17 水の町、アルフォード領
翌日、レスの部下が来ると言うことだったので、アカリは朝食を済ませて部屋でその人物が来るのを待っていた。
「失礼します!」
ノックと元気な声とともに入ってきたのは、軽装の鎧を身につけた少年だった。
「レス隊長から仰せつかりました、ユウ・ナトルです! 本日はよろしくお願いいたします、勇者様!」
ユウと名乗った少年はまだ青年と言うには幼い顔つきをしており、アカリよりも年下のように思えた。亜麻色の髪にブルーの大きな瞳。剣を腰に下げているが、兵士というよりはまるで、尻尾を振る犬のような印象だ。
「あ、あの、勇者様じゃなくて、アカリって呼んでください。その、ユウ君は年齢っていくつなの……?」
「今年で十五になります」
「十五!?」
アカリは自分よりも三つ年下ということに呆気にとられる。十五歳と言えば、アカリの世界では普通中学生だ。そんな年にすでに兵士として働いているということに、文化どころか世界の違いを感じるアカリだった。
「十三で兵学校に入学し、今年北門に配属されました。まだまだ若輩ではありますが、レス隊長には弓の腕を褒めていただきました! なので、弓に関してはご安心ください」
アカリがユウの年齢に不満を持ったのかと思い、言葉を足してくれる。その対応や言葉の丁寧さからますます十五には思えない。
「や! そのユウ君が年下だからどうってことじゃなくて、ただ、私よりも年が下なのにすごいなって思っただけで他意はないの、ごめんなさい……」
「いえ! 勇者様、じゃなかった。アカリ様がとてもお優しい方でよかったです。では、練習場所に向かいましょうか。ただ、今日はいつもの場所が別の兵の練習で使われているようなので、隣の修練場に行きましょう」
「はい」
修練場に向かうまでの短い間、ユウは気さくに自分のことや北門守備兵の仲間達について話してくれた。また、レスのことを心から尊敬しているということも。
「レス隊長は教えるのが上手いんです。的確に剣の持ち方や構え方を指摘してくださって、こちらも自分の癖を直せるんです。私の弓の腕が開花したのもレス隊長のお陰で、来年の守備兵対抗競技大会で優勝するのが目標なんです!」
ユウはとても楽しそうにそう話す。レスと違って鋭さや厳しさがないのと、年が近いのものあって、アカリもリラックスして話ができた。
修練場についてからもユウは明るく丁寧に教えてくれる。また、喩えを使って教えてくれるので、あかり自身も理解しやすかった。その日の練習はいつもよりも終わるのが早く感じられた。そして、翌日、翌々日、また次の日と三日間ユウが部屋に迎えに来てくれて弓の練習を行った。
そして、その三日目がこの世界で過ごした一週間目であり、ベッドに入って眠りにつき、目を覚ましたときにはまた元の世界にアカリは戻ってきていた。
□□□
「ちょっと灯、買い物行ってきてくれる?」
「何か買い忘れ?」
灯が元の世界に戻ってきたのは日曜の朝だった。規則正しく、今回は二度寝をせずに起き出して朝食をとっていると、灯の母親がメモとお金を渡してきた。メモを見るとお菓子とインスタントの紅茶が書かれていた。
「今日、友達の家でお茶会するの! 午後からなんだけど洗濯物とか準備とかあるから行ってきてほしいの。お願い」
灯の母はふわふわとしており、楽観的な性格をしていた。まだうら若い乙女の様に可愛らしい仕草をしても、似合ってしまう。手を合わせて頼んでくる母に、特にやることもないからと引き受けた。
朝食を済ませると出かける準備をして近くのスーパーに歩いて出かける。うっすらと雲がかかっているから日差しが強くなりすぎず、気持ちのいい日だった。
(あっちの世界にいる方が最近多いからかな、こっちにいるときの方が現実味がなくなってきてる気もする……)
そんなことを考えながら買い物を済ませて帰った。
何のこともない日曜日を過ごした灯。ただ、あの世界でもう一週間過ごせば、次は月曜日だ。また学校に行くのかと思うと、憂鬱だった。
こんな平凡な日だけが続けばいいのにと思いながら、灯は眠った。
□□□
「おい、今日の午後にはアルフォード領に向けて出発するぞ」
それは唐突にやってきたレスが言った言葉だった。元の世界から戻ってきて早々のアカリにいきなり任務を持ってくるレスを、リーナはキッと睨んでいる。レスの後ろにはユウが付いてきていた。
