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三 ロキの口論

 世界を見渡すことができる玉座に鎮座するオーディンは、唯一バルドルの為に涙を流さなかった女巨人がロキの変身した姿であったことを知る。

 また、このことからバルドルにヤドリギの矢を投げつけたヘズを謀ったのもロキであると判明した。

 そうなるとヘズはロキの奸計に巻き込まれた形で、不幸な粛清を受けたことになるが、もはや神々の怒りはそんなところに同情する余裕すらなかった。


「ロキを捕らえよ! この罪、如何なる罰を以てしても償うこと叶わぬ!」


 果たして血眼になった神々の大捜索が九つの世界全体に広がった。

 しかし、当のロキは捜索されることは予想の範疇だったようで、既に姿をくらましている。

 おのれロキ! と歯軋りして悔しがる神々であったが、ここで一人の神がずんと、その大きな身体で面々の前へ進み出た。

 筋骨隆々とした体躯に逆立つ髪、さらに雄々しい顎髭を蓄えたこの神の名は雷神トール。

 最強の神にして、ロキとは奇妙な縁で結ばれた友であった。


「俺に任せろ。俺にはあの複雑怪奇な性格をしているロキの居所が手に取るようにわかる」


 そう言って神々の館を飛び出していったトールはフラーナングの滝で鮭に変身して泳いでいるロキを見破り、仕掛けた網を躱そうと飛び跳ねたところを捕まえた。


「気分はどうだ、悪友(とも)よ」


低く響くトールの地鳴りのような声。ロキは観念した。


「ああ、とても悪い気分だよトール。どうするんだ? バルドルを殺した俺を殺すか? まあ、殺したのはヘズだがな」


「仕向けたのはお前だろう? 俺はお前に手出ししない。神々の館にお前の制裁が待っている」


 神々の館に連れてこられたロキが見たものは、捕らえられた二人の息子のうち一方が魔法により狼に変じられ、もう一人の息子の身体をその牙と爪で引き裂く光景だった。

 そして引き裂かれた腹から腸を取り出すと、息子の腸を使ってロキを縛り付ける。縛り付けるとその腸は鋼鉄のように硬くなった。


 オーディンは縛られ跪くロキの前に立ちはだかった。


「ロキよ、お前の助言と有益な言葉、さらに貴重な品の数々を我らに献上せし功績は認めておる。だが、お前は余りにも重い禁を犯した。その陰謀と悪戯と欺瞞(ぎまん)に満ちた悪の気質。狡知に長けた策略家の一面。お前はそれらを最悪の形で披露した。一切の言い訳、弁明も聞かぬがそれでも何か言うことはあるか?」


 怒りを押し殺すようなオーディンの震える声。

 周りを囲う神々も各々憤怒の眼差しでロキを見下している。


「なるほど。確かに俺は言い訳できる立場ではないな。それでも聞いてくれると言うのなら言わせてもらおうか」


 そう言うとロキは首をぐるりと回し、背後に立つ神にその三白眼で睨みつけた。


「まずは貴様だ、ブラギ。舌先三寸で戦を怖がる臆病者よ。詩人は戦わなくていいとでも思っているのか? 男子たるもの一端の武勇もなくて恥と知れ。口惜しければこの俺を倒してみよ」


 ロキの三白眼が次々と控える神を睨む。


「イズンよ。貴様は兄の殺害者を夫に見初めたな。血縁関係より婚姻関係を優先させ、復讐を遂げるどころか告発すらせず、あろうことか夫とするなど売女にも劣る下衆の極みよ。売女といえばフリッグ貴様もだな。夫であるオーディンが留守の間にヴィーリとヴェーと関係を結んだようだが、旦那の兄弟の方が具合が良かったか? フレイヤにニョルズよ。貴様らヴァン神族はそもそもの倫理観がとち狂った一族だから罪悪感すら抱かぬのだろうが、近親相姦も浮気もアース神族の秩序からすれば立派な悪、胸糞悪い原始人同然」


「ロキよ! もう止めるのだ! そんな事を述べて何の意味がある!?」


 間に割って入ったのは軍神にして調停の神チュール。

 ロキはチュールの隻腕を見ると、可笑しそうに笑った。


「調停の神チュールか、くっくっく皮肉な冠だな。その右腕は俺の息子である巨狼(フェンリル)を捕縛する際に喰い千切られたのだったなぁ? しかもそれは名誉の傷ではないだろう? 調停の神でありながらフェンリルを欺く片棒を担ぎ、その結果として失ったのだから。貴様は調停の神失格だよ。おまけに妻を俺に寝取られながら夫として当然果たすべき復讐(ぎむ)すら怠ったなぁ!?」


