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妄想探偵黒野心~死神は三度ミーと鳴く~

作者: krone.B.cat


 堂島愛は、大事な物には惜しみない愛情を注ぐ。大学進学祝いに買ってもらった携帯ゲーム機には指紋一つ付いていないくらいだ。

 愛は、肩の位置で綺麗に切りそろえた茶髪を揺らしながらゲームに没頭する。

 

 まただ……。

 

 妹である星奈の物欲しそうな視線を感じる。愛の母が言うには「もう、二十二歳にもなっているんだから譲って上げなさい」だ。

 愛にとってこれは宝物のようなもの。そう簡単に渡すわけにはいかなかった。でも、もう限界なのだろう。


「明日にはクリアできるから、明日あげるね?」

「え? ほんと!?」

「うん。任せなさい!」


 翌日――

 愛は妹にゲーム機を落として壊してしまったと告げた。



◆  ◆


 黒野心は夢を見る。

 

(目の前には黒い毛玉が蹲っている)


「おいおい」


 黒い毛玉――黒い猫は闇の中、黒い体躯にもかかわらず、はっきりと心の前に姿を現す。


「黒い毛玉はひでえな」

クククと黒い猫は楽しそうに笑う。


「野口英世じゃないが、名前はまだないんだけどな――あれ? 樋口一葉だったか?」


(残念。野口英世は学者。樋口一葉は小説家だけれど違う。)

 夏目漱石が正解――と心は楽しく答える。


「だっけか? まあいい。楽しい会話だがさっそく本題に入るぜ?」


(本題)


 そう本題――と黒い猫は念を押す。


「妄想探偵には馬鹿みたいな欠点がある」


(知ってるよ)


「へえ。でも一応言っておこうか。妄想探偵の推理は――犯人がやりそうなこと、仕掛けた罠を先に解いちまうことで、犯人のモチベーションをあらかた削いじまうって寸法だ」


 そうすることで、事件そのものを、殺意そのものを無かった事にした。少なくとも今まではそうしてきた。


「だけれど、よく考えてもみろよ。それって殺人鬼とかに通用すんの?」 


 その通り。殺人鬼に罠は必要ない。衝動的な犯行に対処などできない。


(しないね。それで本題は?)


「そうだった。そうだった」

 クククと黒い猫はまた楽しそうに笑う。


 そして――


「人が死ぬ時間と場所が特定できれば楽じゃねえ?」


 ――そこまで聞くと無機質な着信音と共に黒野心は目を覚ます。


◆  ◆


わたしは糸式友葉。大学ニ回生。これから、エンタテイメント研究会のメンバー三人で同じ履修科目の授業を受けるため朝から待ち合わせをしているのだけど。


「ともちん。おまたせえ!」


遅い――と、お尻に火がついて全身火だるまになっても気がつかないほどのマイペースな愛を一喝する。


「ごめんよう。妹をなだめるのに時間とられちゃってえ」

 

