六 ラグナロク (中)
ヴィーグリーズ平野における神々と巨人族の決戦は苛烈を極めた。
神の軍の戦士も戦いの女神もそして巨人族も次々に討ち死にを遂げて冥府へと旅立つ。
そして神々の戦うそれぞれの戦場でも宿命の戦いに決着が着こうとしていた。
隻腕の軍神チュールは、冥府の番犬ガルムを相手に苦戦を強いられていた。
「ぐっはっは! 片腕の剣でこの俺を捉え切れると思うな! これで終わりよ、死ねっ! チュール!」
その巨体からは想像もつかぬ俊敏さでチュールに襲いかかるガルム。牙が並ぶ口を大きく開き、チュールを喰い千切らんとばかりに迫る。
「はあっ!」
気合の咆哮を上げるチュールとガルムが交錯した。
振りぬかれたチュールの一閃は、驚くべきことにガルムの頭を胴体から切り離す程の破壊力と洗練さを誇った。
それは正に軍神チュールの最後の神業。
だが、同時に首だけになったガルムも大きく開いた口をチュールと交錯した瞬間に閉じ、チュールの喉笛を噛み切った。
チュールの首から噴水のように鮮血が迸りその身体が前のめりに傾くと、支える術もなくそのままうつ伏せに倒れ込む。
軍神チュールと冥府の番犬ガルム。両者の決闘は相討ちをもって決着した。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
アース神族の最高神にして全知全能の神オーディンもまた、灰色の巨狼フェンリルとの対決に幕を閉じようとしていた。
フェンリルの全身には幾度もグングニルで突かれた跡があるが、それでもまだ倒れていない。
神々に謀られ魔法の足枷に縛められ、挙句嘲笑された屈辱。長きに渡り閉じ込められ、涎を川ができる程に垂れ流した日々。
一撃必殺の秘槍グングニルを幾度も喰らって倒れないのは、最早執念などではない。憤怒と憎悪を溜めに溜め、それらが生み出す最凶の境地怨念だ。
オーディンは愛馬スレイプニルを駆り、最速を誇る馬上から渾身の投擲を放った。
対してフェンリルは天地を引き裂く程の大口を開けて、オーディンに迫る。
グングニルがフェンリルの口内に突き刺さり、その動きを止めたかに見えたが、脅威的な怨念を宿すフェンリルは止まることなくオーディンを口内に捉えた。
「……やはり運命には抗えぬか」
全知全能の神といえど無敵でもなければ不死身でもない。運命を知っていたオーディンがフェンリルに投げかけた抗ってみせよという言葉、それは自らの運命を知っていたオーディンが自分自身に言った言葉なのかもしれない。
オーディンを飲み込み本懐を遂げたフェンリルだったが、怨念に支えられた満身創痍の身体は動かすこと叶わず、続いてやって来たオーディンの息子ヴィーザルに上顎と下顎を引き裂かれ命を落とすのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
最強の神、雷神トールは大蛇ヨルムンガンドの巨体を活かしたのしかかりをがっちりと受け止め、放り投げる。
既に一撃必殺の鉄槌ミョルニルを二度受けているにも関わらず、ヨルムンガンドもフェンリル同様倒れない。ヨルムンガンドのこの耐久力はフェンリルのような怨念によるものではなく、それは単純に圧倒的な巨躯ゆえの生命力だ。
未だかつてミョルニルの一撃に耐えた者はおらず、既に二発も受けながらまだ倒れないヨルムンガンドはやはり並の怪物ではない。
しかしそれでも最強の神を前にしては如何なる存在も霞まずにはいられない。
「ぐはっ、おのれトールッ!」
「ヨルムンガンド、今までの二度の決闘をもって俺達は互角だと思ったのだろうが勘違いも甚だしい。一度目はまやかしによる引きわけ、二度目は臆病者が貴様を逃しただけ。真っ向からの決闘となれば貴様など俺の敵ではない!!」
三度放たれた雷神の鉄槌が風を引き裂きながらヨルムンガンドを襲う。
流石のヨルムンガンドもこれには耐えられない、そう思われた時、ヨルムンガンドは勢いよく首をもたげ飛来するミョルニルを躱し、そのままトールの頭上で牙が立ち並ぶ大口を開けた。
「貴様こそ自惚れるなトール! これで終わりだっ! 死ねえ!」
「それで躱したと思うな」
「何!? があっ!」
躱したはずのミョルニルはブーメランのように舞い戻り、ヨルムンガンドの頭部に直撃した。
白目を剥いたヨルムンガンドの巨体が揺らぎ、戦いに決着がつく。
舞い戻ったミョルニルを掴んだトールの頭上で今まさに倒れるヨルムンガンド。しかしその目に鋭い眼光が宿り、同時に口から大量の液体を吐き出す。
「むっ!?」
その液体を全身に浴びたトールだったが、最後の力を振り絞ったヨルムンガンドの目に光はなく、轟沈するヨルムンガンド。
「さらばだ。次なる戦場へ向かわせてもらおう」
その場から九歩退いたトール。
だがその歩みがそれ以上進むことは二度となかった。
ヨルムンガンドの最後の意地で吐き出した毒液はトールの身体を確実に蝕み、最強の神を死に至らしめたのだ。
一騎討ちの勝利は確かにトールのものだったかもしれない。だがそこに勝者は存在せず、両者の三度に渡る対決は相討ちをもって幕を閉じたのだった。