7 私なんかとは大違い
アカリはリーナにお茶を淹れて貰って、共にお茶を楽しんだあと、アカリは今が真夜中であることを思いだし、リーナに自室に戻って休むように言った。
そして朝、アカリは部屋で朝日を見た。自分がこちらの世界に移動する際、どれほど眠ったのか分からないが、眠くなかったので自習をすることにした。部屋には数冊本があり、丁度、物語のようだったので習った字の一覧表と見比べながらゆっくりと本を読んでいたのだ。
朝日が差したとき、アカリは窓を開けた。さぁっと涼やかな風がアカリの頬を撫でる。少し朝露の香りとその土地の香りが風に乗っていた。
「気持ちのいい朝……」
すると、トントンとドアが叩かれた後開かれた。
「おはようございます、アカリ様」
入ってきたのはリーナだった。
「リーナ! あなたあんまり寝てないでしょ!?」
「いえ、このくらいの睡眠でも問題ありません。それより、アカリ様の方があれから一睡もしていないのではないですか?」
「う、ん…。微妙な時間にここに来ちゃったから眠れなくって。だから、勉強ついでに本を読んでたの」
アカリがリーナに差し出した本のタイトルは『勇者伝記』という物だった。今までの勇者の武勇が紹介されていた。一瞬だけアカリの情操教育のために、ミハエルがこの部屋に置いたのではないかと勘ぐったが、今までの勇者はどんな人物だったのか気になって読み出した。
「やっぱり勇者っていうのは格好いいね。私なんかとは大違い」
「そんなことありません!」
リーナはやや怒ったような声で反論した。
「アカリ様は心優しいお方です。今まで勇者として選ばれた方々は間違いなく、歴史に名を刻む素晴らしい勇者になりました。なら! アカリ様だってきっと勇者になれます!」
「あ、ありが、とう」
そこで、リーナはハッとなる。
「も、申し訳ありません! 私ったら出過ぎたことを…!」
「ううん。そんなことないよ。ありがとうリーナ」
アカリは今、とても心の中が温かかった。今までこんなにも必死に、ストレートに『勇者になれる』と言ってくれたのはリーナだけだった。ミハエルも優しく言ってくれてはいるが、どこか不安と対策を考えている風で、上の空のように聞こえていた。
それに比べてリーナは息を荒くして怒ってきた。それは、とてもアカリの心を晴らしてくれる言葉だった。
□□□
リーナの言葉に勇気を貰ったからと言って、急に強くなるわけではない。休みを貰った日の翌日。
「一日休みがあっただけでこんなにもできなくなるなんてっ……」
ぷるぷると震える手でアカリは弓を引いていた。
「腕が震えすぎ。素人は継続してやらないとすぐに感覚が鈍るんだ。今日は感覚取り戻すだけで終わりそうだな」
こちらの世界に来て一日、自分の世界で一日なので、実質二日休みだったようなものなので完全に鈍っていた。つい最近弓を始めたばかりのアカリはベテランの様に感覚を身体が覚え込んでいない。たった数日、されど数日ということをアカリは学んだのだった。
ある日、アカリの部屋にレスがやって来た。朝食を済ませたばかりのアカリは少々レスが来たことに面食らう。レスはアカリの側に来ると、開口一番こう言った。
「今から魔物退治に行くぞ」
「え?」
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それが数時間前の出来事だ。今、アカリは初めて城下町よりもずっと遠くの森に来ていた。場所はアルハスの森。馬車で三十分ほどの場所で、カースバル王国を囲う外壁の外、北に位置している。
「あ、あの。魔物ってどれくらいの大きさなんですか」
「俺よりでかい」
「…………」
レスは身長一八十は確実に超えている。それよりも大きな魔物はどれだけ恐ろしいことか。アカリは一気に青ざめた。
「大丈夫だ。数は十頭だけだし、いざとなれば俺が助ける」
「え、あ、いや十頭は多いです。それに、十頭全部私が倒すんですか!? そんなの無理ですよ!」
「つべこべ言わず、行くぞ。いざとなれば俺が助けるって言ってるだろ」
レスはガサガサと道もない森の中に分け入っていく。置いて行かれて、ほかの魔物が出てもアカリは対処できない。ビクビクしながらアカリはレスの後ろをついて行った。森の中には見たことのない色のキノコや、木の実が生っていた。
時折見る動物はアカリの世界と同じ兎や鳥がいた。
「熊もいるから気をつけろよ」
(熊に遭おうが、魔物に遭おうが大差ない気がする)
熊も魔物も体格的には変わらないなら、どっちが出てもアカリは恐ろしかった。しばらく歩くと、レスがピタリと止まる。レスの前方を見ると一頭、大きな猿頭に熊のような胴体をした魔物がいた。魔物はその場で、何かをバリバリと食べている。
(あれが、目当ての魔物だ。ギリギリまで近づいて矢を放て。あいつは耳が悪いんだ)
(無理です!!)
(いいからやれ!)
声を潜めたレスに怒られる。だが、動かないアカリをレスは魔物に近い位置にどんどんと連れて行く。そして、丁度魔物の背後になる場所へと来た。魔物はどうやら鹿を食べているようだ。骨までバキバキと夢中で食べている。
(さあ、餌に集中している間に)
アカリは渋々と矢をつがえる。だが、その手は矢を引く前から震えていた。アカリは魔物であっても命を奪うと言うことに恐怖を覚えていた。
(どうした、早くやれ!)
震える手で矢を構える。怖い。それだけがアカリの身体を支配していた。そのせいで、アカリは思わず矢から手を離してしまった。
「あ」
その時にはもう遅く、矢は魔物の尻のあたりの地面に刺トスッと刺さった。その感触が伝わったのだろう。魔物はゆっくりと背後を振り返る。充血して爛々としている魔物の目が、アカリと合う。
「ひっ」
「ウギイイイイィィィイイ!!」
「チッ」
耳をつんざくような鳴き声が森に響いた。アカリは思わず目をぎゅっと閉じて耳を塞ぐ。怒り狂った魔物は長い爪を出して襲いかかってきた。だが、アカリを背にしてレスが立ち塞がる。
「やあぁぁあああ!!」
レスは素早く剣で魔物の首を狙った。その剣にレスは得意とする風魔法瞬時に発動し、剣に渦巻く風を纏わせる。
一撃目で首を一突きに。二撃目で剣を一度引いたかと思えば、ザンッと横薙ぎにする。その場に魔物の首がドスンッと転がった。魔物は声を上げる暇もなかった。風魔法で身体強化も行っていたレスの剣捌きはそれだけ早かった。
首が落とされた魔物の目は血走り、口元には先ほどまで食べていた鹿の血肉が付着している。ギラリと並ぶ牙はアカリの知るどんな獣よりも、鋭いものだった。
「っ……ふっ……うぅ…………」
アカリはその場にしゃがみ込んだ。自分を抱きしめるように腕を交差させ、ガタガタと震えている。だが、アカリが震えている間にも先ほどの叫び声を聞いた魔物が、近くに集まってきていた。
「結局こうなるか」
レスは低い声でそう言うと、魔物の群れに単身、向かっていった。
次は3月13日21時です。