 何かあったのかな? 確かに、愛はマイペースにしては集合時間だけは守る。

そんな愛が遅刻するのだから仕方がない。しかし――


「糸式さん。おまたせ。今日もスポーティなショートヘアが似合ってるね」


 次にやってきたのは、いかにも寝起きでだるそうに煙草を吹かしているこの男。


「心はなんで遅れたの?」

「えーと。昨日変な夢を見てね」

「理由になってない」


 わたしがため息をつくと、愛は心を茶化す。


「クロたん。お寝坊さんだあ」


 そんなこんなで三人揃い大学を目指した。道中。


「ねえねえ。ともちんは妄想探偵って知ってるう?」

「誰?」


 それなら知ってる――と心が口を挿む。

「確か、事件が起きる前に解決してしまうって都市伝説だろ?」


 へえ。物好きな探偵もいたものだ。噂でしかないのだろうけど。


「そうそう。でさあ、話変わるんだけどお――」

 と、愛は先に話題を出しておきながら一変して違う話に切り替える。コロコロと節操のない……。


「ともちんはクロたんの事、心って呼ぶけどクロたんって呼んだ方がかわいいよう」


 また急な。


「どっちでもいいと思うけど」


「ダメ! ともちんもクロたんって呼ばなきゃ。クロたんもその方がいいよねえ?」

愛がこんなに必死になるなんて珍しい。


「どちらでもいいよ。ただ、すぐに呼び方を変えるのは難しいだろうね。でも――」

クロたんって呼び方も気に入ってるよ――と愛へのフォローも欠かさない。


 心はきっと人生損するタイプだ。


「ぷう」


 愛は頬を膨らませた。ほんと、分りやすくてかわいいな。


 そのあとも、コロコロと変わる愛の会話に付き合い、大学の前までやってきた。ふと、わたしはアパートと民家の間の路地から黒い影が落ちているのに気づく。

 落し物かな。だとしたら後で交番に届けなきゃ。そして、わたしはそれに近づき手を伸ばす。


「ひ!」


 それは、カラスの死体だった。更に路地奥には数匹のカラスの死体がゴミ捨て場に群がっていた。異様な光景。

 もしかすると、この後とんでもない事件が起こる前触れなのではないか。そんな予感がした。


「と、ともちん早く行こうよう!」

 この惨状に気付いたのか、愛は硬直していたわたしに声をかける。


「気にするな。腹でも壊したんだろ」

 心はそう言うと、わたしの手を引いて大学へ向かった。


 その後、三人同じ履修科目を受け、各々別の授業に向う。


 夕方。

 心は用事があると言い残し先に帰ってしまったので、わたしと愛は少しだけエンタテイメント研究会の部室でゲームを楽しんだ後、家に帰ることにした。わたしの嫌な予感は外れてくれたのだ。



◆  ◆


 黒い猫は不吉の象徴である。勿論、カラスも。

 カラスの死骸を目の当たりにしてしまった翌日。わたしは愛と一緒に大学へ向かった。今日の授業は昼からだ。


「あれえ? クロたんはあ?」

「朝から授業受けてるよ。わたしと愛はほぼ同じ履修だけど心は違うから」

「むう」


 まだ心の呼び方が気にいらないのかな。ほんとに頑固なんだから。でも、当分変えれそうにないかな。


 愛は思い出したように言う。

「あ、そうだあ! お昼まだだよねえ? あたし沢山作りすぎたから三人一緒に食べようにゃん」


 にゃん? また唐突だけど、かわいいからいいかな。


「いいね。じゃあ着いたら早速ランチタイムにしよ」

「やたあ!」


 こうして、授業を終えた心と共に屋上でお昼ご飯を食べることになった。


「いい風だねえ」


 愛の肩で綺麗に切りそろえた髪がさらさらと揺れている。


「うまいねこの卵焼き」


 心は愛のお弁当に舌鼓を打っている。本当に甘くておいしい。きっと砂糖の量が絶妙なのだと思う。


「だひょ? ふぁんふぇいほめふぁははほはひ……」


 でしょ? 丹精込めた卵焼き……はあ。わたしは愛に注意する。


「こら。愛。ちゃんと飲み込んでから」

「ふぇい」

 愛はそういうと――ごくん。と頬張っていたおにぎりを一気に喉に流し込んだ。


「あたしの自信作! 伝説の黄色い卵焼きだあ!」

「卵焼きはもともと黄色いだろ?」

「黄金の卵焼き!」

「もう遅い」

「ぷう」

 この2人の会話は楽しそう。自由奔放な愛に、気遣いがうまい心。とてもお似合いな二人。少し妬けてしまう。


 あらかたお弁当を食べ終わり、後片づけも終わったあと。愛は、待ってましたと声を張る。


「じゃーん! やっぱり最後はフルーツだあ」


 愛が自分のカバンから取り出したのは赤いリンゴだった――そう赤い。


「ちょっと丸々じゃないの! そのまま食べる気?」

「ぬかりは無いにゃん!」


 そういうと愛は更にカバンの中からバラフライナイフを取り出した。


「見ててね。ともちん。秘技皮むき!」


まんまじゃないの……。でも、すごい。その手つきはとても鮮やかだった。軽やかに行われている皮むきの最中。

 近くの喫煙スペースから心は戻ってきた。


「帰って来たにゃあ」

「真顔で言わないで」

「えーと。流行ってるのかなと」


 そんな訳はない。


「まあ、愛は大学に来る前も言ってたんだけど」

「へえ。もしかしたら――今日、猫に縁でもあるかもね」

と、心は意味深なことを言う。


 でもこの予想は当たっていた。


◆  ◆


 同日夕刻――

 授業は全て終了し今日は三人で部室に向かう。部室は大学内にあるわけではなく、どちらかと言うと敷地内の出入り口付近にある。鍵は会長である愛が所持しているので教務課等に借りに行く必要はない。

