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18 この人なら誰でも分け隔てなく救ってくれる勇者になる

 そして、アカリはレスとユウ、他五名のレスの部下とともにアルフォード領へと出発した。アカリとレスは馬車で移動しているが、レスの部下達は馬車ではなく、馬に乗り馬車の護衛を行っている。


そして、馬車の中ではレスが言っていたように今回の任務について説明をしていた。


「まず、アルフォード領に今回向かう理由だが。今まで襲われた村はほとんどが西の方角に位置していた。だが、その中でも、最も広く大きなアルフォード領は一切の被害を受けていない」


「偶然じゃないんですか? その、数匹の魔物がアルフォード領を襲ったけれど、たいしたことではなかったので報告しなかったということも……」


 アカリがおずおずとレスに意見する。


「偶然と言われればそうかもしれない。だが、今は西の方がやけに魔物の動きが活発であり、かつ、突然変異のような強さを持つ魔物が現れやすくなっている。この原因がもしも、アルフォード領にあるなら即刻対処せよとのことだ。宰相はそこまで確信があるようではないみたいだが、だからこそ町の様子や噂を集めてこいと言うのが今回の内容になる」


「あ、だから町に溶け込みやすい服を、と言ってたんですね」


「そういうことだ。俺は単独で知り合いの兵士達に声を掛けに行く。お前はユウと一緒に町で噂を集めろ。小さなことでも何でもいい」


「わ、わかりました」


 アカリは心の中で悲鳴をあげていた。


(見ず知らずの人に声なんか掛けられないよ~!)


 そう、基本的にアカリは人見知りであり、全く面識のない人に声を掛けるなんて経験をしたことがない。自分なんかにそんな任務できるだろうかと、不安が心の中をザワつかせる。ついでに腹痛まで感じてきた。


 チクチクとした痛みを感じながら、馬車に揺られておよそ三時間ほど。アルフォード領地の町が見えてきた。領地の中でもとりわけ大きな町に領主も住んでいるとのことで、出入りは自由だが、三カ所あるうちの門をいずれか通らなくてはならない。そこに兵が数名立っているという。


 その町の北側には遠くても分かるほど大きなレニア湖が見えている。空の色を落とし込んだかのような、綺麗な青色をしていた。


「あんまりぞろぞろと行くと不自然か。俺は兵に顔見知りもいるし…よし、とりあえず俺が先に行く。お前らも順次町に入れ。三日後の昼、この場所に戻ってきて情報交換をする。いいか、忘れるなよ」


 馬車と馬は町に入る手前の森で止まっている。特に商団でもない者が馬車や馬で出はいるするのは目立ちやすい。一応兵士も立っているため、変に印象づけるのは今回の任務に支障が出る可能性が高いため、この場でばらけて向かうことになった。


 馬車と馬はレスの連れてきていた部下の一人が待機することになった。町で何かあった際にもその者がミハエルに伝達することができる。


「僕たちは最後に行きましょうか。あ、今回の任務に当たって、一人称を僕とした方が不自然じゃないかと思って変えたんですが、大丈夫でしょうか?」


「そんなの全然気にしなくてもいいよ! むしろ、私の方が敬語を使うべきと言うか……」


「アカリ様はそのままでいてください。でも、アカリ様は不思議な人ですね」


「え!? 私どっかおかしい?」


(服装? いや、リーナが用意してくれたんだから間違いはないはず。なら髪型!?)


 アカリが心中でわたわたしていると、ユウはくすくすと笑っていた。


「ふふっ、そういうとこです。なんだか、勇者様という方はもっと堅苦しくて、蒼赤の守りのアイリス様のような凜々しい方かと思っていましたから」


「ご、ごめんね。こんな情けなくてひ弱な勇者で……」


 けなされたと勘違いしたアカリはしゅんとなってしまう。そこで、ユウは自分の言葉がたりていなかったことを自覚し、慌てて言葉を足す。


「違います! その、言葉足らずですみません。その、僕が言いたかったのは、優しい勇者様でよかったなと言いたくて…!」


「へ?」


 アカリは思いもしなかった言葉に気の抜けたような声が出てしまう。


「今までの勇者様の活躍は本にもなっていますが、凜々しかったり気性の荒い方だったりが多いので、アカリ様のような人は珍しなと。でも、アカリ様のように優しい勇者様は、きっと国中の人々がアカリ様のことを慕ってくれますよ」


 裏表のない純粋な笑顔と言葉にアカリは返す言葉がなく、呆然としてしまう。ユウは今までのアカリと同行して、情けない姿を見た兵士達のよくない言葉を聞いたことがあった。その時は大丈夫なのだろうかと思っていたユウだったが、実際にアカリに会い、安心したのだ。


 この人なら誰でも分け隔てなく救ってくれる勇者になる、と。


「アカリ様?」


「はっ! い、いや、その、今までそんなに褒められたことがないから、キャパオーバーしたというか、なんというか…」


「きゃぱ? よく分かりませんが、アカリ様は自分でお思っているよりも、すごい方だと思いますよ。あ、もうみんな行ったみたいですね。そろそろ行きましょうか」


 なんだかんだと話していると、同行していた者は待機の兵士以外みな町に向かっていたようだった。


「じゃ、行ってきます」


「おう、ユウ気をつけて行ってこいよ。勇者様もお気をつけて」


 待機の兵が頭を下げて見送ってくれる。二人は自分たちの荷物を持って町に向かった。




 町に入るとしばらくは住宅街のようなところだったのだが、中央に向かうにつれて賑わう声が聞こえてきた。


「アルフォード領はレニア湖の水に含まれる効能が有名で栄えているように見えますが、商工業でも栄えているんです。近くに鉱山があって、そこからとれる宝石類はどこの鉱山よりも色がよく、高値で取引されているんです。また、この場所は各国の中継地点のような位置にあるため、物がよく集まるんですよ」


