に納得し、あっさり身を引く。その他ルートに入ったら、王子の婚約者として彼女を褒めたたえる立場だ。
このゲームでのブラシュは王子の婚約者という立場でありながら、最初から脇役という運命が定められたかのように影の薄い人物だ。まずイラストからして地味だった。黒髪にブラウンの瞳という目立たせる気皆無の色彩で、ブスではないが主人公より目立たないようにできている。さらに作中では彼女の事が語られる場面がほぼない。主人公と行動を共にする王子の口からもほぼ語られることがないところから推測するに、ラブラブなんて事はないだろう。嫌悪の感情もなさそうなので、どちらかといえば婚約者という名のビジネスパートナーと言った方が正しいのではないだろうか……たぶん。たぶんと言うのは、作中でのブラシュは影が薄すぎて、本当に情報がないのだ。とりあえず王子とあっさり婚約破棄するところからみても溺愛されているなんてこともなく、主人公の葛藤にも使えないような名前だけの婚約者なんだろう。
そして私が異世界転生者となった今、さっさと王子ルートに入って、婚約破棄されようと思っている次第である。何故ならこのまま婚約を続け結婚したら、私がロイヤルファミリーの一員になるという事だ。正直に言おう。無理だ。自分で言うのもなんだけど、むいていない。ブラシュの中に前世でもモブっぽかった私の記憶があることにより、よりモブ度が極められた。その結果こんな人格が形成され、未来の王妃なんて言われた日には、人様の夢壊すとしか思えないレベルとなっている。そもそも謀略も駆け引きも無理。胃に穴が空く。
現在の私は物語のブラシュ同様、性格は内気で人見知りだ。どちらかといえばネガティブ思考で、見た目も前世の記憶通りブスではないが特徴が薄く、頭脳は普通。まあなんというかそりゃ脇役になるわという特徴のなさ。
……これは本気で婚約破棄目指さなくてはいけない。このまま王妃になったら、絶対周りの貴族にお飾り扱いされて、ないがしろにされるに違いない。きっと王子の寵愛がないがために使用人にまで馬鹿にされ、王宮の片隅でしくしくしてそうだ。無理。鬱になる未来しかみえない。もういっそ、主人公に嫌われて強制排除的なものになってもいいから、やるしかないと思っていた。
長々と私の事を語ってみたが、十六年生きてブラシュの人生における最大のピンチはそこではないと最近気がついた。
いや、私の人生においては、婚約、結婚なんて一大イベントだ。破棄になるかならないかは、本当に大きな分岐点だと思う。
でも世界が滅亡してしまったら、結婚もくそもない。
「なんで、いまだに異世界乙女が召喚されないんですか?!」
「まだそんな夢物語を信じていたのか」
呆れたように私の発言にため息をつき、可哀想な者を見る目をむけてくるのは、実の兄であるポレールだ。まあ、呆れられるのも分かるよ。この世界には、『世界に危機が訪れた時、異世界より舞い降りし乙女が再び光へと導く』という予言がある。ゲームでは皆信じていた。しかし実際の世界では、予言の類いはあくまでも未来予測のひとつに過ぎないという扱いだ。特に出所のわからない過激なものは、戒めに使われても本気では信じられていない。分かる。だって、私も前世で神様信じてなかったし。ノストラダムスの大予言もネタ扱いだったし。
「いや、だって。異世界乙女が来るなら、今でしょってタイミングじゃないですか?! 【災厄】が現れたんですよ? もう、今現れなかったら、いつ現れるのという話です」