 部室の前に到着すると、心は部室の裏へとまわっていった。


「どうしたのお?」

愛の質問に対し心は答える。

「猫がいた」


 それを聞き、わたしと愛も心のいる場所へ向かった。


「あー! にゃんにゃんだあ」


 確かにそこには段ボール箱に入れられた黒い猫がいた。心は猫の顎を撫でている。それが気持ちよかったのか猫は『ミー』と嬉しそうに鳴いた。


「糸式さん。申し訳ないんだけれど、この猫のためにコンビニで猫缶を買ってきてくれるかな?」


 自分で行けばいいのに。


「頼むよ。この猫は俺がしっかり見ておくから」


 懇願されてしまった。心はよっぽど猫が好きなのかな。そこまで言われては行かない訳にもいかないか。


「わかった。でも、往復で二十分はかかるよ」

「ありがとう。待ってる」


 こうして、わたしは猫缶を買いにコンビニへ向かった。――愛と一緒に。


「ええー。あたしもにゃんにゃんと遊びたいー」


 なんて駄々をこねていたけど、愛のことだ――きっと持って帰るとか言い出すに決まってる。妹の星奈ちゃんは確か猫アレルギーだから愛の家では飼えない。あとで悲しむのは目にみえていた。

 二十分後。買い物も終わり、わたしと愛は部室裏へと戻った。そこには神妙な顔をした心が待っていた。


「どうしたの?」


 わたしが質問すると心は答える。

「ああ。段ボールの中に妙なメモ書きがあってね」


 心はわたしにそのメモを渡す。愛も気になってかわたしの横から覗き込む。

 そのメモにはこうあった。


『この黒猫の名前はミィと言います。』

 ここまでは問題は無い。この文章には続きがあった――










この黒猫は死神です。

この黒猫が「ミー」と鳴くと後に不幸が起こります。

この黒猫にはルールがあります。



「ミー」と三回鳴いた場合。

――鳴いた場所から三百メートル以内のどこかで三時間後に殺意を持った人間が人を殺す。



「ミー」とニ回鳴いた場合。

――鳴いた場所から二百メートル以内のどこかでニ時間後または三時間後に害意を持った人間が人の肉体を傷付ける。



「ミー」と一回鳴いた場合。

――鳴いた場所から百メートル以内のどこかで一時間後またはニ時間後または三時間後に害意を持った人間が人の精神を傷付ける。



 尚、このルールは絶対です。








「なにこれえ? なんか気持ち悪いねえ」


 わたしも愛と同意見だ。人が死ぬなんて冗談でも気分が悪い。


「まあ、誰かの悪戯だと思うけれど」

 さあ、行こう――と心は部室に向かう。


 すると、黒猫――ミィはダンボール箱から飛び出し心の後をついて行った。


「クロたん、ミィちゃんに懐かれちゃったねえ?」

「……みたいだな」


 愛は羨ましそうに心をみる。心は心で満更でもなさそうだ。これで心は猫派だと言うことが確定した。

 三人と1匹が部室に入り、活動に勤しみだしてから約三十分後。心は、私と愛もすっかり忘れていたとんでもないことを思い出す。


「あ、ミィに猫缶あげてなかった」

「わすれてたあああ!」

「あ」


 そうだった。なんのために二十分もかけて買いに行ったのか。早速、心は猫缶を開けミィの前に置く。ミィは「にゃあー」と嬉しそうに飛びついた。

 そして問題は起きる。ミィは猫缶にがっつきながら――


『ミー』

 一回。

『ミー』

 二回。

『ミー』

 三回――鳴いた。


「ね、ねえこれって」


 動悸がする。自分の心臓の音が聞こえるくらいに。

 わたしの動揺を無視する様にミィは猫缶を綺麗に舐めとり、満足そうに――『ミー』と更に三回鳴いた。これで、計六回。


「え? え? どういうことお」

 

 愛の質問に心は答える。

「人がここから三百メートル以内で三時間後にニ人死ぬってことになるな」


「そんなあ」

「一応、これが本当なら、犯人の目星は付いているんだけれど」


 は? 誰がどこで殺されるかもわからないのに犯人がわかってる?