 打ちのめされたチュールを尻目に、ロキの口撃は続く。


「やあ、豊穣の神にして貴公子フレイ。愛と生殖を司るお前がまさか惚れた相手の為に黄金を貢ぎ、振り向かないとなれば脅迫して無理矢理妻とするとは。その際召使いに報酬として勝利の剣を渡すとはまこと愚かなやつよ。スカジ、忘れたか? 貴様の父を殺したのはこの俺だぞ? 武勇を誇るスィアチも俺にかかれば虫けら同然であったが、貴様も復讐(ぎむ)を怠ったわけだ。くくっ、それも致し方ないことか? 貴様が俺を懐かしむならいつでも相手をしてやるぞ? さて、オーディン。我が義兄弟よ。神々の長にして勝利を与える戦の神。大層な肩書だが、実情は違うんじゃないか? お前の気まぐれに殺された人間の話は枚挙に暇がないし、贔屓(ひいき)にしてる人間を勝たせるために打算に満ちた陰謀を駆使しているのだろう? いくら神々の軍勢を強くするためとはいえ、(おさ)たるオーディンがそのような誤魔化しをしようとは情けない」


 ロキの切れ目なく浴びせ掛けられる暴言中傷の数々に、誇りと名誉を傷付けられた神々は恥辱と怒りに顔を朱に染めた。


「いい加減になさい! これ以上の冒涜、聞くに及びません! 今すぐロキを罰するべきです!」


 雷神トールの妻シヴが叫んだが、その行為はロキの口撃の標的にされるものだった。


「シヴ。凛として気丈な女の仮面を貼り付け、その実不貞を働く売女が偉そうに。最強の神を夫に持っても営みには不服と見えるな?」


 鼻で笑い、つまらなそうにシヴから視線を外したロキはまだ暴露をしていない神を探し見渡した。

 すると自らを取り囲む神々の一番端に物静かに佇む一人の神を見つけた。


「ヘイムダルか。お前は昔ひどい暮らしをさせられていただろう。いつも背中を濡らして神々の見張り番をして、鳥よりも短い眠りで常に目を覚しておかねばならなかった。苦労をしたな」


 ヘイムダルは静かな表情を変えることはなかった。

 ロキの言葉も他の神々への辛辣な暴露話に比べれば、ヘイムダルに掛けた言葉は温かみさえ感じるものだった。


「さて最後になってしまったなトールよ。お前とはよく巨人退治の旅をしたな。神々最強を謳うお前も巨人の王と対峙した時には及ばず、随分恥をかかされていたな。それに今し方述べた通りシヴはお前のいない間に不貞を働いていたのだぞ? お前もその復讐を果たさず置いているわけだ」


 ロキは縛られたままだが立上がると、声を大にして叫んだ。


「揃いも揃って俯くばかりで反論の一つもなしか!? 嘘だ、でまかせだ、吹聴だと意見あるやつは申し出でよ! 隠匿してきた負い目を暴かれては戦意も喪失し言葉も出ぬかっ!?」


 誰一人として言葉を発せず、只々己の暴かれたくなかった秘密を暴かれ俯くばかり。

 そんな中でトールは表情を殆ど変えずに、ロキの身体を軽々と持ち上げた。


「俺はウトガルザ・ロキと対峙した時のことを恥だとは思っていない。何故ならやつはまやかしを使い俺との戦いを(けむ)に巻いたに過ぎないからだ。それにシヴの不貞も正に今お前の口から知った。知らぬ復讐(ぎむ)は果たせまい」


 堂々と言ってのけたトールはオーディンに目配せをすると、それを受けたオーディンが頷く。


「ロキを大岩の洞窟に縛り付けよ。未来永劫得意の悪知恵を働かせられないようにせよ」


 オーディンの命令が下され、恥辱を受けた神々もトールの後に続いた。





今回の『ロキの口論』はロキの独壇場となる北欧神話の中でも屈指の名場面だと思います。

ただし、場面が原作とは異なる仕様になっていますのでそこはご容赦いただければと思います。(本来ロキが捕まるのは口論の後)

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