【災厄】と言うのは、世界と世界の狭間から現れた化け物の事で、彼らはブラックホールのような存在だ。とにかくこの世界のものを何でも食べる。人だろうと物だろうと構わない。そして一定エネルギーが溜まると消滅するのだ。ネタバレすれば【災厄】はこちらの世界でのエネルギーがマイナス状態なので、ゼロになるまで食らい続ける存在なのだ。
真相ルートで【災厄】の正体が、異世界召喚を研究していた人が生み出した、運悪く世界の狭間に落ち亡くなった犠牲者達だという事は知っているので【災厄】をただの化け物だと切り捨てるには心が痛い。それでも私たちが生き残るには【災厄】がこの世界に戻ってくるのを仕方がないよねと見過ごす事はできないのだ。
ちなみに主人公である異世界乙女は、ホワイトホールのような存在だ。こちらの世界へ渡ってくる時に世界の狭間に落ちた者たちの失ったエネルギーと繋がった設定になっている。そのためそのエネルギーを彼らに返す事ができる唯一の存在なのだ。なので彼女がいれば、災厄は無力化できるし、彼女の旅のおかげで世界の壁の歪みを見つける事もでき、最終的に世界の狭間に落ちるという事故を今後防ぐ事が出来るようになる。そしてその歪みを治す時、異世界乙女は帰るか残るかの選択を選ぶことになるのだ。
うんうん。異世界乙女の旅は涙なしでは語れない色んなドラマがあるのだけれど、異世界乙女が来なければ滅亡一直線の涙しかない物語の完成だ。最悪すぎる。
「お兄様、本気で探さないと、取り返しのつかないことになりますわ」
世界の破滅とか、妹の人生の破滅(王子と結婚)とか。
そもそも、異世界乙女が召喚されない今、何で私と婚約したんだ王子と声を大にして訴えたい。もっといい子いただろ。身分も釣り合って。
私の家、一応母が公爵出身ではあるが、ただの伯爵家である。いや、伯爵家だから、婚約破棄になった時に、まあ仕方がないかとなあなあに別れられるんだけどさ。これが公爵家だったらプライド云々でとんでもないことになりかねないのも分かるけどさ。
破棄できなかった時の私の負担を考えてほしい。きっと王妃になったら、公爵家の姫に嫌みを言われてネチネチいじめられるのだ。まだ今は4歳だけど。どちらかというと、抱っことかせがまれ腱鞘炎の危機におちいりつつ、シスコン公爵子息にネチネチされてるけど。……そう言えばあのシスコン公爵兄も攻略対象だった。主人公と結ばれればシスコンが改善するけれど、悪いな。主人公は王子のものだ。
とはいえ、既に公爵子息には王妃なんて無理だろとディスられ、破棄されたら、可哀想だから娶ってやるとも言われた。だが、断る。公爵夫人でも荷が重い。彼には、頑張って自力でシスコンからの脱却してもらうしかない。頑張れ。超頑張れ。顔だけはいいから、きっといいお相手が見つかって脱却できるはずだ。
「だから異世界乙女なんて夢物語だっていってるだろ。そんなもの居ないし、この世界にいる俺達が何とかしなければいけない問題なんだよ」
「何とかできてないから、被害報告が酷いのでしょう? 私たちはとにかく予言にすがるべきかと思います」
小さな村が丸ッと消えたという報告もすでに受けている。言葉だけならサラッと流せても、これは物語ではない。つまりそこにいた何十人の命が、未来が、無慈悲に奪われたという事なのだ。想像するだけで涙が出て吐きそうになる。
最悪だ。本来なら、もっと早く異世界の乙女が来るはずなのに。何で遅刻してるの?