 心は更に続ける。


「でも、ミィのルールが本物かどうかの確証が欲しい――糸式さん。今から1時間後に俺をひたすら罵ってくれるかな? 汚い言葉で」


「はあ? こんな時に何言ってんの。変態!?」


 つい、口に出してしまった。


「違うよう。クロたんはとりあえず実験しようとしたんだよう」

「ご、ごめん」


 愛の言うことももっともなのでわたしは素直に謝った。


「傷ついた」

「だからごめんって……」


「言い直そう。ミィを発見してから一時間後に、害意を持った糸式さんから精神的な傷を負ったって言ったんだよ」


 あ。わたし達がミィと出会って初めて鳴いたのは、確か『ミー』だった。と言うことは。つまり。


「このメモに書いてあることって」

「本物だろうね」


 わたしは唖然とした。で、でも心は言っていた。犯人がわかっているって。わたしはその犯人について聞こうとしたとき、心はすでに携帯を手に取りどこかに電話していた。

 電話の内容はどうやら昔の知人にここに来るよう頼んでいるようだ。


「誰を呼んだの?」

「助っ人だよ。来るまでに一時間ほどあるみたいだから――犯人について話そう」


 そして心は話し出す。


 ミィが『ミー』と六回鳴いたのが十七時三十分。

 現在、十七時四十分。


「まず、俺が不審に思ったのは昨日の朝、カラスの変死体を見たときなんだ。1羽くらいなら問題なかったのかもしれないけれど、やはりあの光景は異常すぎた」

「それと、犯人に何か関係があるの?」

「もちろん。犯人はある実験をしていた」

「実験?」

「そう。ゴミ袋に有機リン化合物を潜ませカラスの死体の数で効果範囲を探る実験」

「有機リン化合物って言うのは?」

「有機リンは殺虫剤や農薬なんかにつかわれていて非常に毒性が強いんだよ。有機リンをうまく調合すれば無味無臭の大量殺人可能の毒ガスになる」

「じゃ、じゃあ犯人って言うのは」

「カラスの死骸があった路地の、ゴミ捨て場を利用している――アパートの住人の誰か、と言うことになるね」

「じゃあさあ。早く誰かを特定しなきゃだねえ」

 愛の言うことは正しい。


 誰それ構わず声をかける訳にもいかない。


「それは、大丈夫。犯人が犯行を実行する前に、実験に使用した証拠を処分するはずだからゴミ袋か何かを持って出てくるはず。すぐわかるよ――あとは、犯人が路地に入った所をはさみうちにする」


 ――数十分後。


 十八時三十分。ミィの予言時刻まで後ニ時間。

 心の携帯が鳴る。どうやら心が言っていた助っ人が到着したようだ。心は大学内の駐車場に車を止めて部室に来るよう指示をだしていた。


「久しぶり詩乃ちゃん。紹介するよ。こちらが堂島愛さんで、こちらが糸式友葉さん」

「私は東雲詩乃。よろしくね」


 わたしの詩乃さんに対する初めての印象は、とてもポニーテイルが似合っているとういことだった。しっかり者のお姉さんという感じがする。


「は、はい。よろしくお願いします」

「よろしくう」


 挨拶も終わり、心は作戦についての打ち合わせをはじめる。


「まずは詩乃ちゃんの車で、犯人が出てくるまでアパートの監視。出てきたら詩乃ちゃんは俺達を下してアパート横の路地の裏手に回る。車でバリケードを張りつつ、前に出てきて」

「わかった」


「俺と堂島さん糸式さんは正面から路地をふさぐ。基本は僕一人でいいから後ろの方で見ていて」

 と言うことは下手をすると詩乃さんは一人で犯人と対峙することになる。


「あの、いいんですか詩乃さん。犯人が襲ってきちゃうかもしれないんですよ?」

「ああ、大丈夫。私の家、柔術の道場やっててさ。小さい頃から鍛えてるから」

 詩乃さんの言葉に応じて心は補足する。


「中学の頃は気付かなかったけれど、次期師範らしい」

「ほえええ」

 愛も驚いたようで今まで見たことの無い驚き方をした。


 ――それから助っ人である詩乃さんを加えたわたし達、四人と1匹は詩乃さんの車の中で待機することになった――青い塗装が施された……ランボルギーニで。


 