「そうなんだ。ユウ君はどうしてそんなに詳しいの?」


「僕の兵学校時代の友人にここの出身者がいて、色々教えてくれたんです。一度だけ長期休みを利用して、ここに遊びに来たこともあるんですよ」


「だからそんなに詳しいんだね」


 百聞は一見にしかずとは本当によく言ったもので、事前に見てきた本よりもよほどこの景色を見た方がいろいろな物が分かった。また、ユウが一度ここを訪れたことがあると言うことで、アカリの緊張感が少しだけほぐれた。


「まずは商店街に行ってみましょうか。人が多い分、いろいろな噂を聞けるかも」


「わ、私、知らない人に声を変えるのはあんまり……」


 そういえば、今回は噂を集めるのが目的だったと思い出したアカリは、また腹痛が戻ってくるのを感じた。


「大丈夫です。僕が声を掛けますよ。アカリ様は聞いた噂をまとめてくれますか?」


 そう言ってユウはポケットから携帯式のインクペンとメモ帳を取り出した。


「わかった。ごめんね、私が使い物にならなくて…」


「そんなことありません。噂をまとめてくれるのも大事ですよ」


 アカリはだいぶこの世界の文字が書けるようになっていた。まだ、たどたどしいところはあるが、ユウに聞けば問題ない。そして、二人の聞き込みが始まった。


「すいません、僕たちここに初めて来たんですけど、おいしいお店知りませんか?」


「お、坊主はそこのお嬢ちゃんと旅行かい? いいねぇ! うまい店ならこの道をまっすぐ行くと、店先に風船を出してる店がある。そこはレニア湖の魚を出してくれるからおすすめするぜ」


 商店街に入れば人々の活気は一段とすごかった。入り口の方には建物に入った店が多かったのだが、そこを過ぎれば露天市が広がっていた。


 ふらりとユウが立ち寄ったのは布を扱う店だった。浅黒い肌に黒々とした髪とひげを生やした豪快な男が店に立っている。アカリとユウを見て恋人同士か何かと思ったのか、にこにこと微笑まし気だ。


「風船が目印なんですね。ありがとうございます。魔物に会わないようにするため、お昼もとらずに急いできたんでお腹すいてるんですよー」


 ここで、ユウは上手く魔物の話に持ち込んだ。


「ああ、最近は魔物も多いもんなあ。近くの村もいくつかやられちまったって聞くし、物騒だよな」


「ここはまだ魔物の襲撃には遭っていないんですか?」


「うーん、そんなのは今のところ聞かねぇな」


 男は腕を組んで記憶を辿っているようだが、聞いた覚えはないようだ。


「そうですか。よかったあ。あ、このハンカチください」


「あいよ」


 ユウは色々と話してくれたお礼に、白地に桃色の花が刺繍されたハンカチを購入する。


「ありがとうございました」


 そう言って店を離れユウは、先ほど買ったハンカチをアカリに手渡す。


「これ、よかったらどうぞ」


「え、そ、そんな! 彼女さんとかに買ったんじゃなかったの!?」


 まさか自分に手渡されると思っていなかったアカリは、戸惑ってしまう。


「彼女なんていませんよ。僕はまだ見習いみたいなものなので、覚えることや訓練が忙しくて。先輩達みたいに町に遊びに行くとかあんまりしたことがないので、出会いがないんですよね」


 頭を掻きながらユウはそう言った。


「僕が持っていてもあれなので、貰ってくれると嬉しいです」


「あ、ありがとう…」


 アカリはハンカチをそっと受け取った。刺繍されていた花は桜に似たような五枚の花びらをした綺麗な花だった。帰ったらリーナにこの花の名前を聞いてみようとアカリは考える。


「じゃ、まだまだ聞き込みしていきましょう」


「うん」


 そして、夕方近くまで二人は聞き込みを行った。宿は事前にとってあり、それぞればらばらの宿になっている。そして、アカリとユウが泊まる予定の宿に到着し、部屋に案内された。


 ユウが護衛という関係もあり、部屋は個室ではなく同じ部屋だった。ベッドは二つあるものの、異性と同部屋と言うことにアカリは動揺を隠しきれない。


(今日だけで寿命がどれだけ縮んだんだろ……)


「僕も同じ部屋ですみません。アカリ様がお嫌なら僕は外にいますので」


「そんなことしなくていいよ! ただ、その、お風呂の時はちょっと部屋を出ていてほしいけど……」


「わかりました」


 風呂は部屋の中にある。着替えを置くところもあるほど、全体的に広い部屋なのだが、風呂に入る時はどしても異性に見られるというのが恥ずかしかった。


「明日もありますし今夜は早く食事をとって、早く寝ましょう」


 夕食は宿にある食事処で簡単に済まし、風呂や翌日の身支度を調えて就寝した。部屋を見たときは寝れるかどうか心配だったアカリだが、普段あまり運動をしないため、疲れがたまり、ベッドに入った途端に沈み込むようにして眠ってしまった。





次は3月24日21時です。

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