「それにこれまでだって、私の未来予測当たりましたよね? 私の勘が異世界乙女は絶対いると言ってます」
「それは……」
予言がある世界なので、この世界には未来予測という、占い学が存在する。様々なものを使い、未来視するのだけど、この未来予測はあながち偽情報とはいえない。頭がいいわけではないのでうまく説明できないが、占い学により世界の真理を垣間見れるという世界観なのだ。
ちなみに私はその占い学にちょこっと前世でやったゲーム知識を加えて、危機を救ったりしている。占い学という学問が存在して良かった。おかげで国に大きな災害が起こるタイミングを占い学とゲーム知識のすり合わせで当てる事ができて、最小限に食い止めることができたのだ。
確かゲームでは、災害の所為でこの国はズタボロだった。そこに【災厄】まで出てきて、てんやわんやとなっていたのだ。戦争を匂わせる話は出てこないが、災害による食糧難で、主人公達の旅のシーンが結構辛い感じになる。ちなみに作中で語られた災害は日照りが続いた上で蝗害が起こり、食べるものにも困る感じだ。ゲームでは主人公、飛蝗の丸焼きを勧められ、ぶっ倒れそうになっていた。分かる。私も虫食は受け付けない。足と羽をもげば美味しいとか、そういう問題ではない。嫌なものは嫌なのだ。
というわけで、私はその災害を避けるべく、ひたすら占いの腕を磨いた。そして日照りによる災害の始まりを当て、続いて蝗害の始まりの地を、死に物狂いで当てた。これも虫食を回避するための、根性のなせる業だ。王妃になる根性はなくても、食を守る根性だけはある。
既に王子とはどういうわけか婚約してしまっていたので、主人公が来るまでの間はありがたく権力を使わせていただくことにした。王子の協力の下、川が干上がり草原になってしまった場所に植え付けられた飛蝗の卵やそこで孵化した子供を干ばつによる災害で困っている農家の人を使って捕まえてもらい、買い取る方法をとったのだ。
おかげで飛蝗が群生する事をみごと回避し、何とか飛蝗の丸焼きを食べる未来を回避した次第だ。ちなみにここで磨いた蝗害を当てる能力は今後も活用し、この先も虫食だけは避ける予定だ。大丈夫。王子の婚約者でなくても実績があるから、きっと話は聞いてもらえるはずだ。
というわけで、私としてもこれ以上は権力もいらないので、そろそろ婚約破棄で構わないのだけど……ヒロインが現れない。現れないから、世界の危機になっているし、私も婚約破棄ができない。困ったことになった。
「……やはり無理にでも異世界乙女を召喚するべきなのではないでしょうか?」
「駄目だろ。これはこの世界の問題だ。異世界の者を巻き込むわけにはいかない。俺はお前をそんな人でなしの王妃にはしたくない」
正論だ。うちの兄ってば、すっごく道徳観がまともすぎる。うん。分かるよ。自分達が助かるために無関係の人を巻き込んで、その人の人生めちゃくちゃにするなんて酷い話だ。
「でもこのままでは、より多くの民が犠牲となります。いいえ、民だけではなく、お父様お母様、お兄様だって犠牲にならないとは限りません」
名も知らぬ村人が犠牲になったと聞いただけでもこんなに苦しいのだ。知り合いに何かあったらと想像すると、震えが止まらなくなり、涙が出てくる。毎日、毎日、本当に不安なのだ。
「ですからもしも召喚しか方法がなく、こちらの世界へ来ていた時は、異世界乙女に次期王妃の座を譲ろうと思っています。この国の女性の最高位を渡したとしても彼女の心は晴れないかもしれませんが、せめてもの償いになればと」
というか、たぶんゲームですんなり婚約破棄が行われたのも、これなんだろうなと思う。結局のところ、異界から来た少女への償いとお礼として、少女が望むこの国でも価値があるものを渡すのだ。
「……お前は、そこまで考えていたのか」
「はい。ですから、お兄様もエトワール殿下の説得をお願いします。王子には、召喚した際、異世界乙女のフォローをお願いしたいのです」
というか、流石に恋愛を深めずに婚約は、前世の記憶から察するに異世界人にはキツイ。償いではなく嫌がらせになる可能性が高い。なので、お互いちゃんと恋を育んでもらう必要がある。
「ブラシュ、その必要はないよ」
兄を上手く丸め込めたと思った矢先に、突然扉が開き王子が入って来た。
タイミングいいな。まるで、外で話を聞いていたかのようだ。……というか、聞いていたな? 絶対そうだ。だって、ポレールが目をそらしてる。兄もエトワール殿下がいることを知っていたという事だ。