 十九時三十分。ミィの予言まで後一時間。


「動いた」


 ゴミ袋を提げた中年の男性がアパートニ階の部屋から出てくるのが見えた。


「よし。じゃあ打ち合わせ通りね。そっちは頼んだよ心君」

「わかってる」


 わたし達を降ろし青いランボルギーニは発進した。中年男性は一階まで下りゴミ捨て場のある路地に入っていった。

 心が口に咥えた煙草に火をつけたとき、心の携帯に着信が入る。詩乃さんから、準備完了の合図。


「堂島さんはもう警察に電話しておいて――じゃあ、行ってくる」


 心は路地に入っていった。ミィは危ないのでわたしが預かっている。

 犯人は、心に気付き反対側の路地から逃げようとしたが、そこは車で塞がれ詩乃さんが立っている。

 心が言うには男より女である詩乃さんに犯人が向かうはずだからそこを詩乃さんの柔術で押さえるという作戦。しかし、犯人は詩乃さんには向かわなかった。あろうことか心に向かって突進してきたのだ。

 予定外なのだけど、心は一切表情を崩さなかった。心は咥えていた煙草を右手に移し前に突き出す。犯人はその動作に動揺し、動きを止める。

 犯人の後方から走りこむ音。その音に気付き犯人は振り返ろうとするがもう遅かった。


「ちぇえりゃぁあああああ!」


 犯人の振り向きざま。詩乃さんによる綺麗なフライングニーが犯人のこめかみにめり込んだ。

念のため確認しておこうと思う――詩乃さんは東雲柔術道場の次期師範である。


「柔術関係ねえ!」

以外にも初めにつっこんだのは心だった。


 サイレンの音がする。愛が呼んだ警察が到着したのだ。こうして、犯人は捕まりわたし達は事情聴取のためこの場に残った。


 ――二十時十五分。ミィの予言まで後十五分。


 わたしと愛はこの事件に深く関わっている訳では無いので、すぐに解放された。心は、わたしと愛のもとに戻りミィの予言の終わりを告げる。


「さっき聞いてきたけれど、犯人は恨んでいた人物と心中する気だったらしい。つまり後十五分後には、ニ人死ぬ予定だった」


 ミィは私の腕の中から飛び降り心のもとに寄り添う。……と言うことは、ミィのニ人死ぬという予言は回避された――心の考えが正しければ。


「ねえねえ。あたしの携帯、部室に忘れちゃったみたい」


 愛は事件が解決して緊張が解けたのか、今になって携帯が無いことに気付いたようだ。


「じゃあ、俺が――」

「わ、わたしが行く!」


 わたしは心の言葉を制した。


「うん。クロたんは忙しいからねえ」


 そして、わたしと愛は大学の部室に向かうことになった。……わたしの推理が正しければミィの予言はまだ終わっていない。

 わたしは、ポケットにしまっていた紙をそっと取り出す。ミィのルールが書かれている紙。

 

 ルールにはこうある。

『ミーと三回鳴いた場合。鳴いた場所から三百メートル以内のどこかで三時間後に殺意を持った人間が人を殺す』


 心は先入観に囚われてしまい気付けなかったのだろうけど、『殺意を持った人間が人を殺す』は、殺す人数について触れられていない。つまり、あの犯人がニ人でなく何十人殺したとしても一回としてのカウントになるのだ。

 これは愛も気付いているはず。そうなると犯人はもう一人いる。その犯人は――愛だ。

そして、被害者は心。

 愛は大事な物、人に関しても異常なほどの愛情を注ぐ。もし、自分だけのものにならなければ、自分自身で壊してしまうくらいに。

 昨日の朝、愛は心の呼び方で怒っていた。それは心への愛情がピークに達していたということ。あろうことか心は、愛の同意の求めに対し曖昧に答えてしまった。それが、原因。

 

 後十五分。愛と心を遠ざけることが出来れば、この場はしのげる。後は愛とゆっくり話し合えばいい。そして、わたしと愛は部室へとたどり着いた。


「んー。どこかなあ?」

「もしかして、実はカバンの中にありました。とかじゃないでしょうね?」

「かもお」


 愛は、カバンの中をゴソゴソと探り出す。そして、急に愛は私へ振り向いた。その時、何か煌めく物がわたしの目の前を通り過ぎた。


「ッ!」


 ビックリしたわたしはしりもちをつき、愛を見た。悲しみと怒りが混じったような、普段見たことの無い表情。愛の手の中には――バタフライナイフが握られていた。


「え? なんで?」

 なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでどうして――わたし?