「お前と俺、それとユウ、他に数名の俺の部下でアルフォード領に行く。理由は行きの馬車の中で話す。とりあえず、何日いるか分からないから最低でも服の替えは三日分用意しとけよ。ま、その辺はずっと俺を睨んでるそこの嬢ちゃんの方が詳しいだろ」
レスはチラリとリーナを見る。ほぼ殺気の混じったようなリーナの視線にレスは気がついていたらしい。だが、気づかれていたからと言ってリーナは睨むのをやめない。むしろ余計に睨みをきかせる。
「言っておくが、一応これは任務だ。宰相閣下直々のな。そんな緊張するもんでもないが、一つの経験だと思っておけばいい。ああ、そうそう。服は町娘風のものだけを選んでくれよ。妙に着飾ったような服や小物は入れるな」
「少人数ですが、私がアカリ様の護衛に付きます! よろしくお願いします」
レスの態度とは真逆に、ユウは元気に頭を下げる。そして、二人はアカリの部屋を去って行った。
「リーナ、アルフォード領がどんなところか知ってる?」
黙ってレスの話を聞いていたアカリが、リーナに尋ねる。
「はい。アルフォード領は西で最も大きな領地です。近くには大きなレニア湖というのがあって、そこから生活用水を引いている水の町です。その水はただの水ではなく、傷や美容に効果があるので、水を他国に売るなどして名産品にしています。私は行ったことがありませんが、綺麗なところだと聞いています」
「水の町、アルフォード領か……。そんな綺麗なところに何しに行くんだろ?」
「さあ。特に情勢が荒れているとも魔物が襲撃したとも聞いてないですが…。まあ、最小様のような頭のいい方の考えることは私には分かりません。荷物は私の方で準備しますので、アカリ様は午後までゆっくりしていてください」
「そんな! 私も準備を手伝うよ」
何もかもリーナに任せきりというのはアカリの心が痛む。だが、リーナは首を横に振る。
「駄目です。レス様もいつ帰ってくるか分からないと言っていたじゃありませんか。向こうに行ってしまえばゆっくり過ごすこともできないかもしれないんですよ? 今のうちにゆっくりしておかなければ」
「でも……」
「なら、アルフォード領の資料が書庫にないか見てきますので、それを読んで事前に知識を取り入れてみてはどうですか? もしかしたら今回の任務で役に立つかもしれませんし」
「じゃあ、そうさせてもらうね」
リーナは書庫に行って数冊ほどアルフォード領の特産や特徴などが書かれた本を持ってきてくれた。ほとんどが風景や景色などの素晴らしさが載っているものだった。
それほど読むのに時間はかからなかったが、リーナはそのわずかな時間でキャリーケースのように大きく、長方形の鞄に荷物をまとめてくれていた。
「ここに、普段お使いになっているものが入っていますので、不便はそんなにないと思います」
「ありがとうリーナ」
「それと、これは私からのお守りです」
そう言ってリーナが手渡してくれたのは、髪につける花細工だった。布で作られているようだが、淡いピンクの花は本物のようだ。中にはきらきらとしたビーズのような石がつけれられている。
「こんな綺麗なの貰っていいの?」
「はい。私が作ったんです。まだ下手ですが、これをお守りに持って行ってください。あ、今お付けしますよ」
そう言って、リーナはアカリの後ろに回り、三つ編みにしていた髪をシュルシュルとほどいていく。優しくブラシで髪を溶かしながら髪を結い、そして一房だけ三つ編みにして髪を一つにまとめる。最後に花飾りを結っている紐に取り付けた。
「はい、完成です。この髪型ならアカリ様でも簡単に解けますし、よくお似合いですよ」
「こ、こんな髪型似合わないよ……」
リーナはニコニコと満足げだ。だが、アカリは顔のサイドに髪がないのが落ち着かず、そわそわしてしまう。
「アカリ様は十分に可愛らしいお顔をしています。自信を持ってください」
「とにかく、また三つ編みにしたら駄目ですよ。たまにはお顔を出さなければ」
「うう……」
髪を解くのはどうしても駄目だというので、そのままの髪型でアカリは昼食をとり、そして出発していった。迎えに来たユウは流石と言うべきか。
「髪型変えたんですね。とても素敵です」
と。ユウは褒めるのが上手かった。そして、アカリが顔を赤くしたのは言うまでもない。
次は3月23日21時です。