まあ、ここ私の家だし。いくら王子様でも無断で入ったらダメだろう。
「君はいつだって、僕との婚約に消極的だったね。それはこれを未来予測していたからかな?」
「殿下……」
消極的なのは、王妃とか無理というだけだけどねと思いつつも、それをぶっちゃけられない寒気を感じ、私の口は敬称を呼ぶだけで止まる。せめてもっともらしい言葉で取り繕うべきだとは頭では分かっていたが、その言葉すら出てこない。
「ポレール、ブラシュと二人きりにしてくれないか?」
「かしこまりました」
「えっ。お兄様?!」
私を置いていかないでと首を振るが、何を思ったか、親指立ててこっそりウインクして出ていきやがった。言葉にはしていないけれど、分かる。これは、あれだ。二人っきりにしてやるから頑張れよってやつだ。
うぉぉぉぉい。長年一緒に住んでるんだから、妹の内心ぐらい気づいてよ。これは恥ずかしがって首を振っているんじゃない事に気が付いて。
しかし妹の助けを求める空気を読めない兄は、そのまま部屋を出ていき、無情にもパタンと音を立てて扉がしまった。
「で、殿下。その、お座り下さい」
先ほどまで兄とは立ち話をしていたが、流石に王子相手に屋敷内で立ち話とかない。というわけで椅子をすすめると、ありがとうと言って彼は座った。……今すぐお帰り願いたいと思っているのに、長年培われた令嬢としての行動をとってしまう自分が憎い。
「あの。どういったご用件でしょうか?」
「うん。実はね、君が話していた、異世界乙女について話がしたくて来たんだ」
「そ、そうでしたか」
私は何となく王子を真っ直ぐ見れなくて目線をそらす。なんというか、妙に黒い邪気が出ている気がする。そもそも、私はどうして異世界乙女の話を兄としていたんだっけか……。あっ、【災厄】の話題を兄からふられて、そこからそういう話になったんだ。
……兄がこの話題を振ったのは偶然ではないよね? 王子もわざわざ近くで待機していたっぽいし。
もしかして、エトワールも私と同じように召喚してその後少女を優遇するために婚約破棄を申し込もうと考えていらしたとか?
あり得るわ。うんうん。エトワールって、私と違ってすっごく頭いいし、私が思いつく事なんて全部思いついてそうだし。
でも、だったら何で、不機嫌な空気纏ってみえるのかしら? 女性から婚約破棄を考えているという言葉を不快に思ったとか? どうせ結果が同じならどちらからその案が出ても同じでしょうに。面倒臭いわねぇ。
まあ指摘されたら素直に謝ってしまおう。目的が同じ方向を向いているなら、別に私のプライドなんてくそくらえだし。
「それでね、異世界乙女の事なんだけど、それってブラシュの事なんじゃないかなと思ったんだ」
「――はい?」
どんな言葉が来ても上手く切り抜けてみせると思っていたけれど、これは考えていなかった。えっ。何で異世界少女が=私だなんて変な発想になったのかしら?
「いや、私、生まれも育ちもこの国ですし、なんならお父様とお母様にお尋ねになられてもいいですが、養子の線もないかと思いますが」
兄は黒髪に碧眼なので、私と目の色は違うが、私の瞳の色は母親譲りなので全然おかしくない。そして私の顔は父にも兄にも似ているので、養子という線は薄い。
「昔、ブラシュは前世の記憶があると話してくれただろう?」
「はい。そうですね」
日照りと蝗害を占うにあたり協力を求める際、どうしてそれが起こると思ったのかと尋ねられ、正直に告白したのだ。
その頃は私も王子の婚約者に選ばれてしまったとはいえ、ただの子供だったし。ただの子供が必要な知識を得るために何とかしたくても、子供が故にやれる範囲が狭い。そこでどうせ婚約破棄になるなら頭のおかしな女だなと思われてもいいかと思い、私の妄想が当たったら儲けものじゃないですかという流れで王子を説得し、さらに具体的な未来予測ができたら助けて欲しいとお願いしたのだ。その後頑張って過去の膨大なデータとにらめっこして、占い学も多種多様に学んで、何とか時期と発生場所を絞ったのだ。
私の頭があまりよろしくなくても、食の為なら、死ぬ気で頑張れる。
でもそれと異世界少女の話が全く繋がらない。
「ブラシュの前世は異世界人なんだよね」
「まあ、そうなりますね。そうでないとこちらの未来を記したものを見ることはできませんし」
「なら一度君は通り抜けてきているんじゃないか? 異世界の壁を」
んんん?