「ともちんが悪いんだよう」


 愛は訳の分からないことを言う。わたしが心と少しでも仲良くしたから嫉妬して? いや、違う。愛は大事なものへの愛情が破壊衝動を呼ぶのであって、決して嫉妬なんかで人に殺意は抱かない。じゃあ何故……。

 ――そのとき。衝撃、轟音と共に部室の扉が開く。

 そこには、心が――黒野心が立っていた。


「ありゃ。鍵締めてなかったのか」

「な、なんでえ?」


 愛もわたしも驚きを隠せなかった。警察に事情聴取されていたはず――と言うより、なぜこのような状況になっているのがわかっていたかのような登場の仕方をしたのか。


「えーと。扉は鉄製でも実は外枠は木製だから、鍵がかかっていても強い衝撃を加えればぶち破れるんだよ――ってそのことじゃないか」

 と言いながら、心は一歩踏み出す。


「来ないでえ!」

 愛はすぐさま、わたしに近寄りナイフを首に当てた。


「…や……に。う…むや…。」

心は足を止め、ぼそっと何かを呟く。何を言っているかは分らないけど、怒っていると言うよりイラついている……そんな印象を受けた。


「何言ってるのお? 説得? 説教? そんなの要らないよ!」

「いや、俺はね堂島さん――終わりを告げに来たんだ」


 終わり? 一体どういうことだろう。

 心は続けた。


「糸式さん。受け取ってくれるかな?」


 そう言うと心はわたしへ何かを放り投げた。ナイフを突きつけられてる状況だけどなんとか受け止めることが出来た。キャッチした物は――時計。


「ともちん。見せて?」

 愛はわたしに命令する。


 わたしは受け取った時計を愛の顔の位置まで上げた。わたしも時計を横目で確認する。

時刻は――二十時三十三分。ミィの予言は終わっていた。


「そ、そんなあ。うそだうそだうそだ……」


「嘘じゃないよ。ミィのルールにあっただろ? このルールは絶対だって。つまり、ミィが鳴かない限りこの場で『人は殺されない』」


 愛は項垂れている。だけど、わたしの首からナイフは離れていない。


「うるさいよお。そんなの知らないぃいいいい!」

 半狂乱になった愛は、ナイフを一旦振り上げわたしの首めがけて振り下ろす。


 鮮血――わたしの顔に真っ赤な血が散った。


「だから、言ったろ――『人は殺させない』」


 血は……わたしの首からではなく、――心の腕から流れていた。


「あ、あぁぁぁぁあああ……」

愛はその場で膝をつき、完全に殺意を喪失した。


 そして、わたしは解放される。


「心! 腕見せて!」


 刺さり方が浅かったのか、ナイフはカランと床に落ちた。わたしは心のカッターシャツを脱がし、それを傷口の上から巻いた。


「最後の予言は当たちゃったな」

「もう終わってたんじゃないの?」

「糸式さん今何時?」


 わたしはポケットから携帯を取り出し時計を見た。

 時刻は――二十時三十分。


「あ」


 心は、自分の時計を進めそれをわたしに寄越したのだ。


「俺は、堂島さんに害意を持って嘘をつき傷つけた。そして堂島さんは俺に害意を持って肉体的に傷をつけた――一足す二は三。これで本当に終わりだよ」


 つまりミィは三度鳴いた訳ではなく、一回と二回に分割していたということ。

 愛は、ぼーっとした目で遠くを見つめていた。

 さて――と心は続ける。


「そろそろ、最後の推理ショーを始めようか」


 そう。これまでの心の行動などよくわからない事が多すぎる。


「まず、俺が堂島さんの殺意に確信を持ったのは、今日の昼」

 

 え? そんな前から。わたしが気付いたのは、ついさっきだったのに……。


「糸式さん。堂島さんがリンゴの皮を剥くとき使ったのは何かな?」

「……バタフライナイフ」


「そう。でもこれはおかしい――リンゴの皮を剥くのにバタフライナイフなんてそうそう手に入らな

いような物をわざわざ持ってこないよ。この場合、リンゴのためのナイフではなくナイフの本当の使用目的を隠すためのリンゴだった」


 ナイフの本当の使用目的。つまり、殺人のための凶器。


「そして、どうして堂島さんの犯行のタイミングがわかったのか――それは、堂島さんが携帯を忘れたと言った時だよ……」

 

 そういうと心は一息つき、続ける。


「大事な物に、人一倍愛情を注ぐ堂島さんが貴重品を忘れるなんてありえない」


 そう。それは愛と長い付き合いをしているわたしがよく知っている。だからこそ、わたしは愛に心を殺させないように自ら愛に同行したのだ。


「それに気付いた俺は、急いで部室に向かった。というわけだよ」


 心がどういう経緯で愛の殺意に気付いたのかはよくわかった。けれど、わからないことがもう一つ。

 わたしは心に問う。


「ちょっと待って。まだ、愛はなんでわたしを狙ったのか説明してない」


「そうか。まだわかってないのか――じゃあ糸式さんは何故、堂島さんが俺を狙ってると思ったのかな?」


「それは昨日、心の呼び方について愛がわたしに怒っていたから――心の事が好きだからその呼び方にこだわりを持ってたんでしょ?」


 だからこそ、愛の狙いは心だったと、わたしは推理していた。


「糸式さん。その推理は根本的に間違っているんだよ――それなら何故、堂島さんは俺の事を名前で呼ばない?」


 あ。愛が心の事が好きなら、クロたんと言う苗字をつかった愛称でなく名前をつかった愛称で呼ぶはずだ。


「堂島さんは糸式さんに対し、自分の考えた呼び方を強要したかったわけじゃない。ただ、糸式さんに別の人間を親しく名前で呼んで欲しくなかっただけなんだよ」


 と言うことは。


「堂島さんは話せそうにないから俺が言おう。堂島さんが愛情を注いだ、大切な愛すべき人物は――糸式さんだよ」


 やっぱり。そうだったんだ。

 愛は虚ろな表情のままこちらを向いた。どうやら、話は聞いていたみたいだ。


「そして、糸式さんも――」

「待って!」

 

 わたしは心の言葉を遮った。これは、わたしが言わなければならない事だから。


「わかった」

 心は、それだけ言うと口を閉じた。


 わたしは愛に近寄り、わたしの思いをぶつける。


「愛。わたしの事を大切に思ってくれてたんだね――ありがとう」


 抑えていた涙が零れ落ち頬を伝う。

 愛の気持ちが伝わったから。殺意であれ愛情には変わりないから。


「わたしも愛が好きだよ。むしろ愛してる――だから、愛になら殺されてもいいって思ったんだよ?」


 わたしの思いが伝わってくれたのか、愛の目からも涙が零れ落ちる。


「……でもね? わたしは愛を放っておけないの。だから死んであげる訳にはいかない」

「ううううっ――ぁ」

 

 愛の目から、とめどなく溢れる涙。わたしはそっと愛の頭を抱いた。


「愛。ニ人で話し合おう? これからのために……ね?」

「うんっ。ふっ、ふぇ――わ……わたっ……しも、ともちんが……大っ、大好き! だっ、から――」


 わたしと愛は互いに泣きながら強く抱きしめあった。

 さて――と心は立ち上がる。

 わたしは心へ問いかけた。


「ねえ。なんでわたしが愛を好きだってわかったの?」


「ん? まあ、人から受けた愛情は鈍感、鈍感じゃないにしろ本人は意外と気が付かないものだよ。第三者である俺には、糸式さんの堂島さんを見る目は、かわいいかわいいって言ってたね」