いや、確かに理屈としてはそうなるけどさ。
「でも、異世界の予言では私は異世界乙女とは別の人物として書かれてましたし、違うんじゃないですかね?」
こんな影の薄いのが主人公ってあり得ないし、そもそも王子ルートでちゃんと同時に出てくる場面があるので、実は一人二役でしたなんてネタもありえない。
「未来予測も百パーセント正しいとは言えないだろ? その予言書だって百パーセント正しいとは限らない」
まあ、そうだけどね。そもそも王子ルート以外に、公爵子息ルートとか、マフィアボスルートとかあったし。強制的に王子ルートにしてしまえと思ってはいますけど。
「そもそも、君の影が薄いと描かれているのが、既に信用ならない」
「ええええ。地味で平凡で、影が薄いじゃないですか。多少派手なのは、伯爵令嬢っていう肩書だけじゃないですか」
「そこに王子の婚約者というのも付け加えてくれるかな? そしてね。君自身がどうであれ、王子の婚約者なのに影が薄いなんてあり得ると思う?」
「……実際あり得てしまっていると思うのですけれど」
あり得ないと言われても、実際地味だし。容姿も性格も、脳みその程度も。
「予言書に書かれたブラシュは、わざと目立たないようにして居たんじゃないかな?」
「えっ。わざと?」
「うん。そしてね、わざと隠れる理由は、異世界乙女が現れた時に争わずに済ませるためかなと思ったんだ。上手に修羅場にもならず、切り抜けたんでしょ?」
そう言われれば、確かに彼女はあっさり婚約破棄になれば引き下がるし、そうでなければ太鼓持ちになっていた。
「賢い女性なんだよね。そこで描かれている君は」
「はぁ」
予言書の自分が賢いと言われても、実際に私が賢いわけではないのでとても微妙だ。
というか逆に言えば、私は賢くないと言われているような……でも賢くないからなぁ。事実だから怒りも湧かない。
「何で予言に描かれたブラシュに隠れる必要があるのかなと思ってね、異世界乙女に【災厄】を消す事ができる力があるかどうかを見極める石、君にも試しに持ってもらったんだ」
「へー……えっ、いつです?!」
「君が寝てる時」
「ひぃ。お、乙女の部屋に勝手に侵入したんですか?!」
「婚約者だけど未婚なのに、ごめんね?」
いや、すっごく謝り方が軽いし。軽すぎて、王家の者が軽々しく謝らないで下さいって言う気にもならない。そもそもその石って確か国宝じゃなかったんでしたっけ?!
確かゲームの序盤で、主人公が試しに持って光り輝く場面があったけれど。あったけれど。うぉぉぉい。何しちゃってるの、この王子。
「安心して。ちゃんと責任はとるから」
「いいです。気にしませんから」
いらない。その責任はマジいらない。責任をとられた方が安心できない。
「そう? でね、ちゃんと光ったから、大丈夫。君も異世界乙女だよ」
大丈夫って、何が大丈夫だというのか。
全然、大丈夫じゃない。
「というわけで、頑張って【災厄】を封じ込めよう? 君には、褒美にこの国で一番地位がある女性の座を上げるからね」
「結局、現状のままって事ですよね?!」
それ私への利点がないんですけど?! ニコニコ笑う王子に向かって私は叫んだ。どうしてこうなった。意味が分からない。
ヒーローは遅れてやってくるとか聞くけれど、ヒロイン遅れたら、マジで居場所がなくなるぞ。ねえ。だから。ヒロイン早く来い!!