「そう」


 ふと、わたしは思い出す。妄想探偵という都市伝説を。事件が起こる前に解決する探偵の噂。もしかしたら心……彼こそが妄想探偵だったのかもしれない。

 少しの沈黙の後、彼は部室のドアノブに手を掛ける。

 わたしはどうしてもお礼が言いたかった。愛とわたしを救ってくれてありがとう……と。


「本当にありがとう。『黒野君』」

「えーと。ニ人とも末永くお幸せに――」


◆  ◆


 ――事件翌日。ファミレスにて。


「へえ。そんなことになってたんだ。あの愛さんがねぇ」

「まあ、ね。でもよかったよ詩乃ちゃんが来てくれて。じゃないと第1の事件の犯人は押さえれなかったからね」

「いいよ。気にしなくって。こうして心君にパフェおごってもらってるからさ」

「ほどほどにしてくれるかな」

「ニ杯くらいで勘弁してあげる。ところでさ、まさか『心君の飼い猫』にそんな予言能力があるなんて――ビックリしたよ」

「えーと。ミィにそんな能力無いよ?」

「はあ?」

「……詩乃ちゃんパフェ零れる」

「だ、だって、その予言通りに第一事件も、愛さんの第ニ事件も起きたんでしょ!?」

「それは、俺がそう仕組んだからなんだよ」

「仕組んだ? え? 何? どういう事?」

「えーと。じゃあ、初めから説明するよ」

「うん」

「まず、堂島さんと糸式さんが俺の名前でもめた時――堂島さんはすぐでなくとも、いずれは糸式さんに危害加える可能性があると思った」

「心の話だとそれが原因らしいね」

「ああ。だから俺は、いつ起こるかわからない事件を俺のいる前で解決できるように仕向けた――まずは堂島さんの殺意をピークまで上げるため糸式さんへ執拗なアプローチを掛ける――カラスの死骸を発見した糸式さんの手を握ったのもそれが理由」

「……結構えげつない事するね」

「わかってる。そして、カラスの死骸を発見したとき、ミィを利用した予言トリックを思いついた――この予言を堂島さんに信じこませることで、犯行の時間を特定させる」

「全くの嘘なのにそんなことできるの?」

「ミィの予言を信じてしまえばね――三時間後に殺人事件がニ件起きるなら一件は自分が成功させなければという使命感、先入観が生まれる」

「なるほど。もともと殺人を決意した人間ならそんな感情持つかも――じゃあさ、ミィちゃんが『ミー』って鳴くのはどうやったの? そんな都合よく鳴くものなの?」

「それは、癖だよ――ミィは頭を撫でてやると『にゃー』と鳴く。顎を撫でると『ミー』と鳴く。そして猫缶食べると、美味しそうに三回。食べ終わると、満足して三回『ミー』と鳴く――だから糸式さんに買ってきてもらう時、猫缶を指定したんだよ」

「おぉ。そんな癖が……。そこまではいいとして――第一事件は? ミィの予言が嘘なら、犯人が何故あの時間帯にアパートの部屋からでてくるのがわかったの?」

「まあ、予測するのは不可能だね。ゴミを捨てるなら目立たない深夜を選ぶだろうし」

「じゃあ」

「うん。だから俺は一昨日の夕方、犯人が住んでいるアパート全部屋のポストにこれを入れた」

「ん? 紙? どれどれ――『あなたのやっていることは知っています。実に興味深い。しかし、警察が目をつけています。近々、捜査が行われるので証拠品を全て、明日の十九時から十九時三十分の間にいつもの場所へ置いてください。我々が一時回収します。――黒の使徒』……か、怪文書だ」

「そう。それは、身に覚えのない人からしたらただの悪戯。でも、犯人からすればそうはいかない。犯人は自分の実験がばれていて、しかも助けてくれるというのだから、従わざるを得ないよね」

「そっか。そうだね」

「その犯人は『テロじみた大量殺人犯』だったわけだけれど、堂島さんと糸式さんにはニ人死ぬ予定だったと告げることで俺がミィの予言を勘違いしてると思わせれば――必ず堂島さんは動き出す」

「でもさ。友葉さんはいいにしても、愛さんが予言を勘違いしてたら意味ないんじゃない?」

「それは無いよ。予言の実行に躍起になっているのなら、特に死に関しての文章を読み違えるはずがない」

「なるほどね。それが、心君が仕掛けた罠の全貌か――結果。第1事件の犯人は捕まり、愛さん友葉さんの件も丸く収まったわけだけど――私は結構怒ってるよ?」

「わかってる。そのことは、一番俺がよく知ってるよ」

「そっか。んー。だから、ずっとイライラしてたんだね」

「えーと。表情には出して無いはずだけど?」

「長いこと妄想推理に付き合ってる私には、一目瞭然だね」

「そうか」

「あの後、愛さんと友葉さんはどうしてるの?」

「まだ会ってないからね。どちらにせよ落ち着くまでは俺は介入する気はないし、するべきじゃないよ」

「うん。そうだね――さあて、報酬も食べ終わったし帰るか!」

「ああ」

「また、何かあったら手伝ってやるよ。妄想探偵っ!」

「痛い。傷口を叩くなよ。昨日の今日だぞ」

「ごめんごめん。今度、私が何か奢ってあげるからさ」

「じゃあ、パフェニ杯」

「……報酬チャラじゃん!」



                      終わり


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