◇◆◇◆◇◆
どうもー。ブラシュの婚約者の王子です。
僕の婚約者が、可愛くて可愛くて、時々憎らしくなるぐらい可愛いから、色々罠はってみました。
そもそもだよ。王家が伯爵家の女性を婚約者に据えるメリットなんてそんなにないんだよね。もちろん身分差で許されないというほどでもないけれど。でも伯爵家の女性はブラシュだけじゃない。それでも乗り気でない彼女を婚約者に据えたって事はさ、普通僕が望んだからだって気づくべきだと思うんだよね。それがどうして、僕が執着していないなんて結論になるんだろうね。
本当に、ブラシュはちょっと腹が立つぐらい変わってるよね。
彼女との出会いは、とても普通。僕の婚約者を選ぶためのお茶会で出会ったんだ。
周りの少女はませていて結婚を夢見る乙女って感じだったけれど、彼女はそりゃもう可哀想になるぐらい緊張していてね、それが妙に可愛かったんだよね。
それで、とりあえず候補に残して何度かお茶会を重ねたんだけど、彼女って結構頭もいいし、勘もよかったんだ。できるだけ目立たないようにしようとしているのか聞き上手であまり話さないんだ。でも会話が止まってしまったり、誰かが粗相をしてしまったり、暴走して喧嘩になりそうな時は、さりげなく口を出して話をうまくまとめるんだ。
凄いよね。
どの令嬢も、茶会が終われば楽しかったと言っているんだよ。本来もっとギスギスするはずなのにね。その上だんだん、ご令嬢達の目当てが僕ではなくブラシュに変わってしまっていたのに笑えたんだ。ただ、当のブラシュは気が付いていないっぽいんだよね。自分はザ・地味だと思い込んでるし。確かに見た目に派手さはないし自己主張もほぼないけれど、あれだけの人気を集めて影が薄いとか、何の冗談だろうと思うよ。
そんなわけで、僕の中で婚約者は彼女しかいないかなと思ったんだけれど、ブラシュって王妃になりたくないみたいなんだよね。分からなくもないけれどそれを言ったら、お互い様だよ。王様なんて面倒で恨みを買いそうなものに僕だってなりたくない。でも僕は王子に生まれたから王になる為の努力をする義務がある。でもそれは貴族であるブラシュも同じだよね? ならなくてもいい可能性だってあるけれど、望まれればなるしかない。
そんな感じで婚約してすぐに、彼女から異世界人だった前世の記憶があるというとんでもない事実を暴露された。最初は婚約したくないための出鱈目かなと思ったけれど、災害を回避するための協力を求められ、そして真剣に勉強して、本当に未来予測してしまった時に、彼女は一言も嘘はついていなかったのだと理解したんだ。
それと同時に、彼女の語った未来の中にあった、異世界乙女と【災厄】の話も事実なのだろうと気が付いた。ブラシュは僕が異世界乙女に惹かれるようなことを言っていたけれど、努力家な彼女が好きになった今、その未来予測は不快でしかない。ただ、世界を救った異世界少女にはそれ相応の地位を与えなければならなくなり、俺の婚約者が変わる可能性が高いことに気が付いた。
「だから、彼女が知っている異界の予言書に載ってるブラシュは最初から逃げたんだね」
きっと彼女が前世で見た予言書にのっているブラシュは賢い上に、逃げる事に特化していたのだろう。だから民を見捨て、影が薄いふりをした。貴族ならいくら貧困になっても虫を食べることなんてあり得ないからね。わざわざ関わる必要がない。
そして予言書に書かれたブラシュは、確かに王妃に向いていない。婚約破棄すべき子だったのだと思う。例え【災厄】をどうにかする力があったとしても。
でも僕が知るブラシュは、民の為に努力に努力を重ね、本来だったら大規模な被害を起こすはずだった災害を予測して回避した。そんな事をすれば、いくら見た目や中身が地味でも目立つと分かりそうなものなのに、彼女は逃げなかった。
ねえ。そんな子をさ、僕が逃がすと思う?
僕もブラシュから聞いた内容を精査してね、未来予測して、異世界乙女が召喚されないようにして、別の方法で【災厄】に立ち向かう事にしたんだ。この世界にある予言からも外れることになるから恐怖もあるよ。でもね、ブラシュに【災厄】を消す力があると分かった時、腹をくくったよ。
きっと君が異世界乙女の場所に入れれば、もうこの婚約を誰も否定する事はできないよね?
もしかしたら予言に描かれたブラシュはその力がある事も気が付いて逃げたのかもね。でもここに居る僕のブラシュなら嫌だ嫌だと口で言っても、絶対逃げないよね。君は知らない誰かのためでも涙を流し、何とかしようと動くぐらいとても優しすぎる子だから。
だからね。
僕も君を守るために命を懸けるよ。その代わり、君の未来を僕に頂戴?
ブラシュがいれば、何だって出来るんだ。
だから、早く自分こそヒロインだと自覚してね。僕の可愛いお姫様。